書籍目録

『喫茶愛好家のためのポケットブック:自然誌的、文化的、商業的、医学的、栄養学的な茶の考察』

べラール / マーキス編著

『喫茶愛好家のためのポケットブック:自然誌的、文化的、商業的、医学的、栄養学的な茶の考察』

1836年 ワイマール刊

Berard / Marquis, F. (ed.)

Taschenbuch für Theetrinker, oder der Thee in Naturhistorischer, culturlischer, merkantlischer, medicinisch=diätetischer und luxuriöser Hinsicht….

Weimar, Bernh. Fr. Voigt, 1836. <AB2020252>

Reserved

8vo (9.7 cm x 15.7 cm), (Colored)Front., pp.[I(Title.)-III], IV-XII, [1], 2-166, 1 leaf (not numbered, misbound)pp.167, 168, 1 leaf (not numbered, continuous text from the previous not numbered leaf), 4 plates(1 colored), 1 plate pasted on the endpaper, Three-quarter leather on marble boards.
69頁余白に赤鉛筆で線引き、 166ページと167ページの間に1葉綴じ間違いと紙による補修跡あり、図版一枚(複製?)が見返しに貼り付け。

Information

ヨーロッパにおける喫茶文化が全盛期に向かいつつあった時期にドイツ語で刊行された喫茶論、シーボルト記事の注釈ほか日本の茶についても多数言及

 本書は、イギリスを中心としてヨーロッパで大いに人気を博していた茶について、最新の知見を参照しながらまとめられた案内書です。本書が1836年という時代は、当時中国からの紅茶輸入が増大の一途を辿っていたイギリスが貿易赤字解消のために中国へのアヘン輸出を強行し、やがてアヘン戦争へと至る直前の時期にあたり、またイギリスが植民地としていたインドでの茶栽培に本格的に乗り出そうとしていたという、茶の歴史においてだけでなく世界史的にも非常に重要な時期に当たっています。本書には、こうした世界史的転換期となった時期の茶貿易と喫茶文化の様相を伝える記述がふんだんに盛り込まれており、しかもその中で日本における茶栽培と喫茶文化についても、非常に多くの言及がなされています。本文中で数多く日本についての言及があるだけでなく、シーボルト『ニッポン』の関連記事を注釈と解説を施して掲載しており、日本関係欧文史料としても大変充実した内容となっています。その意味で、本書は、開国を間近に控えた日本を取り巻く世界情勢を茶貿易と喫茶文化を通じて垣間見ることができる大変興味深い書物と言えます。

 17世紀以降、オランダ東インド会社によって本格的にヨーロッパにもたらされた茶は、様々な文化摩擦も伴いながらも徐々に親しまれるようになり、18世紀に入ってからは、特にイギリスを中心として大いにもてはやされるようになっていきます。17世紀当初ヨーロッパにもたらされたのは日本や中国の緑茶が中心だったと言われていますが、徐々に中国の紅茶が大きな比重を占めるようになっていき、中国の広東で取引される紅茶は、イギリス東インド会社によってイギリスへに輸入され、そこからさらにイギリス国内外にも広く再輸出されて、ヨーロッパ各地で広く紅茶が飲まれるようになっていきました。イギリスでは紅茶の人気が高く、18世紀以降中国からの輸入量は増大の一途を辿っていきましたが、これはイギリスの対中貿易赤字を慢性的に生じさせることとなり、それを打開するためにイギリスが中国にアヘンを大々的に輸出するようになりますが、やがてこのアヘン輸出が1839年のアヘン戦争につながっていきます。また、イギリスは中国からの輸入だけに頼らずに、植民地としていたインドにおいて茶樹の栽培を自前で行うことも試み始めており、1830年代にはインド茶業委員会(The Tea Committee)によってインド各地の野生の茶樹調査や、栽培製造、移植の調査研究が本格的に進められていき、やがて植民地インド各地において茶の栽培が行われるようになり、中国と肩を並べるほどの茶産地となっていきます。このように、19世紀の茶貿易は、イギリスを中心としたいわゆる帝国主義的な植民地政策によって進められていき、世界史を動かす大きな原動力の一つとなっていきました。1836年に刊行された本書は、アヘン戦争勃発直前の中国との茶貿易の様相、インドにおける茶樹栽培が開始されていく時期の最新報告書、そしてその中で改めて注目された日本茶について論ずるという、ポケットブックとは言うものの非常に興味深い記述が数多く含まれています。

 本書の編著者であるべラールとマーキスは、いずれもフランス人で中国での茶貿易に従事していた人物であることが記されていますが、店主には具体的な人名と経歴を確認することができませんでした。また、フランス人であることからフランス語で刊行された原著が存在する可能性が高いようにも思われますが、店主には該当する書物を見つけることはできませんでした。いずれにせよ、当時の中国との茶貿易に従事していた人物による当時最新の情報が本書に盛り込まれていることは間違いありません。

 本書は全10章で構成されており、第1章がべラールによる報告文書、第2章からはマーキスによる編著作となっていて、下記のような構成をとっています。

第1章:茶樹の原産地とその植物学的考察と栽培方法について (1-33頁)
第2章:ヨーロッパで知られている茶の素晴らしい効能について (34-56頁)
第3章:栄養学的、医学的観点からの茶についての考察、茶に加えて嗜むもの、保存用器、茶器について (57-80頁)
第4章:ヨーロッパと中国との茶貿易について (81-97頁)
第5章:ベンガルアジア協会紀要に掲載された、ゴードン氏による茶の産地であるアンコイ(Ankoy)への旅行記抜粋 (98-108頁)
第6章:南インドにおける野生の茶樹について (109-117頁)
第7章:シーボルト博士の『ニッポン』第6章からの抜粋と注釈、日本における茶の栽培と茶について (118-146頁)
第8章:パラグアイの茶について (147-157頁)
第9章:ヨーロッパにおける豪華な喫茶の方法について (158-168頁)
章題なし:喫茶入門 (頁なし2葉)

 目次の構成を見てわかるように、茶樹の植物学的な考察にはじまって、その様々な効能、中国との茶貿易、当時始まったばかりのインドにおける茶樹栽培の試み、中国茶とは異なる日本茶の紹介、そして当時のヨーロッパにおける喫茶文化とその作法の紹介と、茶に関するあらゆる事象を最新情報に基づいてコンパクトにまとめた書物となっています。序文(作者不明)では、茶ほどヨーロッパにおける社会生活を一変させた植物は他にないこと、ヨーロッパとアメリカのあらゆるところで世界の隅々にまで茶は浸透しており、その効能が素晴らしいことは言を俟たないと茶を絶賛した上で、最新の信頼できる情報源によって茶の学問的な考察を試みることの重要性が述べられています。

 第1章から第3章までは、茶の概論ともいうべき内容です、茶の様々な品種の違いと特徴、各地での名称、多彩な効能などが網羅的に論じられています。ここでは日本での茶樹栽培や茶の淹れ方、茶葉の違いなど、随所で日本についての言及もあり、中国茶と異なる日本における茶と喫茶文化の存在が当時ヨーロッパでよく知られていたことがわかります。第4章は、広東における茶貿易について、取引の監修や、近年の取引量、価格などが具体的に記されており、当時の広東の茶貿易の状況を窺い知ることができる内容となっています。第5章は、『ベンガルアジア協会紀要』(The Journal of the Asiatic Society of Bengal)1835年2月号に掲載された、ゴードン(G.J. Gordon)による英文記事(Memorandum of an excursion to the Tea Hills which produce the description of tea known in commerce under the designation of Ankoy Tea)のドイツ語訳で、第6章と合わせて当時イギリスで発見され始めたインドにおける野生の茶樹と、その栽培の本格化の可能性を調査、報告する内容です。

 第7章は、当時のヨーロッパにおける最新の日本研究であったシーボルトの『ニッポン』(当時はまだ分冊刊行中)の第2分冊に含まれていた第6章(Sechste Abtheilung. Landwirtschaft, Kunstfleiss und Handel)の茶に関する記事(Anbau des Theestrauches und Bereitung des Thees auf Japanほか)に基づく、日本茶の紹介です。ただし、テキストをそのまま転載するのではなく、細かな注釈や補足がテキスト下部に長大に加えられているほか、テキスト自体もマーキスによって随所で編纂されているように見受けられます(文中の主語に「シーボルト博士」とある文が随所にある)。この記事はシーボルト『ニッポン』を通じて、日本の様々な事象が多方面にわたって伝わる中で、日本の茶についてもヨーロッパで関心が高かったことを示す記事と言えます。中国茶以外の茶の供給源として、インドや第8章で取り上げられているパラグアイだけでなく、茶の原産地で古くから喫茶文化を有する日本茶にも期待が寄せられていたことは、開国後の日本において茶の輸出が盛んに行われるようになったことに鑑みると、ここでの記述は大変興味深い内容と言えるでしょう。

 第9章は、当時のヨーロッパで茶がどのように嗜まれていたのかを紹介したもので、いわゆるティーパーティなど、上流階級での喫茶文化の内実を知ることができる内容となっており、文化史研究の観点からも貴重な記述となっています。口絵と巻末似の図版は、茶葉を紹介した彩色図版と、広東での茶貿易の様子や茶葉の焙煎の様子などを描いたモノクロ図版です。うち1枚の図版(猿に茶葉を積ませる不思議な場面を描いた図)は、他の図版より一回り小さく、巻末の見返し部分に貼り付けられています。

 本書は新書サイズで170ページほどのコンパクトな書物ですが、世界史を大きく揺るがすことになっていく当時の茶貿易と喫茶文化の様相を多方面から記述した内容で、しかも少なくない日本茶と茶栽培、喫茶文化についての言及が見られることから、アヘン戦争勃発直前の茶を取り巻くユニークな観点から記された日本観を伺うことのできる書物と言えます。なお、本書は、その後版を重ねることはなかったようですが、近年(1985年)になって復刻版が刊行されています。

刊行当時、あるいは少し後年になって施されたと思われる装丁。
見返し部分にはかつて販売した古書店のラベルがある。
口絵
タイトルページ
序文冒頭箇所
目次①
目次②
目次③
第1章:茶の木の原産地とその植物学的考察と栽培方法について
第2章:ヨーロッパで知られている茶の素晴らしい効能について
第3章:栄養学的、医学的観点からの茶についての考察、茶に加えて嗜むもの、保存用器、茶器について
第4章:ヨーロッパと中国との茶貿易について
第5章:ベンガルアジア協会紀要に掲載された、ゴードン氏による茶の産地であるアンコイ(Ankoy)への旅行記抜粋
第6章:南インドにおける野生の茶樹について
第7章:シーボルト博士の『ニッポン』第6章からの抜粋と注釈、日本における茶の栽培と茶について
シーボルトの日本の茶論については随所に編者による注釈がテキスト下段に設けられている。
第8章:パラグアイの茶について
第9章:ヨーロッパにおける豪華な喫茶の方法について
章番なし:喫茶入門
166ページと167ページの間に1葉綴じ間違いがあり、紙による補修跡がある。
図版1枚は見返しに貼り付けられている。
装丁の革の一部に傷みが見られるが、おおむね状態は良い。