書籍目録

『ポリグラフィック:ドローイング、エングレーヴィング、エッチング、リムニング、絵画、ワニス塗装、ジャパニング、ギルディング、その他の技法について』

ウィリアム・サーモン / (ジャパニング)

『ポリグラフィック:ドローイング、エングレーヴィング、エッチング、リムニング、絵画、ワニス塗装、ジャパニング、ギルディング、その他の技法について』

第8版(最終増補改訂版)全2巻(合冊) 1701年 ロンドン刊

Salmon, William.

POLYGRAPHICE: OR The Arts of Drawing, Engraving, Etching, Limning, Painting, Vernishing, Japaning, Gilding, &c. In Two Volumes…The Eighth Edition.

London, (Printed for A. and J. Churchill), M DCCI.(1701). <AB202561>

Sold

8th ed.(Definitive revised and enlarged ed.)

8vo (11.7 cm x 19.2 cm), Vol.1: Front(portrait of author), Title., 15 leaves, pp.1-224, NO LACKING PAGES, pp.301-475, [476](blank), numbered plates: [21](complete).[bound with] Vol.2: Title., pp.477-939, numbered plates: [2](complete), Later three-quarter leather bind on marble boards.
後年の美しい装丁で、本体も図版も欠損なく完備しており良好な状態。[ESTC: T149640]

Information

「ジャパニング」を広く人々に伝えることに大きく貢献した当時の大ベストセラー

いささか奇妙なタイトルを掲げる本書は、17世紀末から18世紀初頭のにおいてベストセラーとなった「美術・工芸手引き集成」ともいうべき作品で、人物・風景描写、彫版、彩色、化粧、染色、鍍金、ガラス彩色といった、美術工芸に関するあらゆる分野の手法が全2巻1,000ページほどにまとめられた著作です。本書は1701年に刊行された第8版で最終増補改訂版とされる決定版ですが、特に興味深いのはこの版において、日本美術工芸の影響を大きく受けたイギリス美術工芸品の最初の事例に数えられる「ジャパニング」こと模造漆を用いた工芸品の作成法が初めて詳しく紹介されている点です。19世紀後半にイギリスでも広がっていったジャポニスムは、その下地として17世紀から18世紀にかけてのシノワズリの流行があったことがよく指摘されますが、本書で詳述されている「ジャパニング」は、時にシノワズリと混じり合いながらも独自の展開を見せ、ジャポニスム以前の「日本趣味」を形成した重要な契機であったことから、本書の記述は非常に興味深いものと思われます。

 本書を執筆したウィリアム・サーモン(William Salmon, 1644 - 1713)は、17世紀後半から18世紀初めにかけてロンドンで活躍した医師、薬剤師、著作家で、膨大な著作を残し、しかもそのいずれもが当時のベストセラーとなったことが知られる人物です。大学やアカデミーとはほとんど無縁のキャリアを歩みつつも、当時の専門家による医学知識や薬物、処方箋の独占体制を鋭く批判し、より多くの人々に医療や薬品が行き渡ることを提唱したことでも知られます。もちろんそこには彼自身がロンドンで営んでいた医院、薬局の利害が関係していたことは間違いありませんが、いずれにせよ、既存の医療機関よりもはるかに多くの患者を受け入れ、多くの人々に対して独自の薬品を処方して販売したことで、サーモンは当時の人々の間で最も人気のある医師の一人となったと言われています。こうした医師、薬剤師としての活躍を行いつつ、そこで得られた資金を元手にしてサーモンは書物を買い漁って自身の図書室を築き上げ、専門とする医学、薬学、植物学、解剖学だけでなく、暦と占星術、錬金術、そして本書に結実している芸術、工芸に関するあらゆる技法、果ては家政学や料理研究までという膨大なジャンルの著作を収集し、しかもそれらを読破していきました。このように独学で多彩な分野を精力的に吸収していったサーモンは、当該分野の当時最新の知見を独自の視点でまとめ上げた著作を次々と発表し、それらはいずれもベストセラーとなり、さらにサーモンの人気を高めることになりました。彼の著作の読者にはニュートンやサミュエル・ジョンソン、ダニエル・デフォーといった当代きっての知識人、作家たちも含まれており、その影響力は非常に大きかったと言われています。

 本書はサーモンの数多くの著作の中でも最も代表的な作品の一つとされているもので、「ポリグラフィーク」(polygraphice)というあまり聞きなれない言葉がタイトルとなっています。これについてはサーモン自身が序文でその意図を記していて、本書が主題とするのは通常で言うところの「絵画技法」(Art of Painting)であるが、その言葉が意味しているのはあまりにも狭い範囲過ぎ、彼が「アート」と考えるものは、描写(Drawing)、彫版(Engraving)、エッチング(Etching)、リムニング(Limning)、油彩画(Painting in Oil)、塗型(Washing)、彩色(Coloring)、染色(Dying)と極めて多岐にわたっており、こうした多様性を統合する用語として「ポリグラフィーク」というギリシャ語を組み合わせた語を用いるのだとしています。事実、サーモンの言う通り、本書では彼が考えるところの「アート」に関係する膨大なテーマが論じられており、章別にざっと列挙すると下記のようになります。

第1章:男女の人物描写と風景描写
第2章;エングレーヴィング、エッチング、リムニング
第3章;塗色、塗型、彩色、鍍金
第4章:絵画(塗色)の起源と発展、完成、並びに古代における絵画(塗色)
第5章:美容と香水
第6章:染色(Dy(e)ing)と染め付け(Staining)
第7章:錬金術、ならびに哲学者たちの万能の秘薬(秘術)(Grand Elixir)
第8章:Peter Faberの112の秘術
第9章:手相占い
第10章:ガラス、エナメル、宝石への染め付けと塗色
第11章:ワニス塗り、ジャパニングとと金箔装飾

 一見するだけでは、それが「Art of Painting」とどう関係があるのかわからないようなテーマも見られますが、サーモンの見解ではこれらの諸テーマはいずれも相互に関係しているということになります。サーモンは、本書で取り扱われるそれぞれの分野については、すでに優れた研究書や解説書が存在するが、いずれも難解であったりあるいは高価すぎたりと、いずれにしてもその知見が多くの人々に届いていないことに鑑み、それらを簡潔にまとめ上げ、しかも相互に関連する分野とともに包括的、体系的に一つの書物にまとめあげたのが本書に他ならないとしてます。本書の記述はサーモンの膨大な読書遍歴を通じて得られたもので、したがって既存の書籍の記述や内容が大いに反映されていると言います。このように他書からの引用、参照に基づいて一つの作品をまとめ上げるというサーモンの姿勢は、著作権や盗作といった考え方が現在よりもはるかに弱かった当時においても、剽窃集成ではないかという批判があったそうですが、その内容が既存書に多くを負うところがあったとしても、サーモン独自の視点からまとめ上げたものであり、なにより、そのような知見をより多くの人々に届けることの方がはるかに重要だと彼は考えていたようです。

 本書は1672年にその初版が刊行されましたが、単なる芸術手引書という範囲をはるかに超える読者層を獲得し、瞬く間にベストセラーとなり、本書刊行の時点ですでに15,000部が販売されたと言います。この数は当時の一般的な書物の発行部数からすると驚異的な数字で、内容がそれなりに専門性のある主題であるだけに、本書がいかに多くの読者を獲得し、強い影響力を持った作品であったのかがうかがえます。サーモン自身が述べているように、彼は版を重ねるごとに改訂と加筆を繰り返してその内容を補強していっており、最終改訂版となったこの第8版は、そのボリュームが初版の2倍余りに達しているほどです。

 本書が日本の読者にとって特に興味深いのは、この第8版において初めて付け加えられた最後の第12章で、ここではまるまる1章を割いて「ジャパニング」とよばれる模造漆塗りの技法について紹介がなされています。大航海時代に西洋とアジア諸国の海を通じた交流が本格的に進展する中で、アジアならではの工芸品として人気を博したのが漆工芸であったと言われていますが、その中でも、日本の漆工芸品は他地域と比べても極めて質が高いとされて大いに珍重され、ポルトガルは本国市場の好みに合わせて螺鈿を煌びやかに配した漆器を数多く日本から輸出しました。ポルトガルに次いでアジア貿易の主導権を握ったオランダは、輸出用に過度な装飾を加えることを控えながらも本国市場の好みを巧みに捉えて、多彩な漆工芸品や家具を日本の職人に作成を依頼して輸出し、ヨーロッパ各地で大きな人気を博していました。

「(前略)日本製漆器の技術面での評価が揺るぎないものであったことには変わりない。
 黒く、硬く、光沢を放つ滑らかな表面と、金色の蒔絵との絶妙の組み合わせ、遠目に映え、近寄って見れば細密精繊な蒔絵意匠。漆による表面塗装技術の質の高さと多彩さは、当時のヨーロッパのいかなる技術をしても得られない魅力を放っていたからである。
 ポルトガルが扱った南蛮漆器は、螺鈿を多用するきらびやかな作風で、真に日本的なものとはかけ離れた印象の漆器であったが、ついで漆器輸出に着手したオランダ東インド会社が、おそらくは周到な市場調査に基づいて模索した17世紀の輸出漆器の様式は、蒔絵装飾の優れた面を十分に引き出す方向へと落ち着いている。余白を大きく撮る構図や重厚感あるレリーフ状の高蒔絵は、純和風ともいえる趣である。輸出用商品とはいえ、日本の工芸技術を代表とする蒔絵装飾の真価が、オランダ人によって実に正しく理解されていたことに驚かされる。」
「(前略)日本漆器のヨーロッパへの輸出は、さまざまなレベルでの理解・不理解を内包しながらも、背景の文化を理解せずとも優劣を判断できる技術面への賞賛や、日本文化への好印象を形作っていった。そして、ヨーロッパ本位の勝手な「東方」の枠に日本を押し込め、埋没させながらも、中国とは明らかに異なる「漆の国ジャパン」のイメージを形成していったのである。」

(日高薫『異国の表象:近世輸出漆器の創造力』ブリュッケ、2008年、84-85ページ、86ページより)

 こうして16世紀から17世紀にかけてその様式の変化を伴いつつも、日本の漆工芸品はヨーロッパにおける日本観の中心要素の一つとなるほどの人気を獲得していきましたが、その一方で、彼らが魅せられた漆工芸品をヨーロッパでもなんとか再現できないか、あるいはオリジナルをも上回る技法で製作できないかという試みがなされるようになります。漆の木はヨーロッパに自生しておらず、また漆の原液を日本からヨーロッパに輸送することも気候条件の変化に伴う劣化が避けられないため、ヨーロッパで漆そのものを用いた工芸品を作るという選択肢が当時はありませんでした。そこで、それに代わって編み出されたアイディアが、ヨーロッパ諸国、特にイギリスにおいて伝統的なワニス塗装を応用することで、日本製漆器が持つ光沢と深みを再現しようとする試みで、この技法を大々的に解説した作品(John Stalker / george Parke. A treatise on Japanning and varnishing…London, 1688)が1688年に刊行されます。この作品はそのタイトルに「ジャパニング」(Japanning)を掲げていることからも分かるように、模造漆工芸品の作成技法を図版とともに初めて本格的に紹介した英語の著作です。この作品は、日本の漆工芸品の「フェイク」を作成するのではなく、ヨーロッパ独自の技法で独自の作品を生み出すための手引きとして画期的な作品で、「ジャパニング」という言葉が後年広く知られるようになる手がかりともなりました。

「(前略)ストーカーらは、1688年出版のこの本で、日本製漆器(Japan-workという表現を使っている)の素晴らしさと模製漆器についての差異について語り、自分たちの作ろうとしているものが模製(japan)であることを認識している。日本の漆器と同じものが作れないからこそ、自分たちで手に入れることができる最高の材料(貝、黒色塗料、金属等)を購入し、技を磨いて、日本製の漆に似せたものを作れば、その努力と技量はある意味評価されてよいのではないかと遠慮がちに述べる。同時に、材料や製造過程を秘密にして、本物と偽物を区別できなくするのではなく、ノウハウを公開し多くの人に伝えることこそ出版の意義があるとする。」
(ジョン・ストーカー / ジョージ・パーカ / 井谷善恵(訳、解説)『漆への憧憬:ジャパニングと呼ばれた技法』里文出版、2014年、訳者あとがき、177, 171ページより)

 しかし、このストーカーらの作品は、その内容が画期的であった反面、フォリオ判の豪華本で高価な書籍(今なお極めて高額な書物です)であったため、当時は限られた人たちしか読むことができなかったのではないかと思われます。それに対して、本書作品第12章に収録された「ジャパニング」を集中的に論じた記事は、本書刊行当時すでに15,000部を売り上げていた大ベストセラーの最新版に収録された記事ということを考えると、はるかに多くの人たちに読まれることになったのではないかと思われます。しかも、「ジャパニング」だけに関心のある読者が読むであろうストーカーらの作品とは異なり、「美術・工芸手引き集成」とも言えるような本書は、より広範囲の読者層を獲得したであろうことから、その影響力はより一層大きなものがあったと考えられます。その意味では、本書第12章「ジャパニング」についての記述は、「ジャパニング」を本当の意味で、当時の一般読者に広く伝えることに貢献した作品であったと言えるでしょう。

 井谷氏が指摘しているように、「ジャパニング」とは基本的に日本の漆工芸品に触発されながらもその環境的制約から、それとは異なる独自の技法に基づいて製作された工芸品で、当然ながら日本の漆工芸品にはないような表現や技法が積極的に用いられている点に大きな特徴があります。本書でも解説されているように、青や黄色といった塗色を用いる「ジャパニング」というものあり、実際にこうした技法を用いて作成された作品が多数現存しています。このように、「さまざまなレベルでの理解・不理解を内包」しつつも、異国の文化に大いに触発されて独自の発展を遂げた「ジャパニング」ですが、翻って日本に目を転ずれば、オランダ商館からもたらされた金唐革と呼ばれた美麗な革細工に大いに感銘を受けながらも、皮革の入手が容易でなかった当時の日本では、それに代わる素材として和紙を用いた「金唐革紙」が発展したという事例が重なります。しかも江戸時代を通じて独自の発展を遂げた「金唐革紙」は、幕末から明治にかけて西洋人に再発見され、いわば逆流する形で欧米諸国に輸出されるようになったことなども考えると、美術工芸品を通じた異文化交流というのは、時間と場所を越えて思わぬ展開を常にもたらすものと言えましょう。

 いずれにしましても、本書は「ジャパニング」という日本の漆工芸品に触発されてヨーロッパで独自に編み出された技法を、当時のベストセラーの1章として収録したことで、当時の人々に広く伝えることに大きく貢献した記念すべき著作と言えます。こうした「ジャパニング」ブームは18世紀以降もそのスタイルを変化させながらも継続し、さらには中国趣味ブームである「シノワズリ」と混合する形で展開し、西洋における日本観の形成に影響を与えていくことになります。こうした長い歴史の末に、19世紀後半に欧米各地で「ジャポニスム」が華開いたことに鑑みると、その原点の一つとも言える本書は、あらためて注目されるべき作品ということができるでしょう。