書籍目録

『白の物語:鐘、白き礼拝堂、白き結婚式』

ルメートル(文) / オーディン(絵) / ユザンヌ(編) / クレヨン(装丁)

『白の物語:鐘、白き礼拝堂、白き結婚式』

200部限定本(うち182番)特別装丁本 1900年 パリ刊

Lemaître, Jules / Odin Blanche /Uzanne, Octave / Carayon Emile.

CONTES BLANCS: LA CLOCHE. - LA CHAPELLE BLANCH - MARIAGE BLANC. Illustrations à l'Aquarella de Mlle Blanche ODIN.

Paris, (Imprimé pour) Bibliophiles Indépendants / Henry Floury / (Sur les presses de Chamerot et Renouard), 1900. <AB202570>

Sold

No.182 (of 200 limited copies)

4to (17.3 cm x 23.8 cm), 2 leaves(blank), Title., 1 leaf(Half Title., colophon), 1 leaf(illustrated Title.), pp.1-69, 1 leaf(colophon), Half Title., pp.1-69, 1 leaf(colophon), 1 leaf(blank), Original water color painting on hand made vellum binding with hand made illustrated vellum dust jacket.
手描き水彩画で彩られたヴェラム装丁に特製のヴェラムカバーが付属。極めて良好な状態。

Information

ジャポニスム、アール・ヌーヴォー、そしてグラスゴー派という多様な芸術運動が1冊に結実した「理想の書物」

 本書は稀代の愛書家にして生涯にわたって「美しい書物」を追求し続けたユザンヌが手がけた作品で、フランスの印象批評を代表する批評家ルメートルのテキストに、花々の水彩画の名手として知られるオーディンによる、日本の多色木版画に影響を受けたであろう美しい挿絵が全ページにわたって展開されています。さらに当時のパリで活躍していた製本家クレヨンがこの1冊のために特別に手がけたアール・ヌーヴォー、ジャポニスムに強い影響を受けた装丁が施されています。しかも、この書物は同時代のグラスゴーの蒐集家の旧蔵本という来歴を有するもので、マッキントッシュをはじめとする「グラスゴー派」と呼ばれる独自の芸術運動が展開したグラスゴーで愛好されていたことを示唆する大変興味深い1冊です。

 本書の著者ジュール・ルメートル(Jules Lemaître, 1853 - 1914)は19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したフランスの印象批評を代表する批評家、詩人、小説家で、当時非常によく読まれていた雑誌『両世界評論』の劇評を長らく手がけ、その著作は日本でもよく読まれて影響を与えており、戦前に邦訳(朝倉季雄 / 権守操一(訳)『作家論』(仏蘭西文藝思想叢書 3)白水社、1939年)もなされています。本書は1900年にパリで刊行された彼の短編集で「白」をキーワードにした3つの物語が収録されています。

 本書を彩る美しい花々を描いた画家、ブランシュ・オーディン(Blanche Odin, 1865 - 1957)は、水彩画、特に様々な花々を描いた静物画を手がけたことで有名な画家で、本書は彼女の初期の作品に属する、しかも書籍の挿絵として描かれた非常に珍しい作品と思われます。編者ユザンヌによりますと、ルメートルはオーディンのことを以前からよく知ってたようで、繊細で独特の美的感性を有し、衒学的ではなく田園地方で培った自身の感性に従って自然本来の魅力を最大限引き出すことができる彼女は、ルメートルの作品に挿絵を提供する理想的な画家であると絶賛しています。

 そして、本書全体のプロデューサーとして指揮を取ったのが、文筆家にして当代きっての愛書家として知られるユザンヌ(Octave Uzanne, 1851 -1931)です。ユザンヌは、フランス文学の豊富な蔵書で名高いアルスナル図書館(Bibliothèque de l’Arsenal)に足繁く通い、そこで多くの文学者、作家、愛書家たちとの交流を深め、愛書家たちが集う『書物の友の会』( Société de Amis de Livres)の会員となり、フランス文学史だけでなく、書物の装丁や活字、用紙といった書物それ自身に対しても関心と愛着を深めていきました。それまでほとんど知られていなかった、あるいは全く知られていなかったフランス文学の手稿や草稿を独自の感性で見出して、それらを編集して次々に世に送り出しながら、ますます書物への関心、造形を深めました。その一方で、『書物の友の会』が古典名著の復刊のみに焦点を当てるという保守的な姿勢に不満を覚えた彼は同会を退会して、『現代愛書家協会』(Société des Bibliophiles Contemporaines)、『独立愛書家協会』(Societé des Bibliophiles Indépendants)(本書は同会のために刊行されています)を自ら立ち上げて多くの人々の関心を呼び、『愛書家の手引き』(Conseiller du bibliophile)、『愛書雑纂』(Les miscellanées bibliographiques)、『現代の書物』(Le livre: bibliographie moderne)などの雑誌も創刊して愛書文化の発展を促し、同時代の著作を精力的に取り上げて、優れた出版人、製本家たちと協力して彼らの作品を自身が理想とする美しい書物として出版しました。ユザンヌのこうした活動は、象徴主義、ジャポニスム、アール・ヌーヴォーといった同時代の多彩な美術運動と連動しており、その書物作りにはこれらの影響が色濃く見られると同時に、ユザンヌの生み出した書物がこうした運動を独自の形で発展させていきました。また、本書に見られるように女性の作家、アーティストらと協働して多くの作品を生み出したこともユザンヌの特色で、彼女たちの作品が現代の少食芸術において不可欠であることを強調しました(その一方でフェミニズムに対しては批判的だったとも言われています)。ユザンヌは筆名を用いて自ら多くの雑誌記事を執筆し、また女性のファッション批評を行うなど生涯を通じて実に多彩な活躍を見せました。

 ユザンヌは書物を作成するにあたって、テキストの内容、挿絵が優れていることは言うまでもなく、その活字、テキストと挿絵のデザイン構成、印刷紙の品質と風合い、そして装丁という、およそ書物のあらゆる側面において、最上の作品として生み出すことを目的としていました。本書はこうしたユザンヌの方針に従って生み出された作品で、200部限定本として1900年にパリで刊行されたものです。ユザンヌが手がけた作品の中でもひときわ手の込んだ書物で、ルメートルのテキストとオーディンのイラストが全ページにわたってそれぞれが一つの作品であるかのような構成となっています。日本の多色刷り木版画から大きな影響を受けたであろうと思われる、モノトーンの線描をベースにして実に鮮やかな、それで一落ち着いた風合いで色彩が施された紙面はため息が出るほど美しく、ユザンヌの書物デザインの真価が遺憾無く発揮されています。彩色には多色刷り(リトグラフ、あるいは木口木版か?)と手彩色が組み合わせられているように見受けられます。描かれている花々は正確なスケッチに基づきつつも、植物図鑑のような精密さを追求するのではなく、有機的な曲線や生命感を表現することに重きが置かれているようで、写実と図案との中間にあるような(ユザンヌが特に好んだであろう)独自の様式で表現されています。また、本書の後半には、テキストの活字とイラストの彩色を除いた線描部分だけにした全ページが付録として収録されており、線描部分に活字、色彩が重ねられてこの書物が出来上がるプロセスを辿ることができるようになっています。

 200部限定本として刊行された本書は、その用紙にも細心の注意が払われているようで、手漉きの美しい高級紙が用いられています。さらに驚くべきことに、現存が確認できるこの作品は、装丁が1冊ごとに全て異なっているようで、当時の購入者が自身の趣味と審美眼に従って独自の製本が施されたのではないかと思われます。 本書はパリで活躍した製本家エミール・クレヨン(Emile Carayon, 1843 - 1909)が装丁を手がけており、 中世本を想起させる美しい白のヴェラム装丁で施されており、その装丁には書物の世界観を体現するような花々が水彩で描かれています。この装丁の水彩画を描いたのは本体を手がけたオーディンとは異なっているようで、その名を示唆するモノグラムが確認できるところ、少なくとも店主には不明です。誰によるものであれ、美しい本文の魅力をさらに引き出すような、唯一無二の美しい装丁であることは間違いありません。

 また、その美しい装丁にはさらに別個に皮革製のカバー(ダスト・ジャケット)がかけられており、ジャポニスムの影響を強く受けたアール・ヌーヴォーを象徴するようなデザインが描かれています。このデザインは、歌川広重の「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」に大きな影響を受けたヨーロッパのアーティストたちが好んで用いた(サミュエル・ビング『芸術の日本』でも紹介されたことはよく知られています)菖蒲のモチーフをベースとしつつも、直接に菖蒲の花を用いるのではなく、花の蕾の左右に陽炎を配するという実にユニークかつ、秀逸なデザインとなっています。

 このように本書は、カバー、本体の装丁、そして書物そのもの、という三段階でこの書物は見るものの目を惹きつける1冊となっており、ユザンヌの理想が体現されたような工芸品とも思える書物に仕立てられています。

 この書物は近年になってグラスゴーの古書店で売りに出されたものですが、当該の古書店によると刊行当時のグラスゴーの蒐集家によって集められた美装本コレクションのうちの1冊という由来を有するとのことです。本書刊行当時のグラスゴーは「四人組』(The Four)と呼ばれたチャールズ・レニー・マッキントッシュ(Charles Rennie Mackintosh, 1868 - 1928)らによる「グラスゴー派」が、パリを中心としたアール・ヌーヴォーのうねりに影響を受けつつ(あるいは逆に与えつつも)、大陸やロンドンとも一線を画した独自のデザインを建築や室内装飾、美術工芸品、ステンドグラス、そして書物デザインといった多岐にわたる分野で実践していました。また、「当時のグラスゴーでは、裕福な美術愛好家が個人的に鑑賞したり、献呈したりする書物を芸術の香り豊かに装幀し、極上のイラストレーションを添えることが、装飾デザインの主流を占めていた」(ジョン・ラッセル・テイラー / 高橋誠(訳)『英国アール・ヌーヴォー・ブック:その書物デザインとイラストレーション』国文社、1993年、208,209ページ))と言われており、本書はまさにこうした独自の展開を見せていたグラスゴーで愛蔵されていた書物であるということは、大変興味深いものです。
 
 なお、ユザンヌについてはいくつかの先行研究がありますが、特に下記の論文が参考になります。

Willa Z. Silverman.
Books Worthy of Our Era? Octave Uzanne, Technology, and the Luxury Book.
[In] Willa Z. Silverman. The New Bibliopois: French Book Collectors and the Culture of Print, 1880-1914.
Toronto: University of Toronto Press.
ISBN: 9780802092113