書籍目録

『普遍誌:世界各地の帝国、君主国、諸国、諸地域とそれぞれについての特筆すべき事項について』

アンジョス

『普遍誌:世界各地の帝国、君主国、諸国、諸地域とそれぞれについての特筆すべき事項について』

初版第3刷 1652年 コインブラ刊

Anjos, dos Manos.

HISTORIA VNIVERSAL, EM QVE SE DESCREVEM OS Imperios, Monarchias, Reynos, & Prouincias do mundo, com muitas cousas notaueis, que ha nelle. COPIA DA DE DIVERSOS AVTHORES, Chronistas aprouados, & authenticos Geographos.

Coimbra, Manoel Dias, 1652. <AB20209>

Sold

First edition, third issue.

Large 8vo (13.3 cm x 18.2 cm), Title. 11 leaves, pp.1-391, 492[i.e.392], 393-502, Later (18th century?) full leather.
18世紀ごろのものと思われる革製本で、背と表紙部分に革の剥離や痛みあり。本文の状態は概ね良好といえる。小口は三方とも赤く染められている。

Information

ポルトガル語で著された珍しい「普遍誌」において展開された高い学識に裏付けられた日本論

 本書は、世界各地の国々の歴史や地理、その他特筆すべき事項を記した書物で、日本についても2章を割いて記述している大変興味深い文献です。ポルトガルの学問の中心地であった大学都市コインブラで1652年に刊行されたもので、イエズス会をはじめとしたキリスト教布教報告、殉教報告以外の文献で、日本のことを記述したポルトガル語の文献は非常に珍しく、日本における布教がほぼ絶望的になりつつあった当時にあって、紹介された日本論として重要な資料であると思われます。

 著者のアンジョス(Manoel dos Anjos, 1595 - 1633)は、フランシスコ会の修道士であったこと以外の詳しい経歴は不明ですが、神学や政治学に次いての著作をいくつか遺していることが知られています。本書のタイトルである「普遍誌(Universal History)」という言葉は、現代ではあまり耳慣れない言葉ですが、元々はキリスト教圏における代表的な歴史観で、聖書に依拠して天地創造と人類の歴史を遍く記すことを目的とする書物のことを指していました。ルネサンス期において、空間的にも時間的にも聖書の枠組みを当てはめることが困難な「発見」が相次いでもこの試みは熱心に続けられましたが、18世紀に入るとその世俗化は避けようもなく進展し、単純にあらゆる地域の歴史と地理を網羅するという、百科全書的な歴史記述へとその意味が変容していきます。本書は、フランシスコ会修道士の著者による作品ですが、神学的な要素はそれほど強くないように見受けられ、各国、地域の政治、歴史、宗教事情について淡々とした筆致で綴られていることに特徴があります。

 本文は全3部で構成されていて、第一部はヨーロッパ(全38章)、第二部はアジア(全34章)、そして第三部(全9章)がアフリカに当てられています。アメリカは独立した部門としては扱われていませんが、スペイン、ポルトガルの植民地として第一部において両国について記述される際に言及されています。本書はその副題において示されているように、先行する多彩な関連文献を参照しながら記されていることが大きな特徴で、冒頭において著者が参照した著者、文献が索引の形で網羅されており、著者の非常に高い学識に裏づいて執筆されていることがうかがえます。ざっと目につく著者名だけを見てみても、世界地図帳で著名なオルテリウス(Abraham Ortelius, 1527 - 1598)、『国家論六書(Lex six livres de la republique. 1577)』で知られるボダン(Jean bodin)、イエズス会布教史の著者として著名なゲレイロ(Fernão Guerreiro, ? - 1617)、『世界誌(Le relationi universali.1596)』で知られるボテロ(Giovanni Botero, 1544 - 1617)、リンスホーテン(Jan Huygen van Linschoten, 1563 - 1611)、イエズス会布教史の金字塔として名高い『東方布教史(Historia de las missiones que han heco los religiosos de la Compañia de iesus. 1601)』の著者であるグスマン(Luis de Guzman, 1544 - 1605)、同じく日本・インド布教史の名著である『東インド誌(Ioannis Petri Maffeii Bergomatis e Societate Iesu, Historiarum Indicarum libri XVI, 1588)』の著者マッフェイ(Giovanni Pietro Maffei, 1533 - 1603)、『フランシスコ会年代記第4部(Delle croniche dell’ ordine de’frati minori instituito dal serafico P.S. Francesco. Parte quarta…1608)』の著者バレッツィ(Barezzo Barrezi, c.1560 - 1644)等々の著者の名前が列挙されており、アンジョスが膨大な数の文献を駆使して本書を著したことが示されています。

 日本についての独立した2章が掲載されている第二部「アジア編」は、全38章からなり、第1章から第7章までがトルコ、大8、9章が韃靼、第10、11章が中国について記された後の、第12章、第13章が日本についての記述に当てられています。第12章は、その章題においてルセナ(João de Lucena, 1549? - 1600)、リバデネイラ(Marcelo de Ribadeneira, ? - 1606)、マッフェイその他の著作を参照していることが明記されていて、著者が当時を代表する日本関係欧文史料であった著作を駆使して日本について記述していることがうかがえます。ルセナは、ザビエルの伝記(Historia de vida do Padre Francisco de Xavier…1600)』の著者として、リバデネイラは、フランシスコ会を代表する布教史『フィリピンその他アジア布教史(Historia de las islas del archipielago, y reynos de la gran China, Tartaria, Cuchinchina, Malaca, Sian, Camboxa y Iapon…,1601)』 の著者として知られており、マッフェイは上述の通りイエズス会のみならず、当時の日本情報源として高く評価されていた『東インド誌』の著者です。こうした著者の名前が具体的に複数挙げられていることから、本書における日本の記述が特定の文献の孫引きではないことがはっきりとわかります。

 第12章では、まず日本の位置について中国やフィリピンからの距離を参照する形で述べ、それから1542年にポルトガル人が初めて訪れたことについて言及しています。日本の政治状況については、かつて内裏(Dayri)と呼ばれるものが、全土を支配して治めていたが、その後の内乱によって混乱がもたらされていることが記されています。日本が主要な3つの島々からなる島国であることを述べ、第一の島として「下(Ximo」(九州のこと)を挙げ、薩摩(Satzumà)では改宗したキリスト教信者が大勢いることが紹介されています。もう一つの主要な島は、「四国(Xicou)」で、第三の最も中心となる島が「日本(Iapão)」(本州のこと)であるとして、日本は全66の諸国で構成されていると言います。「日本」(本州としての)にあって5カ国を収める最大の国は、「天下(Tença)」と呼ばれると説明していますが、これはおそらく五畿内を説明したものではないかと思われます。この5カ国中最も重要なのは、山城(Xamaxiro)で、皇帝(Emperador)とその家臣が住う宮殿がある都市である、京(Meaco)を擁しているとしています。近年の日本を治めてきたのは、信長(Nabunanga)、羽柴、あるいは関白殿(Fassiba, & Cabucandono)で、後者は1599年に没し(これは1589年の誤り)、同年に内府様(Dayfusama、家康のこと)が治めるようになったとしています。内府様が後継となったのは、1599年当時羽柴の息子がまだ10歳と若く、また内府様の孫娘と婚約関係にあったためだと説明しており、その後権力闘争に勝利し、現在に至っていると述べています。京に住む内裏は古代からの日本の統治上の権威を継承する人物であることを改めて解説し、彼の周囲には坊主(Bonzos)による仏教勢力が強い影響力を有しているとしています。そこから日本の階層秩序についての解説に転じて、日本には4つの階層があること、第一は「殿(Tonos)」とよばれる政治的支配階層、第二は「坊主(Bonzos)」と呼ばれる聖職者階層で、彼らは宗教事項だけでなく学校や大学といった教育にも強い影響力を及ぼしていると解説されています。第三は行政機関に従事する貴族階層で、最後の第四階層は、職人や農民で、彼らの多くは極度の貧困に置かれているとしています。日本の宗教事情については、主要な偶像崇拝信仰のうち、阿弥陀(Amida)と釈迦(Xacà)と呼ばれるものがあることとその教義内容、そして坊主による仏教勢力についての解説がなされています。続く第13章は、坊主による仏教勢力の実態や寺院についてさらに詳細に解説しており、日本における宗教事情に著者の強い関心があったことが伺えます。その一方で、キリシタンや宣教師の殉教について言及することはなく、同時代の文献のように殉教を賛美するような記述がないことは、本書の世俗的側面を示す特徴ということができるでしょう。

 本書は、1651年に2種類の異刷版が刊行されたことが知られており、本書はその翌年1652年に刊行された初版第三刷にあたるものです。その後しばらく本書は再版されることがありませんでしたが、1702年に2種類の第2版が刊行され、1735年にも再び再版されたと言われています。いずれにしても現存する部数は多くなく、特に初版とされる1651年と本書である1652年版は稀覯とされています。「普遍誌」と題する同時代の著作はイタリアに多くみられ、17世紀後半以降はイギリスなどに引き継がれていくことになりますが、本書のようにポルトガル語で記された文献はあまり多くなく、さらに日本について多く取り扱っている文献は極めて珍しいものと思われます。したがって本書は、これまでに知られていない日本関係欧文史料として、今後の再評価が待たれる貴重な書物ということが言えるでしょう。

18世紀ごろのものと思われる革製本で、背と表紙部分に革の剥離や痛みがあるが、本文の状態は概ね良好と言える。
タイトルページ。
冒頭に掲載されている著者が本書執筆に際して参照した先行文献の著者一覧。膨大な文献を駆使して本書を執筆していることを示しており、著者の高い学識をうかがわせる。
目次冒頭箇所。本文は全3部で構成されていて、第一部はヨーロッパ(全38章)、第二部はアジア(全34章)、そして第三部(全9章)がアフリカに当てられている。
第一部ヨーロッパ冒頭箇所。
第二部アジア冒頭箇所。
日本については第12章と第13章の2章にわたって記されている。第12章は章題に著者が参照した主要著者名が明示されている。
近年の日本を治めてきたのは、信長(Nabunanga)、羽柴、あるいは関白殿(Fassiba, & Cabucandono)で、後者は1599年に没し(これは1589年の誤り)、同年に内府様(Dayfusama、家康のこと)が治めるようになった等の興味深い記事内容となっている。
続く第13章は、坊主による仏教勢力の実態や寺院についてさらに詳細に解説しており、日本における宗教事情に著者の強い関心があったことがうかがえる。他方、同時代の文献によくみられる殉教者を賛美するような記述は見られない。
第三部アフリカ冒頭箇所。
小口は三方とも赤く染められている。