書籍目録

「ザビエルのヨーロッパからインド、日本への航路を記した世界図」

(シェーラー)

「ザビエルのヨーロッパからインド、日本への航路を記した世界図」

シェーラー『地図帳』収録図の一つ (1703年) ミュンヘン刊

(Scherer, Heinrich.)

Iter S. FRANCISCI XAVERII Ex Europa in India, & Iaponiam.

(München), (Ioannis Caspari Bencard), (1703). <AB201761>

¥297,000

1 sheet map. 27.6 cm x 38.7 cm, contemporary ? hand colored
extracts from Sherer's Atlas

Information

ザビエルの航路を中心に描いた世界と日本図

 シェーラー(Heinrich Scherer, 1628 - 1704)は、ドイツ、ミュンヘンで17世紀半ばから18世紀冒頭にかけて活躍したバイエルンの王室家庭教師にして数学者、地図製作者です。当時のミュンヘンはドイツにおける対抗宗教改革の拠点の一つで、シェーラーもイエズス会士として先行する資料を駆使することができました。シェーラーによる地図帳は全7巻からなる大部のもので、晩年の1702年に刊行が始まり、死後の1710年にようやく最後の第7巻が刊行されています。シェーラーの地図帳は、特定の主題、テーマをもって各巻が編集されていることに特徴があり、その意味において主題別地図帳の創始者とされることもあります。

 シェーラーの地図帳には、日本を描いた図が複数登場しますが、その形態は一様ではなく、中には鏡写しに反転してしまっているものさえ見られます。その中でも本図は、シェーラーの地図帳に登場する日本を描いた図としては、非常に特異な性質を持っており、イエズス会士であったシェーラーならではの視点、すなわち、そのタイトルが表すように、日本へのキリスト教宣教を最初に行ったザビエルの航路を中心にして描いた、非常にユニークな世界図です。また、通常は無着色のものが多いシェーラーの地図にあって、地図全体を手彩色によって美しい着色を施している点も特筆すべき点です。

 ザビエルの航路は、地図上で破線で示されており、最終的に到着する日本、そして帰天することになる中国までの航路が記されています。また、地図の周囲四方にはザビエルの航海を象徴的に表したと思われる帆船が描かれており、特に、左下に描かれた帆船には、イエズス会を示すIHSの紋章が見て取れます。日本近辺は、当時はまだ地理情報が非常に不十分であった、北海道(IEZO)を本州(IAPONIA)と同じかそれ以上に大きく描いていますが、大陸からは切り離して島としている点では、シェーラーの他の地図に現れる日本図と同じ特徴を有しています。北海道の右隣=東にあるCOMPAGNIE LANDと示された島は、1643年に、ヨーロッパ人としては初めて、オランダ人航海士フリース(Maerten Gerritsz de Vries, 1589 − 1647)が「発見」した得撫島のことで、オランダ東インド会社(COMPAGNIE)の土地(LAND)とされています。

 また、日本の南方には、1642年から1644年の二度にわたり、オランダ東インド会社の依頼を受けたタスマン(Abel Janszoon Tasman, 1603 - 1659)による航海で得られた正確なニューギニア(NOVA GVINEA)の輪郭や、オーストラリア(NOVA HOLLANDIA)西部、南部、そしてニュージーランド(NOVA ZEELANDIA)が描かれています。アメリカに目を向けると、カリフォルニアが北米大陸から切り離された島として描かれています。カリフォルニアは、それが島であるのか半島であるのかについて、当時長らく議論が続けられており、18世紀後半まで決着がつかなかったため、当時は地図製作者の間でも見解が分かれていたことを反映しています。

 シェーラーの地図帳に描かれた日本は、単独の日本図でないこともあってか、これまであまり国内でも注目されていませんが、中でも、本図のようにザビエルの航路とともに描いた世界図については、ほとんど知られていないものと思われます。

左半部分
右半部分
日本、東南アジア近郊。蝦夷(北海道)が実際よりもかなり大きく描かれている。得撫島は、オランダ東インド会社(COMPAGNIE)の土地(LAND)とされている。
カリフォルニアは半島ではなく、島として描かれている。
  • 地図左下に描かれた帆船。イエズス会を表すIHSの紋章が見える。
  • 地図右下に描かれた帆船。日本到着の様子を象徴的に示す。