書籍目録

『フランス人旅行者、あるいは新旧世界の知識』第6巻

ラポルテ

『フランス人旅行者、あるいは新旧世界の知識』第6巻

ドイツ語訳版 1771年 ライプツィヒ刊

Laprote, Joseph de.

Reisen eines Franzosen, oder Beschreibung der vornehmsten Reiche in der Welt, nach ihrer ehemaligen und itzigen Beschaffenheit; in Briefen an ein Frauenzimmer...Sechster Theil.

Leipzig, Bernh. Christ. Breitkopf u. Sohne, 1771. <AB2025145>

¥242,000

Edition in Germany.

8vo (9.6 cm x 16.5 cm), pp.[1(Title.)-3], 4-448, Contemporary three-quarter brown leather.

Information

フランス人旅行者による長崎からの書簡という体裁をとったユニークな日本関係記事のドイツ語訳版

 本書は、世界各地を旅するフランス人が滞在先各地から送った書簡をまとめたという形式をとった作品ですが、実は著者自身は実際には何ら旅行をせずに、当時刊行されていたさまざまな旅行記、航海記を参照して執筆したというユニークな「旅行記集成」文学作品の第6巻にあたるもので、主に日本についての記述となっている巻です。元々はフランス語で書かれた作品で、本書は原著が刊行されて間もない時期にライプツィヒで刊行された珍しいドイツ語訳版です。著者自身は日本への渡航、滞在経験がなかったとはいえ、ケンペル『日本誌』をはじめとして各種の日本関係欧文図書を参照して執筆されており、当時の幅広い読者層に向けて日本の情報を伝えることに少なからず貢献したと考えられる書物です。

 本書の著者ラポルテ(Joseph de Laprote, 1714 - 1779)は、イエズス会の聖職者でありながらも、同会を厳しく批判したヴォルテールを起用した文学雑誌を編集するなどの文芸活動に熱心に取り組み、イスラーム教研究や、本書に代表される旅行記文学の執筆も精力的に行ったというユニークな聖職者として知られる人物です。本書は彼の主著の一つと目されている40巻を超える大部の作品で、「フランス人旅行者」が世界各地を訪ね歩きながら当地の様子やそれを観察した旅行者の見解や分析を綴られており、パリに住むある夫人(Madame)に送った書簡がそのまま各章となる構成をとっています。ヨーロッパ社会、特に当時のフランス社会を異国の地から送られた書簡形式で批判的に考察するというスタイルは、モンテスキューの『ペルシャ人の手紙』を代表として、18世紀のフランスで広く見られたものですが、ラポルテによるこの作品は、当時刊行されていた膨大な数の旅行記、航海記を丹念に読み込んだ上で、実際の旅行者、公開者たちがもたらした情報をそのまま正確に盛り込んでいるという点に大きな特徴があります。そのため本書は、著者自身は実際に旅行をしていないという架空の旅行記という体裁をっているものの、そこに記されている内容自体は、当時の西洋社会で知られていた世界各地の最新情報が盛り込まれており、読者は書簡の形式で書かれた旅行記文学として楽しみながら、世界各地の様子を知ることができるような作品となっています。

 第6巻にあたる本書は、第67書簡(章)から第76書簡(章)が収められていますが、第67書簡から第72書簡までは全て日本の長崎からの書簡とされており、いずれも日本の様子が細かに記された興味深い内容となっています。その概要を書簡(章)ごとにごく簡単にまとめますと、下記のような内容となっています。

第67書簡:長崎への入港と入港時の日本の役人とのやりとり、日本の諸宗教と聖職者ほか
第68書簡:日本の人々の起源と政治制度、キリスト教の興隆と迫害ほか
第69書簡:日本の交通、運輸、服装、売春と女子教育、刑事司法制度、大都市大坂について、日本の演劇ほか
第70書簡:京都の街と寺院、日本の葬儀、死者の魂についての日本の人々の考え方、富士山、日本の諸都市について、江戸の郊外と江戸の街の壮大さほか
第71書簡:江戸の街と人々の様子や暮らしぶり、オランダ人使節の将軍謁見儀式、日本の結婚式、日本の人々の性規範と礼儀、日本における芸術、学問、医療ほか
第72書簡:木から作られる日本の紙、中国とは異なるニス(漆)とその用法、農業と水産業、地震と気候、土壌と鉱物資源、温泉、日本の地理的範囲と統治区分、蝦夷とカムチャッカ、クリル諸島とそこに住んでいる人々について、日本の階級制度、文芸、技芸、使用している文字と言語、日蘭貿易、日本の通貨と輻輳、人々の気質、武器への執着と外国人に対する拒絶ほか

 ラポルテが情報源としているのは、その内容から見ておそらくケンペル『日本誌』を中心としたオランダ東インド会社関係者による著作と思われますが、彼がイエズス会の聖職者であったということを反映して、日本におけるキリスト教布教の進展と廃絶についても相対的に多くの紙幅を割いていることから、同会をはじめとする宣教師たちの著作も大いに参照されているものと思われます。いずれにしても、上記の通り本書の中で扱われるトピックは実に多岐にわたっており、当時の読者はこれらを読むだけで、一通りの日本についての知識を楽しみながら得ることができたのではないかと思われます。なお、第73書簡以降は、韓国、韃靼が扱われています。

 ラポルテによるこの作品は当時大いに好評を博したものと思われ、何度も版を重ねて増補改訂版が何種類も刊行されているだけでなく、イタリア語語、オランダ語、そして本書であるドイツ語などの各国語にも翻訳されて、数多くの読者に読まれる作品となりました。そのいみでは本書は、実際に日本を訪れた著者によるものではありませんが、旅行者が長崎から送った書簡というユニークな形式で、より幅広い層の読者に向けて最新の日本情報を伝えたという点で、当時の西洋社会における日本観の形成に一定の役割を果たした作品ではないかと思われます。ドイツ語訳である本書は1768年に刊行された原著第2版と目される版とほぼ同じ構成をとっていることから、これを底本として中術に翻訳したものではないかと推測されますが、訳文の忠実さや原著との異同についてはさらなる調査が必要です。