書籍目録

『台湾誌』

サルマナザール

『台湾誌』

ドイツ語訳版 1716年 フランクフルト / ライプツィヒ刊

Psalmanaazaar, George.

Herrn Georg Psalmanaazaar eines gebohren Formosaners historische und geographische Beschreibung der Insul FORMOSA, nebst beygefügten Ursachen/ warum sich derselbe zur Christi. Religion bekannt. Mit Verschiedenen Kupffern. Aus dem Englischen übersetzt von

Frankfurt / Leipzig, Daniel Walder, 1716. <AB2020211>

Sold

German edition.

8vo (9.8 cm x 16.6 cm), Title., 7 leaves, 1 folded map, pp.1-561, 6 leaves(Register), 1 leaf(blank), (some folded) plates: [17], Contemporary three-quarter leather.

Information

18世紀初頭にヨーロッパを席巻した「世紀の偽書」に記された豊富な日本情報、大変珍しいドイツ語訳版

 本書は、著者が、実際には全く行ったこともない「台湾」について書き上げた「偽書」として大変有名な書物のドイツ語訳版です。著者のサルマナザール(George Psalmanazar, 1679? - 1763)(この名前も偽名で本名不明)は、フランス出身でありながら、自らを日本生まれの台湾育ちでイエズス会からの迫害を逃れるためにイギリスに渡ったと称して、18世紀初頭のロンドンで架空の台湾についての知見を大いに披露し、『台湾誌』(An historical and geographical description of Formosa. London, 1704)の出版によって当時の学界、宗教界において大いに評判を勝ち得たものの、次第にその知識に対する周囲からの疑惑が高まり、最終的には全てが虚偽であったことが暴露されたという、曰く付きの人物です。彼による『台湾誌』は、1704年の出版当時に大変な評判を呼び、翌1705年には、早くも大幅な増補改訂を施した第2版が、そしておそらくこの第2版に基づいたと思われる、フランス語版、オランダ語版が相次いで刊行され、本書は他の言語に比べて10年ほど遅れて1716年に刊行されたドイツ語訳版です。

 サルマナザールの『台湾誌』は、著者による架空の知識によって執筆されたものとはいえ、その構成や細部については、非常に完成度が高い書物で、当時ヨーロッパで刊行されていた類似のアジア諸国についての書物の構成や、扱われている話題などをよく踏まえた上で執筆されていて、偽書ではあるものの、著者が非常に豊富な教養と知見に基づいて著した書物であると言えます。偽書であるが故にその内容全てが否定されてしまうのは当然と言えますが、サルマナザールの幅広い知見や、その裏づけとなった背景知識の構成については、なお見るべきところが多く、特に彼が頻繁に「台湾人」との比較考察に持ち出している日本についての知識は、当時ヨーロッパで流通していた日本情報の一端を垣間見る上では大変興味深い素材を提供してくれています。サルマナザールは、当初、改宗した日本人を自称していたこともあり、日本に対する知識はそれなりにあったようで、また当時のヨーロッパでもイエズス会をはじめとした宣教師による日本報告や、オランダ経由の日本情報がもたらされていたこともあり、一定の日本情報が伝わっていましたので、サルマナザールが、『台湾誌』において、こうした比較的豊富な日本情報を参考にしたのは、非常に理にかなったことだったと思われます。サルマナザールは、ラテン語と古典教養にも明るく語学センスのよさや博識であったことでも知られており、その意味では当時の典型的なヨーロッパ知識階層において、どのようなトピックを、どのような体裁で提供すれば、彼の「台湾」情報が真実味を持って受け入れられるかを非常によく理解していたものと思われます。そして、その際に、真実味を加味するエッセンスとして常に引き合いに出されているのが、日本についての情報であることは、大変興味深いことといえるでしょう。

 サルマナザールの『台湾誌』そのものは、比較的多くの紹介があり、ある程度よく知られている文献といえます。しかしながら、英語版の初版と第2版との細かな違いや、フランス語をはじめとした他言語への翻訳版については、あまり研究がなされておらず、その影響が大きかったと伝えられる一方で、『台湾誌』刊行当時のヨーロッパにおける具体的な伝搬状況は、それほど明らかになっていないように見受けられます。英語版については、初版と第2版の両方を所蔵する国立国会図書館に当時勤めていた吉田邦輔の「虚構に賭けた男-Psalmanazarの”An historical and geographical description of Formosa…”」(1971年)における紹介が大変参考になりますが、英語以外への翻訳とその影響の広がりについては、未解明な部分が多いのではないかと思われます。

 本書の底本になったと思われるのはフランス語訳版で、フランス語訳版初版は、英語第2版と同年の1705年に出版されてから、かなり好評を博したものと思われ、その後幾度も再版されていることから、その影響力は英語原著よりもむしろ大きかったことが推察されます。フランス語訳版は、英語原著のいずれの版ともやや構成が異なっているようですので、その異同の調査が必要であるだけでなく、英語原著とは全く異なる「日本図」(Carte du Japon)を収録していることも注目に値します。英語訳第2版では、西日本と「台湾」を描いた地図(Map of Formosa)が収録されていますが、フランス語訳版は、日本全体を描いたもので、当時としては既に1世紀ほど前のオルテリウスによるテイシェイラ型日本図を採用していて、その古さはともかく当時一定の信頼を得ていた日本図と「台湾」を組み合わせることで、より真実味を持たせる地図となっています。事実、この地図は、英語版第2版に収録された地図よりも影響を持ったようで、オランダ語訳版は、いずれもフランス語訳版収録地図に極めてよく似た地図を収録しています。

 本書は、英語からの翻訳とうたっているものの、収録されている地図はフランス語訳版収録地図を元に作成されていると思われます。ただし、サイズがかなり小さくなっていることが特徴です。また、章構成もフランス語訳版とは異なっていて、全11章からなる著者の旅行記を冒頭に掲載してから、本編全37章、補遺という構成となっています。他版に比べて10年あまり遅れて刊行されたこのドイツ語版が、実際にはどの版を底本としているのかについては、サルマナザールによる台湾と日本情報の伝搬を理解する上でも、非常に興味深いテーマと言えます。

 本書は、偽書でありながらも当時大きな影響力を誇った『台湾誌』の他言語版の刊行の広がりや、それに伴う日本情報の伝搬については、改めて研究されるべき点が多いと思われます。翻訳版の中でも、非常に珍しく国内でも所蔵機関が皆無に近いと思われる、非常に興味深い研究テーマをもたらしてくれる大変価値ある日本関係欧文史料と言えるでしょう。

 なお、参考までに英語版の構成と本書を含む翻訳版の構成と特徴について簡単にまとめますと、下記の通りになります。

・英語初版(1704年):本編全37章、著者の旅行記を補遺として収録。
・英語第2版(1705年):タイトルが一部変更(「日本帝国支配下の…」が削除ほか)、本文に増補改訂が施され、西日本と台湾を描いたとされる地図や折込図が追加される。第一部として全40章、第二部として著者の旅行記を全9章で収録。

・仏訳初版(1705年):全40章、第35章までが本編、第36章から第40章までは、著者の旅行記。英訳第2版とは異なる「日本図」(Carte du Japon)を収録。*英語第2版を元に構成を一部変更して翻訳したものか。仏訳版はこの後複数回の版を重ねる。



・蘭訳版(1705年):全40章、第35章までが本編、第36章から第40章までは、著者の旅行記。仏訳版のものと極めて類似した「日本図」(Carte du Japon)を収録。仏訳初初版からの重訳か。

・独訳版(1716年):全11章からなる著者の旅行記、本編全37章、補遺(本書)




「ジョルジュ・サルマナザール(Geroges Psalmanazar, 1679〜1763)はフランスのいかさま著作家。実名は不明。幼い頃、宗教学校において神学の教育を受けた。しかし、長じて身を持ちくずし、オランダ、ドイツの軍隊に入って極東の情報を手に入れ、1703年、自ら台湾人と称してロンドンに渡る。ロンドンで台湾語や台湾字を考案し、台湾の風俗、社会、動植物に到るあらゆる事物の記事を、空想として捏造し一時期、世間を大いに騒がせた。『台湾誌 Historical and Geographical Description of Formosa』は1704年にロンドンで刊行され、おそらくは約20年後に出版されるスウィフトの『ガリヴァー旅行記』に影響を及ぼした。というのは、同書に唯一の実在国として日本が登場するからであり、これを他の架空国と並べたことはサルマナザールを意識した証拠と思われる。なお、サルマナザールは本書ばかりか、同趣向の書『日台人対話録』(A dialogue between a Japonese and a Formosan, about some pints of the religion of the time. London, 1707. のこと;引用者注)も続けて出版する始末であった。(この項・荒俣宏)」(『世界の奇書・総解説』自由国民社、1992年、106頁)