書籍目録

『普遍史』第9巻

ボイゼン(編訳)

『普遍史』第9巻

ドイツ語訳版 1771年 ハレ刊

Boysen, Friedrich Eberhard.

Die Allgemeine Welthistorie die in England durch eine Gesellschaft von Gelehrten ausgefertiget wordern. In einem vollstandigen und pragmatischen Auszuge….Alte Historie IX Band.

Halle, Johann Justinus Gebauer, 1771. <AB2025143>

¥275,000

Edition in German

8vo (11.5 cm x 19.2 cm), Title. 7 leaves, pp.[1], 2-766, Folded maps: [2], Contemporary brown leather.

Information

18世紀後半のドイツ語圏における歴史学の転換に寄与した著作に見られる充実した日本関係記事

 本書は、「普遍史(Allgemeine Welthistorie)」という、現代ではあまり聞きなれないタイトルを持つ書籍の第9巻にあたるもので1771年にハレで刊行された作品です。中国、朝鮮、チベット、そして日本の歴史を主に扱っており、聖書に基づく歴史観が揺らぎつつあった18世紀にあって、東アジア諸国の歴史をどのように位置づけるかという難問に挑んだ大変ユニークな書物です。

 普遍史とは、キリスト教圏における代表的な歴史観の一つで、元来は聖書に依拠して天地創造と人の歴史を記述したものです。聖書に書かれていることを、あらゆる地域、あらゆる時代を包摂しうる普遍的事実として理解し、聖書に基づいて「普遍的な」歴史を描こうとする試みで、中世以降の長い伝統を有しています。聖書に基づいて普遍的な歴史を描くという試みは、ルネサンスにおける、聖書よりも古い歴史を持つエジプトの「再発見」、大航海時代における「新大陸の発見」により、時間的にも空間的にも、それが「普遍的」であることを維持することに大きな危機を迎えながらも、修正を施しながら17世紀に入ってなお、その力を維持し続けていきます。しかしながら、イエズス会による中国布教の副産物として、聖書を圧倒的に遡る歴史を記した書物の存在とその記述の正確さがヨーロッパに17世紀半ばに伝えられると、普遍史は決定的な危機に瀕します。それ以降も普遍史を維持しようとする試みは懸命に続けられていきますが、18世紀に入ると次第にその世俗化は避け難くなっていき、聖書記述を普遍的真理として歴史を描くことから、時間的にも空間的にもあらゆる地域と人の歴史を網羅するという、百科全書的な歴史記述へと、その性格が徐々に変化していきます。

 本書はこうした時代背景のもとにあって1730年からロンドンで刊行が開始された『普遍史(Universal History』と題した大部の著作に独自の編纂を施してドイツ語に翻訳したものです。原著の編者には、コーランの最初の英訳を行なったことでも有名なイングランドの東洋学者セール(George Sale, 1697-1736)を中心として、架空の台湾をあたかも現実のそれかのように描くことに成功した『台湾誌(Historical and Geographical Description of Formasa... 1704)』の著者としても有名なサルマナザール(George Psalmanazar, ?-1763)、スコットランド出身の作家キャンベル(John Campbell, 1708 - 1775)など、錚々たる面々が集っていました。この作品は、まず古代の部(Ancient Part)から刊行が開始され、1742年までに21巻を数え、続く現代の部(Modern Part)は、1758年から1762年にかけて、全44巻が刊行されました。創世記に始まる西欧の伝統的な歴史記述を「古代の部」で網羅し、「現代の部」で描かれる世界のあらゆる地域と人の歴史と接合しようとする実に 18世紀らしい試みで、刊行後は、宗教的に保守的な立場からの様々な批判を浴びながらも人気を博しました。イタリア語、フランス語などの各国後にも翻訳され、特にこのドイツ語版は、のちに普遍史の解体とそれに代わる「世界史」への移行の第一歩を踏み出したガッテラー(Johann Christoph Gatter, 1727 - 1799)に間接的に影響を与えたとも言われています。

 ドイツ語への翻訳と編纂を担当したボイゼン(Friedrich Eberhard Boysen, 1720 - 1800)は、ハレ大学で神学を修めた後に、同大学で教鞭をとっていた東洋学者ミヒャエリス(Christian Benedikt Michaelis, 1680 - 1764)のもとでヘブライ語やシリア語といった東洋諸言語と新・旧約聖書の批判的読解の手解きを受け、コーラン研究で1739年に博士号を取得しました。ハレ大学を出てからは牧師として勤務する傍らコーランのアラビア語からドイツ語への翻訳をはじめとした東洋学研究を続け、1739年にはコーランのドイツ語訳を刊行しています。本書はこうしたボイゼンの幅広い東洋学研究の一環としてなされたもので、先に見た英語著作に独自の編纂を施した上で、ドイツ語に翻訳して刊行したものです。

 本書はボイゼンによるドイツ語訳版の第9巻となるもので、中国、朝鮮、チベット、そして日本という東アジア諸国についての解説がなされています。テキストについては基本的に英語原著に準拠しつつ、独自に小見出しを付け加えているほか、原著にはなかった2枚の折り込み地図を新たに収録しています。日本についての記述は610ページから始まっており、冒頭に「日本帝国地図」(Karte von dem Reiche Japon)と題した日本地図が収録されています。この地図は、18世紀のフランスを代表する地図制作者べラン(Jacques-Nicolas Bellin, 1703 - 1772)が手がけたもので、1735年にシャルルボアの『日本教会史』収録されていた日本図を縮小して、1752年に刊行された航海記集成に収録された日本地図をさらにドイツ語に翻訳して1763年に刊行されたものがベースとなっています。詳しい地名表記と藩名と境界線が描かれていることが特徴的な日本地図で、18世紀に強い影響力を有していた日本図の一つです。

 本文は4章立てで構成されていた英語原著をさらに細かく6章立てとして、原著でかなりの比重を占めていた多くの先行文献からの引用を縮小、省略して、本文の記述にまとめるような編纂が施されています。扱われている内容は、日本の起源と古代からの歴史の記述はもちろんのこと、地理的概況、産出物、宗教、統治機構、法律、技芸、学問、交易、航海技術、手工業などと原著同様に多岐にわたっていますが、訳文が原著と比べてどの程度忠実な翻訳であるのかや、細かな記述内容の違いなどについては両書を見比べてみる必要があります。いずれにせよ、本書の刊行当時には、まだケンペルのドイツ語訳(ドーム版)が刊行されていなかったことに鑑みると、本書における日本関係記事は当時のドイツ語圏におけるそれとしては相当に充実したものであったということができます。

 なお、本書を出版したゲバウエル(Johann Justinus Gebauer, 1710 - 1772)は、当時のハレを代表する出版人で、聖書やマルティン・ルターの著作集、そして本書である『普遍史』ドイツ語訳版がその代表作として知られているほか、ドイツ語著作だけでなくラテン語やハンガリー語、ポーランド語などの東欧諸言語でも盛んに出版活動を展開したことで高く評価されています。