このポスターは日本郵船が作成した1930年のカレンダーを兼ねた宣伝ポスターで、テキストが中国語で記されているほか、中華民国が建国した際に創設された民国紀元（19年）が併記されているという大変珍しい作品です。

　日本国内や西洋諸国向けのポスターやカレンダーとはやや形状の異なる、縦長の短冊のような図面の中心に描かれているデッキで寛ぐ女性の背景には日本郵船の大型客船とカモメが描き込まれており、足元に置かれた救命浮輪には「N(ippon)Y(usen)K(aisha」と明記されていて、さりげなく同社のポスターであることを画中でもアピールしていることがわかります。図面下部のテキストでは日本郵船の簡単な社史と、同社が当時就航していた上海や香港をはじめとした中国大陸各地への航路と支店が記されています。このカレンダーのデザインは、日本のポスター黎明期に多く見られたいわゆる「美人画」の系譜にあるとも言えなくはありませんが、背面に鮮やかな赤を据えた独特のデザインは日本国内や西洋諸国向けのポスターや広告等には見られない色使いで、このカレンダーが中国市場の好みに合わせて特別に製作されたことを示唆しています。図面左下には絵師の落款と思しきものも見受けられますが、店主には絵師を特定することができておりません。

　このカレンダーの色鮮やかな印刷を手掛けたのは、石版多色印刷技術に秀でていたことで知られる三間印刷で、同社社主の三間隆次はドイツをはじめとした海外の最新印刷技術の導入に積極的なパイオニア的人物であったことでも知られています。三間印刷は東洋汽船による美しいポスターも手がけており、高度な印刷技術力が求められる海外向けのポスター製作にも豊富な経験がありました。

　なお、このポスターは著しい褪色などもなく、比較的状態の良いものと思われますが、ポスター下部の発行年や発行地を示す小さなテキストの一部が切れていることからも分かるように、最下部の一部が切り取られているようです。また、裏面に幾つかの補修跡も見られ、「OAKLAND PUBLIC LIBRARY DEPARTMENT OF FINE, ARTS」という（かなり古い年代と思われる）押印がみられます。