書籍目録

『朝顔:日本の小説』

G. ヨシダ

『朝顔:日本の小説』

1892年 パリ刊

Yoshida, G(isei?).

BELLES-DU-MATIN: ROMAN JAPONAIS.

Paris, Victor-Havard, 1892. <AB202557>

Sold

8vo (11.5 cm x 18.5 cm), Colored illustrated Title., Half Title., Title., pp.[I], II-XVI, [17], 18-344, Contemporary half leather on marble board.
p.310-312に該当する2葉の上部余白部に破れあり。刊行当時のものと思われる半革の美装本。天金。

Information

謎に包まれた「G.Yoshida」によってパリで刊行された日本の物語

 1892年にパリで刊行された本書は、日本の小説をフランス語に翻訳したと称するものですが、その現存本がほとんど確認することができず、著者として記された「G. Yoshida」についても全く詳細が不明という様々な謎に包まれた作品です。著者による序文では、当時パリに滞在していた著者による日本ブームの様相やパリにおける日本人のプレゼンス、近代化を進める日本に対する著者の問題意識などが述べられており、非常に興味深い書物です。

 本書には本文に先立って著者による比較的長い序文が掲載されており、この作品が出版されることになった経緯と問題意識が述べられています。それによるとこの作品は日本では誰もが知っているような小説作品で、著者がフランス語学習のつもりで翻訳し始めたところ、さまざまな人助力を得て全体を翻訳して出版することになったという旨が記されています。ただ、具体的な書名やその書誌情報については一切触れられておらず、少なくとも著者には今のところ原著を特定することはできていません。著者はパリに居を構えて勉学に勤しんでいる旨を記していることから、留学生として滞在していたのではないかと思われますが、パリではあらゆるところで日本趣味が流行していることを述べています。その一方で、浮世絵をはじめとした日本美術が大いに評価されているにも関わらず、長い歴史を有する日本の文芸や物語については相対的にほとんど知られていないことを指摘しています。

 また、パリの至る所で日本人が見られるようになったとなどと最近は言われるが、実際の数は微々たるものに過ぎず、日本はまだまだあらゆることを西洋社会から学ぶ必要がある段階に過ぎないと著者は言います。西洋では隣接する諸国が互いを批判的に刺激し合うことによって、結果的に自身を見直し切磋琢磨する歴史が紡がれてきたのに対して、日本はわずかに朝鮮や中国、オランダとそのような関係を有していたものの、それ以外の他国とは長らく交流を絶っていたためにそのような機会と歴史に恵まれなかったとして、開国後の日本はあらゆることを西洋社会から学び、吸収する必要があると述べています。その上で、著者が最も肝要であるとするのは、「批判を受けること」で、他者の視点からの批判を建設的に吸収して自らの発展を模索することが、今の日本にとっては必要であるのだという旨を主張しています。

 著者はまた、西洋の文学作品の吸収、また日本の文学作品の西洋への紹介には、必ず翻訳が必要となるもので、翻訳を通じて伝わる作品は自ずと原著とは異なった趣となることや、そこから誤解が生じることは避けられないと述べます。しかし、たとえそうであっても、日本ブームに沸くパリにあって未だなお知られることのない日本の小説を紹介することには意味があるだろうし、多くの批判をむしろ歓迎したいという旨を述べています。

 こうした著者の序文における主張は、当時のパリにおける一人の日本人のリアルな問題意識が伝わってくるもので、読者に訴える力のある内容となっているように見受けられます。それだけに本書の内容や、当時どのような評価を受けたのかについて、非常に興味深いところがありますが、少なくとも店主が知る限り書評記事や研究成果を見つけることはできていません。著者がおそらくほとんど無名であったであろうことや、現存部数が極めて少ないこと鑑みると、当時の発行部数自体が非常に限られていたのかもしれません。タイトルページの反面には出版社からの告知として、同じ著者から近々出版予定である2作品が記されており、そのうちの1つ『そまの桜木』(Le cerisier de Soma: Thèâtre japonais-Drame en cinq actes et six tableaux. Tokyo, 1898)は確かに出版されたようなのですが、パリではなく東京で出版されており、この作品もほとんど現存していないようです。

 本書冒頭には、浮世絵版画に範をとったであろう扇子を手にして朝顔に囲まれた着物女性を描いた美しい彩色口絵が掲載されており、この作品が一定のコストをかけて刊行された出版物であったことがうかがえます。また当時のものであろうと推定される美しい手の込んだ装丁が施されていることからは、当時の読者に大切にされていたであろうことも伝わってきますが、それだけにその内容や、背景事情や評価が全く不明となっていることがいかにも不思議に思われます。

 ともあれ、当時パリに滞在し、独自の問題意識によって出版された本書は、近代化(西洋化)を直走る当時の日本の現状を憂いながら、日本ブームに沸くパリにあって出版された稀有な書物として、光が当てられることが期待される1冊と言えましょう。