書籍目録

「日本」

ジャパン・ツーリスト・ビューロー (杉浦非水)

「日本」

1918年 東京刊

JAPAN TOURIST BUREAU / Sugiura, Hisui.

JAPAN

Tokyo, THE HAKUBUNKWAN INSATSUJO, (Compiled in) 1918. <AB201790>

Sold

21.1 cm x 23.8 cm (Folded: 10.3 cm x 23.8 cm), pp.64, Original pictorial wrappers
デザイン表紙の真ん中部分を折ることで、携行に便利な縦長となる仕様。

Information

日本交通公社の前身、ビューローによる初期のガイドブック

 日本交通公社の前身である、ジャパン・ツーリスト・ビューローは、1912(明治45)年に設立された、来日外国人観光客の誘致と応対を目的とする団体です。以前から活動していた喜賓会(Welcome Society of Japan)をより発展的に継承した団体で、鉄道院や帝国ホテルをはじめとした外国人向けホテル、日本郵船など関連業界からの賛同を受け設立された半官半民の組織で、現在の日本交通公社の前身にあたるものです。ビューローの設立については、鉄道院の木下淑夫が中心的な役割を果たしており、喜賓会の渋沢栄一と鉄道院総裁であった原敬への木下の積極的な提案により、鉄道院の出資とビューローの設立が可能となったとされています。

 ビューローは設立の翌年(1913年)に、英文での日本ガイドブックを刊行し、来日した外国人観光客にむけたガイドブックを積極的に配布しています。ビューロー発足時には、サトウやチェンバレンをはじめとした外国人の手になる本格的なガイドブックがすでに数種類存在しており、また鉄道院による全5巻からなる記念碑的なガイドブック(An Official Guide to Eastern Asia.)もすでにその準備が進められていました。従って、ビューローとしては、こうした本格的な大部のガイドブックとは目的が異なる、簡便ながらも外国人来日観光客にとって必要な情報をコンパクトにまとめた小冊子のガイドブックを発行しました。

 このガイドブックテキスト作成の中心は鉄道院が担う一方で、観光政策においてその重要性に対する意識が高まりつつあったと思われるデザインについては三越図案部の杉浦非水が担当しています。杉浦は、それまでの日本の広告における主流であった、宣伝内容と無関係ないわゆる美人画風のデザインを批判し、アール・デコや表現要素の大胆な抽象化を施す「単化」を駆使した斬新なデザイン広告を発表するなど、1920年代以降の日本の広告界の中心を担っていくことになる人物です(竹内幸絵『近代広告の誕生』青土社、2011年参照)。杉浦にデザインを担当させていることは、ビューローが英文ガイドブック作成にあたって、内容だけでなく、意匠面でも最大限の意識を払っていたことを伺わせます。

 ここにご案内するものは、1918年にビューローによって刊行されたガイドブックで、1913年の初版と同じく杉浦非水が担当しており、やや意匠は異なるものの五重の塔をモチーフとした特徴的なデザインが施されたものです。携行の便を意識して、真ん中で二つ折りにできるようになっている点が特徴的です。本文は全64ページからなり、写真もふんだんに交えて読みやすさ、コンパクトさを意識した作りとなっています。内容は来日した外国人観光客にとって実際に必要となる項目を中心に構成されている一方で、日本の文化と西洋との違いなどを盛り込むなど、小冊子ながら非常に完成度の高いものと思われます。

 ビューローが作成した英文ガイドブックについては、これまでも研究上で言及されることはありましたが、実際にその現物を所蔵している研究機関が少ないためか、特に初期の形態、内容については具体的なことが実はあまりよく分かっていないものと思われます。ビューローの英文ガイドブックは、1930年代まで鉄道院に発行元を変えながらも長年にわたって繰り返し作成されており、その内容、意匠の変化も含めて、いかなる変遷をたどったのか、またその背景に何があったのかということを解明することは、ビューローを中心とした当時の日本の観光政策の内実を実証する上では欠かせない作業と言えるでしょう。その意味において、本資料は、比較的初期のビューローによるガイドブックにあたることから、後年発行のものとの比較研究に際して参照点となるべき貴重な研究素材となりうるものです。

杉浦非水による五重の塔をモチーフにしたデザイン。
見開きの日本地図には主要鉄道網と汽船航路が示されている。
裏面はビューローの主要役員、オフィス、海外代理店を記載。個別の代理店のほか、世界中のあらゆるトーマス・クック商会が指定されている。
携行時の便を図ってか、真ん中で折ることができるようになっている。