書籍目録

『古き日本のアーツ・アンド・クラフツ』

スチュアート・ディック

『古き日本のアーツ・アンド・クラフツ』

(世界の芸術叢書 第1巻)初版100部限定版(第5番) 1904年 エディンバラ刊

Dick, Stewart.

ARTS AND CRAFTS OF OLD JAPAN. (The World of Art Series)

Edinburgh, T.N. Foulis, MDCCCCIV(1904). <AB202563>

Sold

First and special limited copy(No.5 of 100 numbered copies)

14.0 cm x 19.0 cm, Half Title., Front., Title., 3 leaves, pp.1-152, [153], 1 leaf, Plates:[28](complete), Printed on hand made papers, bound in “Japan vellum” (white card boards).
装丁の背上部に一部欠損が見られるが、それ以外は良好な状態。

Information

大ベストセラーとなった著作の「アーツ・アンド・クラフツ」を体現した初版限定豪華本

 本書は1904年にエディンバラで刊行された日本美術の一般向け教科書とも言える作品で、初版刊行直後から瞬く間に好評を博し何度も版を重ねただけでなく、フランス、スペイン語、そして日本語にまで翻訳されたという当時のベストセラー本です。本書は数ある諸本の中でも特に希少な、初版特別100部限定本で通常本とは全く異なる高品質なハンドメイド紙に印刷され、当時「ジャパン・ヴェラム」と呼ばれたヴェラムに似せた上質な白色地に箔押し装飾が施されています。こうした発行部数を区切って豪華特装本を刊行するというのは、当時のイギリスにおいて多大な影響を多方面に与えていた「アーツ・アンド・クラフツ」運動に影響を受けたもので、当時のイギリスで同様の書物出版が数多くなされていました。本書はさらにそのタイトルからして同運動を意強く識していると思われ、しかも「アーツ・アンド・クラフツ運動」の波及において、ロンドンとは異なる展開を見せたと言われているスコットランド(エディンバラ)で刊行されているという大変興味深い1冊となっています。

 著者であるスチュアート・ディックについての詳しい経歴については不明ですが、その名前からスコットランド人と思われ、本書をはじめとした幾つかの著作を残しています。また、本書を手がけたFoulis社は当時のエディンバラを代表する出版社の一つで、本書は「世界芸術叢書」(The World of Art Series)と題した世界各国の芸術、工芸を紹介する叢書を企画し、本書はその第1巻として刊行されたものです。高度な専門性よりもわかりやすさや簡潔さを重視し、28枚(口絵を合わせると29枚)もの図版を随所に挿入しており、読者が実際に作品を見る機会を得られなくとも、作品の雰囲気を味わいながら日本美術とその歴史を学習できように工夫されています。本書の構成は次のようになっています。

第1章:序論
第2章:絵画
第3章:多色刷り木版画
第4章:彫刻(Sculpture)とカービング(Carving)
第5章:金属加工品
第6章:陶磁器
第7章:漆器
第8章:庭園と生花
 
 著者は、日本美術に関心を持った読者に対するアドバイス(注意)として、これらのテーマに関する書籍はすでに数多くがあるが、作品目録の類は学習にあまり役に立つものではないとして、絵画についてはアーサー・モリスン(Arthur George Morrison, 1863 - 1945)を、多色門版画についてはストレンジ(Edward Fairbrother Strange, 1862 – 1929)を、景観庭園や生花についてはコンドル(Josiah Conder, 1852 - 1920)の著作を参照することを推奨しています。その上で著者が日本美術を学ぶに際して最も重要なこととして、日本美術を学ぶこととは「異世界」(strange world)に入っていくことである、ということを知っておかなければならないとします。生活や言語、そして思考の様式(mode of thought)までもが、我々(西洋人)とは全く異なっていることに注意せねばならないと言います。ほんの50年ほど前まで西洋人は日本のことをほとんど知らず、かれらを野蛮な人々だと信じ込んでいたが、事実は全くその逆で、かれらの文明は我々よりも古い歴史を有しているだけでなく、われわれよりも進歩していること、こと美的感性(an aesthetic sence)に至っては、日本の人々のそれは我々西洋人の基準をはるかに上回っているのだと述べています。さらに、われわれは裕福な人たちだけでなく貧しい人たちもすべて諸芸術を愉しむことができるような社会を夢見てきたが、日本はその夢がはるか以前からすでに実現していると述べ、日常生活のあらゆるところに芸術が根付いており、しかもけばけばしく生活空間が飾り立てられているのではなく、極めて簡素な形で芸術が根付いていると述べています。その上で、こうした日本美術とそれを生み出す美的感性がどのような歴史と社会から生まれてきたのかを知ることが重要だとして、日本の歴史の概略を解説するところから筆が進められていきます。

 ここでディックが披瀝したような日本美術とそのあり様に対する見解は、ジャポニスムに身を投じた同時代人による見解にもよく見られるものですが、「生活に根ざしていること」「貴賤にかかわらず芸術が親しまれていること」を一層重視するディックの視点は、タイトルに「アーツ・アンド・クラフツ」を冠する著者の力点が特に強く表現されている様に見受けられます。冒頭で触れたように、本書は100部限定で刊行された特別豪華版で、透かしの入った手漉きで作成された上質の用紙を用い、その装丁にも西洋製本において長らく用いられてきたヴェラム革の風合いを再現した「ジャパン・ヴェラム」とよばれる特別な用紙が用いられていて、この書物そのものが一種の工芸品とみなせるような手の込んだ作りがなされています。本書が刊行されたエディンバラでは、1894年に「エディンバラ・アーツ・アンド・クラフツ」運動の中心を担った雑誌『エヴァーグリーン』(Evergreen)の刊行が開始され、アール・ヌーヴォーの影響を受けながらも独自の運動が展開されていきました。こうした当時のエディンバラにあって刊行された本書は、その運動にも少なからず関与していたのではないかと推定されます。

 本書はその後幾度も版を重ね、スペイン語(Artes y oficios del antiguo Japón. Madrid: M. Aguilar.)、フランス語(Les arts & métiers de l’ancien Japon. Brussel: Vromant, 1914.)そして、日本語(ステワード・ヂック / 姑射若氷(良)(訳)『日本美術史』光星社出版部、1916年)にまで翻訳されるなど、当時非常によく読まれたベストセラーとなったことから、当時の人々の日本美術に対する見解や認識に強い影響力を与えた書物であったと考えられます。本書は数ある諸本の中でもその原点として、しかも書物自体が一つの「アーツ・アンド・クラフツ」を体現すべく製作された限定豪華本であることから、大変希少で貴重な1冊であると言えるでしょう。