書籍目録

『日本素描木版画集』(仮題)

[ワーグマン]

『日本素描木版画集』(仮題)

1865年頃? 横浜刊?

(attributed to) [Wirgman, Charles.]

[The collection of Woodcut sketches of Japanese] (tentative title)

[Yokohama?], s.n, [c1865?]. <AB2024121>

Reserved

Oblong(13.5 cm x 16.8 cm), 39 leaves (printed on recto only), with some hand-written inscriptions, or colored, Bound in Japanese style, tied.
緑の綴じ紐に緩みや外れが見られ、用紙の余白部に折れや欠損も見られるが、画部に損傷なし。

Information

『ジャパン・パンチ』のワーグマンによる、これまで未発見と推定される初期木版画集

 本書は1865年頃に刊行されたと思われる木版画集で、本書のどこにもその名は記載されていませんが、『ジャパン・パンチ』の作者で知られるチャールズ・ワーグマン(Charles Wirgman, 1832 - 1891)によるこれまで未発見の素描集と思われるものです。全部で39枚の木版画が収録されており、そのうちの13枚にはペンや鉛筆で表題が書き込まれています。綴じ紐は『ジャパン・パンチ』に見られるものとよく似た緑色の綴じ紐で、一部が外れかかっていますが、薄い青色のやや厚手の別紙が表紙としてあつらえられた横長の蔵本となっています。

 本書にはそのタイトルはおろか、著者名や刊行年、出版社といった書誌に関する情報はどこにも明記されていませんが、最初の作品に手書きで次のように記されており、この記載からある程度の刊行年を推定することができます。すなわち、

“a remembrancer” to V. Williams from his friend C. Vellimico S.F. 1st Jan. 1866.
(「思い出の記念に」V. Williamsへ、友であるC. Vellimicoより。1866年1月1日、サンフランシスコにて。)

とあることから、少なくとも1865年以前に刊行されたものであることが推定されます。ここに記されている贈り先であるV. Williamsと贈り手であるC. Vellimicoについては全くその詳細が(少なくとも店主には)分かりません。この最初の作品の上部余白へのインクによる書き込みの筆跡と、それ以降のページに見られる書き込みとは異なる筆跡のように見受けられることから、上記の書き込みだけが当時の購入者によって記されたもので、それ以外のものは、あるいは販売時点であらかじめ書き入れがなされていたのかもしれません。

 本書に収録されているのは市井の人々のごくありふれた日常の一コマを描いた作品ばかりで、政治的なものや風刺的な意味合いが込められていると思われる作品は見当たりません。ほとんどがモノトーンの作品ですが、最初の作品に見られるように一部の作品には薄い青色での彩色が見られます。用いられている用紙は『ジャパン・パンチ』に用いられているものとよく似た和紙と思しき用紙で、明らかに洋紙ではないことや造本から見て日本で製作、刊行されたものであることは間違いないと思われます。毛筆で描いたかのような流れのある描線は、『ジャパン・パンチ』のそれと非常によく似たもので、人物の表情の描き方や構図などからみても、ワーグマンによる作品ではないかと推定されます。中には、明らかに既知のワーグマン作品と同じ構図を持った作品もあることから、本書の作者がワーグマンであることは疑い得ないと考えられます。もちろん、彼の画風に影響を受けた何らかの人物によるものと推定することもできますが、ワーグマンに直接師事したことが確認されている五姓田義松や高橋由一が弟子入りした時期は1865年冬以降とされていることから、本書の推定刊行年に鑑みると彼らが手がけた可能性を考えることは現実的ではありません。

「(前略)ワーグマンは1861年に初来日。1865年の年末頃に義松が入門、翌年由一が入門する。書画会に時折出入りをし、木版でJP(Japan Punchのこと:引用者注)を発行するなど、画技への興味を促す機会は多分にあった。特に眼を引くのがJPに認められる描線である。木版化する折に彫師が整えているだけかもしれず、その描線がワーグマン自身の線か断定はしかねるものの、見るからに毛筆の勢いである。そのような勢いのある、また息の長い描線が鉛筆によって達成されていることを、来日以後の作例にしばしば見ることができる。その生き生きとした描線はこれまでのワーグマン観を揺さぶるほどの出来栄えで、まさに毛筆で引いたかのような流麗さがあり、ときに善松が示す鉛筆による描線と重なり合う感覚である。」
(角田拓朗「ワーグマンが見た海:理想郷を求めて」神奈川県立歴史博物館(編)『ワーグマンが見た海:洋の東西を結んだ画家』2011年、9ページ)

 ワーグマンによる素描集としてよく知られている作品に、1885年に横浜で刊行された石版画集『日本スケッチ帖』(A Sketch of Japan. Yokohama; R. Meiklejohn & Co. 1885)があり、これまではこの作品がワーグマンの作品が画集としてまとめて刊行された最初(で最後)の作品(清水勲(編)『ワーグマン日本素描集』岩波書店、1987年)とされています。1865年頃の刊行と推定される本書は、それよりもずっと以前に刊行された素描集ということになり、しかも1865年頃というのは、1862年の創刊後の休止期間を挟んで『ジャパン・パンチ』が再開された時期とも重なるということは注目すべき点ではないかと思われます。また、1885年の『日本スケッチ帖』
がワーグマン自身ではなく、出版を担ったメイクルジョンによって選定、キャプションが加えられているのに対して、本書はワーグマン自身による作品選定がなされ、いくつかの作品に記入されているキャプションもワーグマン自身によるものと思われることも本書の大きな特徴と思われます。例えば、木版刷の彫り師を描いたと思われる作品には、「The man who cut the plates for this Book」(この本の図版を彫った男)と書き込まれており、このキャプションがワーグマンその人自身によるものであることを物語っています。

 ワーグマンは『ジャパン・パンチ』や『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』の挿絵といった印刷物だけでなく、多くの水彩画やスケッチ、油彩画を制作し、販売、頒布していたことが知られており、これまでの研究によってその数々が紹介されていますが、店主の知る限り、本書についてはこれまで紹介や言及された形跡がなく、未確認の新出資料ではないかと思われます。これまでに知られていない、しかもワーグマン来日後の比較的早い時期の作品集として、また幕末に生きた市井の人々を活写した貴重な史料としても、本書は極めて重要な作品ではないかと思われます。