書籍目録

『ラ・フォンテーヌ寓話選』

バルブトー / ラ・フォンテーヌ/ 梶田半古ほか

『ラ・フォンテーヌ寓話選』

奉書紙版 全2巻 1904年 東京刊

Barboutau, Pierre / La Fontaine, Jean de / Kajita, Hanko...[etal.]

CHOIX DE FABLES DE LA FONTAINE. ILLUSTRÉES PAR UN GROUPE DES MEILLEURS ARTISTES DE TOKIO.

Tokio, Imprimierte de Tsoukidi-Tokio. (S. Magata, Directeur.), M DCCC XCIV(1904). <AB2020138>

Sold

Hosho paper edition.

18.6 cm x 25.1 cm, 2 vols. Hosho paper books. Vol.1: 27 folded papers including the covers. Vol.2: 27 folded papers including the covers, Bound in Japanese style, silk tied.

Information

フランスの著名寓話詩に梶田半古はじめ日本の絵師による優れた作品を組み合わせたユニークな作品の奉書紙版

 本書は、「知られざるオリエンタリスト」とも称されるフランス人バルブトー(Pierre Barboutau, 1862 - 1916)が企画、編纂し1904年に東京で刊行した挿絵入り寓話集です。フランスの韻文寓話集を代表する作品であるラ・フォンテーヌ(Jean de la Fontaine, 1621 - 1695)による寓話集からバルブトーが28の寓話を選び、梶田半古をはじめとする東京の絵師たちによる挿絵を組み合わせたというユニークな書物で、印刷、造本は、当時の日本国内で最高峰の活版印刷技術を有していた東京築地活版製造所が担当し、曲田成(しげり)が発行者、野村宗十郎が監督者という明治の出版文化を牽引した二人によって製作されています。

 バルブトーは、1886年の初来日を皮切りに、数度来日し、滞在中に絵師や出版社らとの交流を深め、浮世絵を中心とした日本美術の解説書を兼ねたコレクション目録の出版、ちりめん本の発行を行ったことで知られているフランス人です。いわゆる「ジャポニスム」が欧米各国を席巻していた時代の最後期に活躍した人物ですが、その生涯や作品については、当時からでさえ正当に認知されることが少なく、最近までほとんど謎に包まれた人物でしたが、高山晶によるバルブトーを扱った(おそらく世界最初の)研究書『ピエール・バルブトー:知られざるオリエンタリスト』慶應義塾大学出版会、2008年)によって、多くのことがはじめて明らかにされました(以下の記述の多くは同書に依っています)。

 本書はバルブトーが手掛けた最初の書物で、日本芸術に終生強い関心を持ち続けた著者による熱意が存分に発揮されたユニークな作品です。前掲書によりますと、「バルブトーは1886年の初来日から、1913年の4回目で最後の日本滞在まで、計7年間日本に滞在」(前掲書26頁)しており、本書は1886年の初来日時、あるいは1894年の二度目の来日時に製作されたものと考えられています。バルブトーが序文において、日本の絵師たちのもとに長く滞在したことを述べており、バルブトーが東京を中心とした絵師たちとのネットワークを構築しながら本書を作成したことがうかがえますが、どのような画家のもとに滞在したのかや、東京築地活版製造所との関係をどのように構築したのかといった詳細な点については残念ながら不明となっています。ちりめん本のパイオニアとも言える長谷川武次郎と異なり、日本に一時的な滞在しかできない外国人の立場で、これほどの作品を制作するには、相当のネットワークと資金、そして何よりも情熱が欠かせなかったものと思われます。

 バルブトーによる『ラ・フォンテーヌ寓話選』は、当時の欧米における豪華本ブームによく見られたように、異なる用紙を用いて限定部数で発行する形式を採用していたようで、巻頭には「鳥の子(Tori-no-ko)紙」版が第1番から第150番まで、「奉書(Hó-sho)紙」版が第151番から第350番までと記されています。ですが、本書には番号の記載がなく、また他に現存するものにもこの番号記載があるものが見当たらないことから、実際にどれくらいの部数が発行されたのかについては不明と思われます。本書は見たところ「奉書紙」版に該当するもののように見受けられますが、番号記載がないために確定することはできません。前掲書によりますと、バルブトーによる『ラ・フォンテーヌ寓話選』には、少なくとも3種類存在することが確認されており、それらを整理すると次のようになります。

①平紙本(奉書紙なのか鳥の子紙なのかは不明)表紙絵に縁取りなし(約18.5 cm x 25.0 cm)
②平紙本(奉書紙なのか鳥の子紙なのかは不明)表紙絵に縁取りあり(約18.5 cm x 25.0 cm)
③ちりめん本(奉書紙なのか鳥の子紙なのかは不明)(約15.0 cm x 20.0 cm)

 このうち本書は①にあたるものではないかと思われます。

 印刷所である東京築地活版製造所は、日本における活版印刷の先駆者である本木昌造による長崎活版伝習所に由来する、当時を代表する印刷会社で「1873年築地に工場を建設し、活字製造販売、活版印刷にとどまらず、印刷機の製造、さらに石板印刷も手がけ、日本の印刷界で長年にわたりリーダー的な存在感を示した」(印刷博物館編『印刷都市東京と日本』凸版印刷株式会社、2012年、122頁)と言われています。木版工として記されている木村徳太郎と、東京築地活版製造所の曲田成については、大塚奈奈絵氏によって、次のように紹介されています。

「バルブトーの『ラ・フォンテーヌ寓話選』では、奥付に木版工:木村徳太郎とあり、編集・発行・印刷社が曲田成(東京築地活版製造所)となっている。木村徳太郎は、1842年生まれで通称「木徳」。雑誌『國華』の木版を多く手掛け、内国博覧会の審査員も務めた著名な木版工であった。一方、曲田成は、1846年生まれ。1873年に東京活版所(後の東京築地活版製造所)に入り、1890年には東京築地活版製造所の社長となった。つまり、『ラ・フォンテーヌ寓話選』は、当時の一流の絵師のみならず、当時の一流の木版工と活版の印刷者のコラボレーションの成果でもあったわけである。」
(大塚奈奈絵「明治半ばの欧文挿絵本出版状況–長谷川武次郎のちりめん本を中心に」林洋子 / クリストフ・マルケ編『テキストとイメージを編む−出版文化の日仏交流』勉誠出版、2015年所収、124頁)

 製作は日本で行われていますが、主たる販売先としてはおそらくフランスをはじめとした日本国外を想定していたものと思われ、表紙左下に、フランスでの販売をになったと思われるフラマリオン社(E.FLAMMARION Editeur)の赤い押印があります。国内で印刷、製本までを行い、販売を海外の出版社に委ねる方式は、当時の横浜や東京で製作された欧文書物にしばしば見られたもので、長谷川武次郎によるちりめん本や、マレー社による英文日本ガイドブックなどにも同様の方式が採用されていることが確認できます。

 フランスを代表する韻文寓話集に日本を代表する絵師たちの作品を組み合わせるという「ハイブリッド」(前掲書)な作品である本書の制作意図については、バルブトー自身によるものと思われる序文において表明されており、前掲書ではその冒頭と最後の部分が次のように翻訳・紹介されています。

「この度、皆様にお届けするラ・フォンテーヌ寓話選集を編纂するにあたっては、とりわけ次のような事情があった。その事情とは、寓話に挿絵を描くことに賛同してくれた日本の芸術家・絵師たちに寓話の意味を理解してもらうのが、多かれ少なかれ難しかったということである。日本の絵師たちは、それぞれが所属する流派の流儀に従って挿絵を描いているが、筆者はこれらの絵師たちのもとに長く滞在したことがあり、彼らを高く評価している。(中略)
 この初めての試みを、フランスの偉大な寓話作家(ラ・フォンテーヌ)と、挿絵を付ける協力を得られた卓越した日本の芸術家の皆様にふさわしい作品に仕上げて、美術愛好家の方々にお届けするという目標達成のためには、いかなる犠牲をもはらう覚悟であったことは言うまでもない。ここに日本の芸術家の皆様に心より謝意と賛辞を表したい。
 この出版の意図は、素描芸術という興味のつきない分野に関心をお持ちの方々に、日本の輝かしい芸術家集団の独壇場とも言うべきジャンルをご紹介することにある。日本の芸術家のなかでは、遡れば、雪舟とその流派、狩野派、光琳とその流れをくむ絵師たち、そして我々の時代に少し近づくと、応挙、歌麿、北斎、広重を、それぞれの流派の主導者としてあげることができるのだが、これらの絵師たちの傑出した作品は、近年ますます、世界各国の、そしてあらゆる流派の芸術家から高い評価を与えられている。」(前掲書27頁)

 このような意図でもって製作された本書は、ラ・フォンテーヌの寓話をテキストしながら、「動物づくし」(前掲書29頁)と言えるほど、生き物たちが登場する寓話が中心に構成されていることに大きな特徴があります。蝉、狐、烏、雀、牛、龍、鶴、鶏、猿、蛙、犬、鼠、猫、孔雀、兎、鯉、鳩、鷹、鷺、ざりがに、亀、鴨、鵜、等々と種類を問わず様々な動物たちが中心に描かれており、それぞれの挿絵に絵師の個性が遺憾なく発揮されています。これらの作品の主題と絵師については、各巻末に一覧で掲載されており、前掲書では下記のように翻訳・紹介されています。

「第1巻目次
 I「蝉と蟻」梶田半古
 II「烏と狐」河鍋暁斎
 III「燕と小鳥たち」河鍋暁斎
 IV「牛と同じくらい大きくなりたかった蛙」岡倉秋水
 V「多くの頭を持つ龍と多くの尻尾を持つ龍」岡倉秋水
 VI「狐とコウノトリ」梶田半古
 VII「雄鶏と真珠」狩野友信
 VIII「猿の前で争う狼と狐」岡倉秋水
 IX「樫の木と葦」梶田半古
 X「二頭の雄牛と蛙」岡倉秋水
 XI「矢に傷ついた鳥」河鍋暁斎
 XII「鼠の会議」梶田半古
 XIII「狐とブドウ」梶田半古
 XIV「孔雀の羽を身につけたカケス」狩野友信

 第2巻目次
 I「雄鶏と狐」梶田半古
 II「兎と蛙たち」岡倉秋水
 III「猿とイルカ」岡倉秋水
 IV「狼とコウノトリ」梶田半古
 V「鳩と蟻」河鍋暁斎
 VI「蛙と鼠」狩野友信
 VII「尻尾を切られた狐」梶田半古
 VIII「太陽と蛙たち」梶田半古
 IX「鼠と牡蠣」枝貞彦
 X「鷺」狩野友信
 XI「ザリガニとその娘」枝貞彦
 XII「狐と猫」梶田半古
 XIII「亀と二羽の鴨」梶田半古
 XIV「魚たちと鵜」」狩野友信

 こうした「動物づくし」となっている本書を象徴するのが、梶田半古による表紙絵で、ここには本書中に登場する多くの生き物たちが生き生きと描かれています。前掲書によりますと、ラ・フォンテーヌによる寓話集は、もともと人間中心主義的な側面が強い作品で、人間を頂点とする伝統的なヒエラルキーに基づいているとされているようですが、「人間の影が限りなく薄くなり、哺乳類ですらない動物たちに占領されてしまって、妙に静かな佇まいを見せる『ラ・フォンテーヌ寓話選』は、初版以来フランスで出版され続けてきた数え切れないほどの版に見られる、人間中心の、おせっかいで、弁舌さわやかなラ・フォンテーヌ寓話のイメージからはずいぶん遠ざかってしまってい」(前掲書36,37頁)ます。

 表紙絵と本文中の挿絵を最も多く手掛けている梶田半古は、明治30年代前後を最も盛んに活動した画家で、ほとんど独学で習得した独自の画風は多くの人々を惹きつけ、明治20年前後から興隆する自然主義文学運動によって生み出された小説作品の口絵も数多く手掛けたことが知られています。長谷川武次郎による欧文日本昔話シリーズ(Japanese Fairy Tales)に触発されたものと思われる博文館の『日本昔噺』(ただし和文)シリーズにおいても、『物臭太郎』の挿絵を手掛けたりもしています。河鍋暁斎などと比べて、一時忘却された感のあった画家ですが、関係者による作品収集や研究の進展や回顧展(そごう美術館編『梶田半古の世界展』そごう美術館、1994年)の開催によって、近年急速に再評価が進んでいます。本書における梶田半古の作品は、数多くの挿絵や口絵を手掛けた半古にあって、バルブトーというフランス人オリエンタリストとの共同作業という特異な位置を占めるものと思われます。

 本書は、あらゆるものが変わりつつあった明治半ばの日本において、日仏の傑出した才能が共同して作成した類稀な作品として、現在もなお色あせぬ魅力を有している書物といえるでしょう。

左下にはフランスでの販売元になったと思われるフラマリオン社の押印がある。ちりめん加工が施されていないので、ちりめん本版よりもひとまわり大きいサイズ。
第1巻表紙。
第1巻タイトルページ。左ページには本書の限定部数とそれぞれの版に用いられる用紙についての記載があるが、限定番号そのものは記載されていない。
バルブトーによる序文。
I「蝉と蟻」梶田半古
テキストにも小口木版と思われるモノクロの挿絵が配されており、字体や紙面デザインの細部にまで書物としての完成度の高さを追求するバルブトーの姿勢が垣間見れる。
II「烏と狐」河鍋暁斎
III「燕と小鳥たち」河鍋暁斎
IV「牛と同じくらい大きくなりたかった蛙」岡倉秋水
V「多くの頭を持つ龍と多くの尻尾を持つ龍」岡倉秋水
VI「狐とコウノトリ」梶田半古
VII「雄鶏と真珠」狩野友信
VIII「猿の前で争う狼と狐」岡倉秋水
IX「樫の木と葦」梶田半古
X「二頭の雄牛と蛙」岡倉秋水
XI「矢に傷ついた鳥」河鍋暁斎
XII「鼠の会議」梶田半古
XIII「狐とブドウ」梶田半古
XIV「孔雀の羽を身につけたカケス」狩野友信
第1巻巻末。奥付には絵師、印刷人といった制作に関わった人々の名前が明記されている。
第1巻裏表紙。
第2巻表紙。
第2巻タイトルページ。
I「雄鶏と狐」梶田半古
II「兎と蛙たち」岡倉秋水
III「猿とイルカ」岡倉秋水
IV「狼とコウノトリ」梶田半古
V「鳩と蟻」河鍋暁斎
VI「蛙と鼠」狩野友信
VII「尻尾を切られた狐」梶田半古
VIII「太陽と蛙たち」梶田半古
IX「鼠と牡蠣」枝貞彦
X「鷺」狩野友信
XI「ザリガニとその娘」枝貞彦
XII「狐と猫」梶田半古
XIII「亀と二羽の鴨」梶田半古
XIV「魚たちと鵜」」狩野友信
第2巻巻末
第2巻裏表紙