青羽古書店について

学問と文化に貢献しうる洋古書店を目指して

「私が古書店という仕事を営むようになって30年以上の時が流れたわけだが、私が当時から今に至るまで絶えず確信しているのは、古書店というものは学問に広く貢献しうる、ということである。
しかも、自分自身の利益をないがしろにするのではなく、かといって金策だけで頭がいっぱいになってしまうことなしに、それができるはずだ、ということである。」

フレデリック・ミュラー

 この言葉は、19世紀半ばにオランダで古書店を営んでいたフレデリック・ミュラー(Frederik Muller, 1817-1881)が1872年に残したものです。ミュラーは、古書店を単なる古物の転売屋とは見なさず、一点一点の書籍について、その刊行年、著者、内容、歴史、来歴などを詳しく調べ上げた上で、詳細な販売目録を発行した古書店のパイオニア的人物として知られています。彼が発行した目録の質の高さは、学問研究にも大きな影響を及ぼしたと言われており、現在にあってもなお活用できるものです。彼は、古書を単なる骨董としてではなく、彼独自の視点から新しく再評価、再提案することによって、書物そのものを新しく蘇らせたということができるでしょう。青羽古書店は、この偉大な先人の言葉を胸に、現代において学問と文化に貢献しうる洋古書店となることを目指します。

青羽古書店の哲学

 ミュラーがこの言葉を残してから150年近く経った現在、洋古書を巡る環境はいうまでもなく大きく様変わりしました。特に近年では、様々なオンライン・データベースの拡充により、日本国内に居ながらにして古今東西の数多くの文献を閲覧することができるようなりましたし、また洋古書そのものもインターネットサイトを通じて誰でも比較的簡単に手にすることができるようになりました。こうしたことは、洋古書を用いて研究する上で、間違いなく利点をもたらす喜ばしいことと言えます。その一方で、こうしたアクセスしやすい環境で得られる書物だけが注目されるようになり、そこから漏れ落ちる書物、インターネットの検索で容易に現れない書物は、「なかったこと」になってしまいがちです。また、インターネット上で大量の書物を閲覧しうる環境が、却って「読むべき書物」を見えにくくさせてしまうこともあります。一冊一冊の書物が持つ独特の質感やマテリアルな側面も、インターネット上ではなかなか見えてきません。
 近年ではよく、電子書籍やデータベース、実際の書物のいずれを重視すべきか、あるいは前者によって後者は不要となるか、ということが議論されますが、洋古書に関するオンライン・データベースや、インターネット環境の進歩がもたらす利点を最大限に活用しようとするならば、実際の書物についての知識や経験、勘といったものは不可欠になりますし、オンライン・データベースの素晴らしい検索機能はどうやっても実際の書物からは得られません。ですから、「電子書籍か現物か」というのは、問い自体がそもそも間違っており、両者は、それぞれの利点を活用することで相乗効果を生むことができるものであって、一方が他方を不要とするものではないと言えましょう。
 そう考えると、現代の問題は、媒体の如何にあるのではなく、限られた時間、予算状況にあって、溢れかえる資料の中から「どの書物を」「何の為に」「どのように」読むべきなのかを見極めること自体がとても難しくなっている、ということにこそあるのではないでしょうか。

 

青羽古書店 ロゴ 弊社のロゴマークを取り囲むNON REFERT QUAM MULTOS SED QUAM BONOS LIBROS HABEAS AC LEGASというラテン語の格言は、「大切なのは、いかに多くのではなく、いかに良質の書物を手にし、そして読むことである」という意味を持つものです。元々はローマ皇帝ネロに仕えた哲学者セネカの言葉で、当時の首都であるローマを離れた遠征の地にあって思うように書物が手に入らない環境にあることを嘆く友人ルーキーリウスからの手紙に対する返事の冒頭にある言葉です。現代は、ルーキーリウスの訴えにある状況とは全く逆で、読むことができる書物が溢れかえっていますが、書物が溢れる現代だからこそ、「読むべき書物」はおろか書物の価値自体がえてして見失われてしまいがちです。その意味では、このセネカの言葉は、現代にこそ重みを持つ言葉のように思えます。
 青羽古書店は、こうした時代にあって、埋もれてしまいがちな書物に、もう一度(あるいは初めて)光を当てることを大事にしたいと考えています。多くの人があまりに多くの書物を多くの手段で読むことができる現代だからこそ、「読むべき書物」を独自の視点で探し出し、ご案内することこそが、専門人としての古書店員のなすべき仕事であると考えます。古書店の立場から、書物の持つ力を少しでも信じてもらえるような提案をすることを、青羽古書店は大切にしたいと思います。

青羽古書店 “AOBANE Antiquarian bookshop”
羽田 孝之