書籍目録

『1549年から1580年にかけてイエズス会士が日本と中国の王国からインドならびにヨーロッパの兄弟に宛てて認めた書簡集、第1部』(エボラ版日本書簡集)

ブラガンサ(編) / (天正遣欧使節)

『1549年から1580年にかけてイエズス会士が日本と中国の王国からインドならびにヨーロッパの兄弟に宛てて認めた書簡集、第1部』(エボラ版日本書簡集)

1598年 エボラ刊

Bragança, Teotónio de (ed.)

IESVS. CARTAS QVE OS PADRES E IRMÃOS da Companhia de Iesus escreuerão dos Reynos de Iapão & China aos da mesma Companhia da India, & Europa, desdo anno de 1549. atè o de 1580. PRIMEIRO TOMO…

Evora, Manoel de Lyra, M.D.XCVIII.(1598). <AB2025147>

In Preparation

Contemporary brown leather.
[Laures: JL-1598-KB8-232-137]

Information

16世紀に刊行された日本関係欧文図書として最も重要で稀覯な1冊

 本書は、16世紀に西洋で刊行された日本関係欧文図書における最重要にして最稀覯と言える作品です。ザビエルの日本渡航から1580年に至るまでの日本で活動したイエズス会関係者らによる書簡を集成したもので、多くの宣教師の母語であったポルトガル語原文で刊行されており、刊本としては最も完成度の高い信頼できる書簡集として高い評価を受けてきたものです。本書は、天正遣欧使節が訪れたポルトガル、エボラの大司教が、彼らに出会ったことに感銘を受けて編纂されたもので、刊行地にちなんで、「エボラ版」という通称で広く知られるイエズス会刊行書物の中で、屈指の知名度と重要度を誇る作品です。

 イエズス会がその創設初期から、アジアを中心とした世界宣教活動を精力的に展開したことはよく知られていますが、宣教師による各地における活動は書簡報告の形でローマへと送られ、一定の検閲と編纂を経た上で短期間のうちに、刊本としてローマをはじめとしてヨーロッパ各地で出版されました。こうした書物は、数年分の書簡をまとめたものや、いくつかの地域をまとめたものなどがありましたが、宣教活動が長期間にわたって継続されていくにつれ、ある程度のまとまった期間の書簡を収録した「書簡集」の編纂が行われるようになっていきます。

 イエズス会士による日本書簡集として最初に刊行されたのは、ベルギーを代表する古くからの大学街であるルーヴェンで当時活躍していた出版社、編集人ヴェルピウス(Rutger Velpius, c1540 - 1614 or 1615)によるもので、1566年に『イエズス会士の活動を通じて、インドや異国の島々における多くの人々が神の善意によって信仰への回心と導かれたという驚くべき、称賛すべき出来事を伝える書簡集』(IESVS. EPISTOLÆ INDICÆ DE STVPENDIS ET PRÆCLARIS REBVS, quas diuina bonitas in India, & variis Insulis per Societatem nominis IESV operari dignata est,...(bound with other 2 works). Louven, 1566)というタイトルで出版されています。このラテン語書簡集は当時大いに好評を博し、1570年に至るまで何度か再版されていますが、実はイエズス会が企画したものではなく、その内容に多くの誤りや編者による改変が見られるとして、イエズス会が出版差し止めを要請したことが知られています。

 このヴェルビウス版書簡集に対抗して、イエズス会が公認の書簡集として刊行したのが、通称『コインブラ版』で知られる書簡集(IESVS CARTAS QVE OS PADRES E IRMÃOS DA COMPANHIA DE Iesus, que andão nos Reynos de Iapão ecreuerão aos da mesma Companhia da India, e Europa, des do anno de .1549. Ate o de .66….Coimbra, 1570)で、1570年にポルトガルのコインブラで出版されています。この書簡集は、ヴェルビウス版書簡集とは異なり、ポルトガル語で出版されており、本書に先立つポルトガル語書簡集としては最も完成度の高い書簡集として、本書と並んで今なお高く評価されている作品です。また、1588年には、イエズス会士の著名な著作家であったマッフェイ(Giovanni Pietro Maffei, 1536? - 1603)による『インド誌:インド書簡集:イグナティウス・ロヨラ伝』(HISTORIARVM INDICARVM LIBRI XVI. SELECTARVM ITEM EX INDIA Epistolarum eodem interprete Libri IV. ACCESSIT IGNATII LOIOLAE VITA POSTEREMO recognita. Et in opera singula copiosus Index. Florence, 1588)が刊行され、典雅なラテン語の名手として知られた著者によるラテン語書簡集として、16世紀末から17世紀にかけてのベストセラーとなりました。ただし、マッフェイによるこの書簡集は、ラテン語の文体の流麗さを重視した翻訳が時に原文から逸脱していることも多いとも言われており、多くの書簡の原言語であるポルトガル語での書簡集の刊行が待たれていました。

 1598年に刊行された本書は、まさにこうした声に応えるもので、1570年に刊行された『コインブラ版』の編纂方針を受け継いでポルトガル語で編纂し、その底本はローマのイエズス会本部に所蔵されている最も信頼性の高いものとしたもので、1580年に至るまでの膨大な数の日本書簡集が1冊にまとめ上げられています。本書を編纂したのは、ポルトガルの大司教ドン・テオトニオ・デ・ブラガンサ(Teotónio de Bragança, 1530 - 1602)で、彼は同地を訪れた天正遣欧に大いに感銘を受け、彼らのローマ教皇謁見とそれを企画したイエズス会の多年にわたる尽力を記念すべく本書を刊行しました。本書冒頭に置かれた献辞にはその旨が記されており、使節四人の名前と巡察師ヴァリニャーノの名前を個別に明記しています。

「尊師ら(ロヨラ、ザビエルらを指す:引用者注)が(デウスのおかげで)今や報われ、至福の喜びを享受していることを私は確信する。そして、私は一方では尊師らに某かの栄光をさらに加えようと絶えず注いできた深甚なる愛情と熱意を満足させるため、また、(他方)かの日本の諸国を愛し、とりわけ真に東洋の使徒なるアレシャンドゥロ・ヴァリニャーノ師、ならびに日本の初穂にして最も高貴な身分のドン・マンショ、ドン・ミゲル、ドン・ジュリアン、ドン・マルティーニョの各師を愛するがため、この当書簡集を刊行させた。(これらの内)幾つかは尊師らの間で交わされた書簡であり、その他は尊師らの跡を継いだ司祭たちの書簡である。いずれの書簡にも、尊師らが最も困難かつ栄光ある事業を担うべく抱いた大いなる勇気が、また、今や尊師らの真の後継者たちがそれを持続し、至るところで生ずる多大な困難に見舞われつつ、かの信仰なき森を切り開く際の並々ならぬ勇気が十分に察せられる。これによって、いっそう大なる効果を期待しうる。何となれば、後継者たちが諸書簡に見出される助言を活かし、同事業に現在携わっている者および今後携わろうとする者が尊師らの跡に従い、そこに示された道を継ぐからである。」
(松田毅一監訳『16・17イエズス会日本書簡集 第III期第1巻』同朋舎、1997年、xviiページより)

 エボラは1540年に大司教座に昇格した街で、1559年にはエボラ大学が創設され、イエズス会とは極めて深い繋がりを有していたため、天正遣欧使節の訪問先として選ばれ、1584年9月に使節はエボラ大聖堂を訪れてブラガンサの歓迎を受けただけでなく、同地で伊藤マンショと千々和ミゲルがパイプオルガンを演奏したことはよく知られています。ブ、エボラの大司教であったテオトニオ・デ・ブラガンサは、イエズス会創立者ロヨラを深く敬愛していたことが伝えられていますが、ブラガンサ家はのちにポルトガル王朝を継承することになる有数の名家であったことが、本書のような大部の書簡集の編纂を実現可能にしたのではないかと思われます。また、こうした背景を有しているがゆえに、本書はその内容の高い完成度に加えて、最も権威あるイエズス会公認の日本書簡集として、高く評価されることが決定づけられていたとも言えます。

 本書は、第一部と第二部との全二部構成となっており、前者は1548年から1580年にかけての書簡を、後者は1581年から1589年にかけての書簡をそれぞれ収録しています。現存本には両部を合冊したものと、それぞれが独立しているものとが存在していますが、本書は第一部のみを収録しています。第二部には個別のタイトルページが設けられていないことから、おそらく最初に第一部のみが単独で刊行され、少し後に第二部が刊行されて、さらに第一部と第二部とを合わせて合冊本が刊行されたのではないかと考えられます。

 第一部である本書には実に160余に及ぶ膨大な数の書簡が収録されており、ザビエルの日本渡来から1580年に至るまでのイエズス会の日本におけるあらゆる活動だけでなく、彼らが具に見聞した当時の日本各地の社会状況や政治状況などが記された第一級の史料集となっています。本書に収録されている書簡を上智大学ラウレスキリシタン文庫の解題に従って確認すると、下記の通りとなります。

*
* 1. Francisco Xavier, Goa, Jan. 20, 1549 (ff. 1-2v)
* 2. Paulo de Santa Fé, Goa, Nov. 29, 1549 (ff. 2v-3v)
* 3. Cosme de Torres, Goa, Jan. 25, 1549 (ff. 3v-5)
* 4. Francisco Xavier, Malacca, Jun. 22, 1549 (ff. 5-7v)
* 5. Francisco Xavier, Kagoshima 鹿児島, Nov. 5, 1549 (ff. 7v-15v)
* 6. Francisco Xavier, Kagoshima 鹿児島, Nov. 5, 1549 (ff. 15v-16)
* 7. Paulo, Kagoshima 鹿児島, Nov. 5, 1549 (f. 16-16v)
* 8. Cosme de Torres, Yamaguchi 山口, Sep. 29, 1551 (ff. 16v-18v)
* 9. Cosme de Torres, Yamaguchi 山口, Oct. 20, 1551 (ff. 18v-19)
* 10. Juan Fernández, Yamaguchi 山口, Oct. 20, 1551 (ff. 19-21)
* 11. Francisco Xavier, Cochin, Jan. 19, 1552 (ff. 21v-23)
* 12. Pedro Alcaçova, Goa, 1554 (ff. 23-28)
* 13. Aires Bradão, Goa, Dec. 23, 1554 (ff. 28-30)
* 14. Gaspar Vilela, Cochin, Apr. 24, 1554 (f. 30-30v)
* 15. Melchior Nunes Barreto, Malacca, Dec. 23, 1554 (ff. 30v-32v)
* 16. Melchior Nunes Barreto, Macao, Nov. 23, 1555 (ff. 32v-37)
* 17. Rey de, Hirado 平戸, Oct. 16, 1555 (f. 37)
* 18. Luís Fróis, Malacca, Jan. 7, 1556 (ff. 37v-38v)
* 19. Balhtasar Gago, Hirado 平戸, Sep. 23, 1555 (ff. 38v-41v)
* 20. Baltasar Gago, Hirado 平戸, Sep. 20, 1555 (ff. 41v-42v)
* 21. Dom Sabastião de Portugal, Lisboa, Mar. 16, 1558 (f. 42v)
* 22. Duarte da Silva, Bungo 豊後, Sep. 20, 1555 (ff. 42v-47)
* 23. Melchior Nunes Barreto, Cochin, Jan. 10, 1558 (ff. 47-51)
* 24. Cosme de Torres, Bungo 豊後, Nov. 7, 1557 (ff. 51-52v)
* 25. Luís de Almeida, Japão, Nov. 1, 1557 (ff. 52v-53v)
* 26. Gaspar Vilela, Hirado 平戸, Oct. 29[28], 1557 (ff. 54-61v)
* 27. Luís de Almeida, Japão, 1559 (f. 62-62v)
* 28. Luís de Almeida, Bungo 豊後, Nov. 20, 1559 (ff. 62v-63)
* 29. Baltasar Gago, Bungo 豊後, Nov. 1, 1559 (ff. 63-67)
* 30. Juan Fernández, Bungo 豊後, Oct. 5, 1559 (ff. 67-68)
* 31. Gaspar Vilela, Japão, Sep. 1, 1559 (ff. 68-69)
* 32. Cosme de Torres, Bungo 豊後, Oct. 20, 1560 (f. 69-69v)
* 33. Lorenço, Miyako 都, Jun. 2, 1560 (ff. 69v-71v)
* 34. Gonçalo Fernandes, Goa, Dec. 1, 1560 (ff. 72-73v)
* 35. Cosme de Torres, Bungo 豊後, Oct. 8, 1561 (ff. 73v-76v)
* 36. Juan Fernández, Bungo 豊後, Oct. 1, 1561 (ff. 76v-82v)
* 37. Luís de Almeida, Bungo 豊後, Oct. 1, 1561 (ff. 82v-89)
* 38. Gaspar Vilela, Sakai 堺, Aug. 17, 1561 (ff. 89v-94)
* 39. Rei Dom Sebastião, 1562 (f. 94-94v)
* 40. Rei Dom Sebastião, Lisboa, Mar. 11, 1562 (ff. 94v-95)
* 41. Baltasar Gago, Goa, Dec. 10, 1562 (ff. 95-100v)
* 42. Aires Sanches, Bungo 豊後, Oct. 11, 1562 (ff. 100v-102)
* 43. Luís de Almeida, Yokoseura 横瀬浦, Oct. 25, 1562 (ff. 103-112)
* 44. Rei de Congoxima 鹿児島 [ Shimazu Takahisa ], Kagoshima 鹿児島, 1562 (f.112)
* 45. Rei de Congoxima 鹿児島 [ Shimazu Takahisa ], Nov. 5, 1561 (f. 112-112v)
* 46. Gaspar Vilela, Sakai 堺, 1562 (ff. 112v-115)
* 47. Juan Fernández, Yokoseura 横瀬浦, Apr. 17, 1563 (ff. 115-118)
* 48. Luís de Almeida, Yokoseura 横瀬浦, Nov. 17, 1563 (ff. 118-131)
* 49. Luís Fróis, Ōmura 大村 [ Yokoseura 横瀬浦 ], Nov. 14, 1563 (ff. 131-136v)
* 50. Rei Dom Sebastião, Almeirim, Feb. 20, 1565 (f. 137)
* 51. Rei Dom Sebastião, Almeirim, Feb. 22, 1565 (f. 137-137v)
* 52. Gaspar Vilela, Sakai 堺, Apr. 27, 1563 (ff. 137v-139)
* 53. Gaspar Vilela, Miyako 都, Jul. 17, 1564 (ff. 139v-140)
* 54. Gaspar Vilela, Miyako 都, Jul. 13, 1564 (ff. 140-143v)
* 55. Juan Fernández, Hirado 平戸, Oct. 9, 1564 (ff. 143v-145)
* 56. Manuel Teixeira, Cantão 広東, 1564 (ff. 145-145v)
* 57. Luís Fróis, Hirado 平戸, Oct. 3, 1564 (ff. 145v-150v)
* 58. Hum Portugues, Japão, 1564 (ff. 150v-152v)
* 59. Giovanni Battista de Monte, Bungo 豊後, Oct. 11, 1564 (ff. 152v-153)
* 60. Giovanni Battista de Monte, Bungo 豊後, Oct. 9, 1564 (ff. 153-154)
* 61. Luís de Almeida, Bungo 豊後, Oct. 14, 1564 (ff. 154v-157)
* 62. Luìs Fróis, Shimabara 島原, Nov. 15, 1564 (ff. 157-159)
* 63. Luìs de Almeida, Fukuda 福田, Oct. 25, 1565 (ff. 159-171v)
* 64. Luìs Fróis, Miyako 都, Feb. 20, 1565 (ff. 172-177)
* 65. Luìs Fróis, Miyako 都, Mar. 6, 1565 (ff. 177-181)
* 66. Luìs Fróis, Miyako 都, Apr. 27, 1565 (ff. 181v-184v)
* 67. Luìs Fróis, Miyako 都, Jun. 19, 1565 (ff. 185-189)
* 68. Luìs Fróis, Miyako 都, Jul. 22, 1565 (ff. 189-190)
* 69. Gaspar Vilela, Iimori 飯盛, Aug. 2, 1565 (f. 190-190v)
* 70. Luìs Fróis, Sanga 三箇, Aug. 3, 1565 (ff. 190v-193)
* 71. Gaspar Vilela, Sakai 堺, Sep. 15, 1565 (ff. 193-197v)
* 72. Giovanni Battista de Monte, Bungo 豊後, 1565 (ff. 197v-199)
* 73. Juan Fernández, Hirado 平戸, Sep. 23, 1565 (ff. 199-202v)
* 74. Baltasar Costa, Hirado 平戸, Oct. 22, 1565 (ff. 202v-203v)
* 75. Melchior de Figueiredo, Fukuda 福田, Oct. 22, 1565 (ff. 203v-204v)
* 76. Melchior de Figueiredo, Kuchinotsu 口之津, May. 25, 1566 (ff. 204v-205)
* 77. Cosme de Torres, Kuchinotsu 口之津, Oct. 24, 1566 (ff. 205-206)
* 78. Luìs Fróis, Sakai 堺, Jun. 30, 1566 (ff. 206-209v)
* 79. Luìs Fróis, Sakai 堺, Sep. 5, 1566 (ff. 210-212)
* 80. Luìs Fróis, Sakai 堺, Jan. 24, 1566 (ff. 212-213)
* 81. Luìs de Almeida, Hirado 平戸, Mar. 17, 1566 (f. 213)
* 82. Luìs de Almeida, Shiki 志岐, Oct. 20, 1566 (ff. 213v-224v)
* 83. Melchior de Figueiredo, Sep. 13, 1566 (ff. 224v-225v)
* 84. Jacome Gonçalves, Hirado 平戸, Mar. 3, 1566 (ff. 225v-226)
* 85. Miguel Vaz, Bungo 豊後, Sep. 16, 1566 (ff. 226-227v)
* 86. João Cabral, Japão, Nov. 15, 1566 (ff. 228-229v)
* 87. Juan Fernández, Hirado 平戸, Sep.15, 1566 (ff. 229v-239v)
* 88. Luìs Fróis, Sakai 堺, Jun. 12, 1567 (ff. 240-242)
* 89. Luís Fróis, Sakai 堺, Jun. 8, 1567 (f. 242-242v)
* 90. Melchior de Figueiredo, Bungo 豊後, Sep.27, 1567 (ff. 242v-245)
* 91. Miguel Vaz, Kuchinotsu 口之津, Nov. 22, 1567 (ff. 245v-246)
* 92. Jacome Gonçalves, Hirado 平戸, Jul. 3, 1567 (ff. 246-247v)
* 93. Aires Sanches, Shiki 志岐, Oct. 13, 1567 (ff. 247v-248v)
* 94. Giovanni Battista de Monte, Gotō 五島, Oct. 26, 1567 (ff. 247v-249v)
* 95. Rei de Bungo 豊後 [ Ōtomo Yoshishige ], 1567 (ff. 249v-250)
* 96. Rei de Bungo 豊後 [ Ōtomo Yoshishige ], Bungo 豊後, Sep. 13, 1568 (f. 250)
* 97. Luís Fróis, Sakai 堺, Oct. 4, 1568 (ff. 250-251v)
* 98. Miguel Vaz, Shiki 志岐, 1568 (ff. 251v-252v)
* 99. Luís de Almeida, Japão, Oct. 20, 1568 (ff. 252v-254)
* 100. Alessandro Valla, Gotō 五島, Sep. 4, 1568 (ff. 254-256)
* 101. Luís Fróis, Miyako 都, Jun. 1, 1569 (ff. 256-268)
* 102. Miguel Vaz, Shiki 志岐, Oct. 3, 1569 (ff. 268-269v)
* 103. Luís Fróis, Miyako 都, Jul. 12, 1569 (ff. 269v-276v)
* 104. Melchior de Figueiredo, Bungo 豊後, Oct. 11, 1569 (ff. 276v-279)
* 105. Luís de Almeida, Hita 日田, Oct. 22, 1569 (ff. 279-281v)
* 106. Hum homem portogues, Japão, Aug. 15, 1569 (ff. 281-287v)
* 107. Luís Fróis, Miyako 都, Dec. 1, 1570 (ff. 287v-290)
* 108. Luís de Almeida, Hirado 平戸, Oct. 15, 1570 (ff. 290-296)
* 109. Melchior de Figueiredo, Ōmura 大村, Oct. 21, 1570 (ff. 296-299)
* 110. Miguel Vaz, Shiki 志岐, Oct. 12, 1570 (ff. 299-301)
* 111. Gaspar Vilela, Cochin, Feb. 4, 1571 (ff. 301-304v)
* 112. Gaspar Vilela, Cochin, Feb. 4, 1571 (ff. 304v-305)
* 113. Luís Fróis, Miyako 都, Mar. 10, 1571 (f. 305-305v)
* 114. Luís Fróis, Miyako 都, Mar. 20, 1571 (ff. 305v-306v)
* 115. Luís Fróis, Miyako 都, Mar. 25, 1571 (ff. 306v-309v)
* 116. Francisco Cabral, Kuchinotsu 口之津, Sep. 22, 1571 (ff. 309v-311)
* 117. Luís Fróis, Miyako 都, Sep.28, 1571 (ff. 311-315v)
* 118. Giovanni Battista de Monte, Bungo 豊後, Sep. 21, 1571 (ff. 315v-316)
* 119. Miguel Vaz, Shiki 志岐, Oct. 8, 1571 (f. 316-316v)
* 120. Melchior de Figueiredo, Ōmura 大村, Oct. 16, 1571 (ff. 316v-317v)
* 121. Gaspar Vilela, Goa, Oct. 20, 1571 (ff. 317v-319)
* 122. Gaspar Vilela, Goa, Oct.6, 1571 (ff. 319-330v)
* 123. Luís Fróis, Miyako 都, Oct. 4, 1571 (ff. 330v-333)
* 124. Alessandro Valla, India, 1572 (ff. 333v-337v)
* 125. Francisco Cabral, Kuchinotsu 口之津, Sep. 29, 1572 (ff. 338)
* 126. Luís Fróis, Miyako 都, Apr. 20, 1573 (ff. 338-343)
* 127. Luís Fróis, Miyako 都, May. 27, 1573 (ff. 343-350)
* 128. Francisco Cabral, Nagasaki 長崎, Sep.12, 1575 (ff. 350-352v)
* 129. Gaspar Coelho, Ōmura 大村, Oct. 5, 1575 (ff. 352v-353)
* 130. Giovanni Francesco Stephanoni, Japão, Sep.15, 1575 (ff. 353-355v)
* 131. Francisco Cabral, Kuchinotsu 口之津, Sep. 9, 1576 (355v-363v)
* 132. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Aug. 20, 1576 (ff. 363v-368v)
* 133. Melchior de Figueiredo, Hakata 博多, Sep. 28, 1576 (ff. 368v-370)
* 134. Luís de Almeida, Kuchinotsu 口之津, Jan. 31, 1576 (ff. 370-371)
* 135. Miguel Vaz, Arima 有馬, Sep. 3, 1576 (f. 371-371v)
* 136. Alfonso González, Arima 有馬, Sep. 24, 1576 (ff. 371v-372)
* 137. Aires Sanches, Hirado 平戸, Sep. 8, 1576 (ff. 372-373v)
* 138. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Jun. 5, 1577 (ff. 373v-386v)
* 139. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Sep. 19, 1577 (ff. 387-393v)
* 140. Giovanni Francesco Stephanoni, Miyako 都, Mar. 19, 1577 (ff. 393v-394v)
* 141. Giovanni Francesco Stephanoni, Miyako 都, Jul. 28, 1577 (ff. 394v-395v)
* 142. Giovanni Francesco Stephanoni, Sanga 三箇, Jul. 24, 1577 (ff. 395v-397)
* 143. Luís Fróis, Aug. 10, 1577 (ff. 397-397v)
* 144. Organtino, Miyako 都, Sep. 21, 1577 (ff. 397v-399)
* 145. Miguel Vaz, Ōmura 大村, Oct. 27, 1577 (ff. 399-400)
* 146. Amador da Costa, China, Nov. 23, 1577 (ff. 400-402v)
* 147. Hum Padre da Companhia, Hakata 博多, 1577 (ff. 402v-403v)
* 148. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Sep. 30, 1578 (f. 403v-408)
* 149. Organtino, Miyako 都, 1577 (f. 408-408v)
* 150. Antonio Lopes, Hondo 本渡, 1577 (ff. 408v-412)
* 151. Giovanni Francesco Stephanoni, Miyako 都, Jan. 14, 1578 (ff. 412-415)
* 152. Organtino, Miyako 都, (f. 415-415v)
* 153. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Oct. 16, 1578 (ff. 415v-428)
* 154. Luís Fróis, Usuki 臼杵, Oct. 1578 (ff. 428-430v)
* 155. Luís Fróis, Oct. 1578 (ff. 430v-432)
* 156. Francisco Carreún, Kuchinotsu 口之津, Dec. 10, 1579 (ff. 432-447v)
* 157. Francisco Carreún, Usuki 臼杵, 1579 (ff. 447v-449v)
* 158. Organtino, Miyako 都, 1579 (ff. 450-451v)
* 159. Giovanni Francesco Stephanoni, Miyako 都, Oct. 22, 1579 (ff. 452-453v)
* 160. Francisco Carreún, Japâo, Dec. 25, 1579 (ff. 453v-454v)
* 161. Antonio Prenestino, Funai 府内, Nov. 8, 1578 (ff. 454v-458v)
* 162. Lorenço Mexia, Bungo 豊後, Oct. 20, 1580 (ff. 458v-477v)
* 163. Alessandro Valignano, Arima 有馬, Aug. 15[25], 1580 (ff. 477v-479)
* 164. Giovanni Francesco Stephanoni, Miyako 都, Sep. 1, 1580 (ff. 479v-481v)
(上智大学ラウレスキリシタン文庫データベースにおける解題より https://digital-archives.sophia.ac.jp/laures-kirishitan-bunko/view/kirishitan_bunko/JL-1598-KB8-232-137)

 本書はキリシタン研究のみならず、日本史研究における第一級史料として早くから注目されており、村上直次郎による『耶蘇開始日本通信』の名で刊行された邦訳本(1936年)、さらには近年の松田毅一らよる新訳『16・7世紀イエズス会日本報告集(第3期)』(1997年)の底本として、現在でも多く用いられている作品です。もちろん刊本である本書を歴史資料として用いる際には、ローマにあるイエズス会本部が所蔵する書簡原文書をはじめとした、編纂の手が入る以前の原文書と対照することが欠かせないことは言うまでもありませんが、他の日本書簡や書簡集と比べても、最も原文に忠実な完成度の高い書物とされています。また、現在では大変著名なフロイス『日本史』が、当時刊行されることがなく稿本のままで未刊に終わったのに対して、本書は1598年というまさにイエズス会の宣教師たちが日本で活動し、日本社会が歴史上大きく揺れ動いていた只中にあって、公開された刊本としてヨーロッパの読者に供されたことは、当時のヨーロッパにおける日本情報の伝搬、日本観の形成という意味においては、多大な影響力があったとと思われます。

 本書はこのように、16世紀に刊行された日本関係欧文図書の中でも屈指の重要度と著名度を誇る作品ですが、現存数は極めて少なく、国内での所蔵機関がかぎられているだけでなく、現在の古書市場では滅多に出現することがない極めて稀覯な書物としても知られています。本書は末尾の数葉に一部欠落が見られますが、欠落箇所は全て精巧なファクシミリで補填されており、研究史料として、または展示史料として活用するにあたって申し分のない状態を保っており、大変貴重な現存本ということができます。