書籍目録

『処女の若人達=鑑、すなわち神との誓いを交わした様々な乙女達の生と徳の簡潔な表象について』

ディルキンク

『処女の若人達=鑑、すなわち神との誓いを交わした様々な乙女達の生と徳の簡潔な表象について』

1702年 ケルン刊

Dirckinck, Joanne

Jungfräwlicher Jugendt=Spiegel / Das ist: Kurtzer Begriff der Leben und Tugendten unterschiedlicher Gott verlobten Jungfrawen / So durch Unterweisung und Anführung der Societet Jesu Priestern zu sonders hocher Vollkommenheit und Heiligkeit gelangt seynd.

Köln, Hermann Dehmen, M.D.CCII. (1702). <AB201760>

Sold

8vo, Front, Title, 6 leaves, pp.[1], 2-241[i.e.341], 342-592 : plates [9], Modern full calf

Information

17世紀のヨーロッパで語り継がれた日本の女性殉教者

 本書は、1702年にカソリック信仰の盛んだったケルンで刊行された書物で、主に女性(少女)を対象としたカソリック信仰の教育書です。歴代の信仰に篤かったとされる女性の生涯と行いを紹介することで、女性信者の信仰心を促進することを目的としています。著者のディルキンク(Johann Dirckinck, 1641 - 1716)については、詳しいことは分かっていませんが、イエズス会の神父として他にも多くの書物を残していることが記録されています。

 本書が日本との関連で特に興味深いのは、取り上げられるヨーロッパを中心としたカソリック女性信者の中に、日本の殉教者マグダレナが含まれている点です。日本の女性殉教者でマグダレナの洗礼名を持つ者としては、「長崎のマグダレナ」と呼ばれる1634年に殉教したドミニコ会の修道女が有名ですが、本書で取り上げられているのは、彼女ではなく、1613年に有馬で殉教したレオ林田助右衛門の娘マグダレナです。

 この殉教事件は、その前年の1612年に発生した岡本大八事件に端を発するキリスト教禁令と有馬におけるキリシタン弾圧の強化を背景に引き起こされたもので、有馬のキリシタン8人が殉教したものです。もともと、有馬はキリシタン大名の有馬晴信の時代からキリスト教信仰が盛んな地でしたが、キリスト教禁令を受けて、有馬家の家臣であったアドリアノ高橋主水とレオ林田助右衛門とレオ武富勘右衛門は信仰を棄てるように命じられますが、これを拒否したため、その家族と共に処刑されました。マグダレナは、レオ林田助右衛門の娘で当時19歳であったと伝えられています。8人の殉教は、当時のイエズス会士による報告書(年報)でも報じられており、同時代のヨーロッパで既に知られていましたが、その後17世紀に入っても、イエズス会士の著者トリゴー(Nicolas Trigault, 1577-1628)が日本の殉教者を描いた『日本におけるキリスト教の勝利( De christianis apud Iaponios triumphis. 1623)』でも取り上げられるなど、ヨーロッパで語り継がれていたようです。

 本書では、この8人の殉教事件における殉教者うち、若くして信仰を棄てずに殉教したマグダレナだけに特に焦点を当てて取り扱われています。著者のディルキンクが直接参照した文献として挙げているのは、オランダ出身のイエズス会士ハザート(Cornelius Hazart, 1617 - 1690)が著した『教会史(Kirchen-Geschichte, das ist catholisches Christenthum durch die ganze Welt ausgebreitet. 1678)(原著はオランダ語版ですが、本書が直接参照しているのはドイツ語版です)』で、この全3巻からなる書物は、第1巻で多くの日本の殉教者を紹介しており、ドイツ語圏における日本の殉教者像の流布に貢献した書物として知られています。この書物の中にマグダレナの記述も含まれていました(第6部第5章)。本書には口絵と9枚の銅版画が収録されていますが、そのうちの口絵と1枚の銅版画にマグダレナが描かれています。マグダレナは、両親と弟と共に火刑に処せられましたが、その際に自ら燃える薪を手にして頭にやり、右手で頭を支え神にその身を捧げたと当時のイエズス会の報告書に記されています。また、マグダレナの右手は聖遺物として残された信者に持ち去られたとも報告されています。本書に収められた銅版画は、この報告を元に「日本のマグダレナ(Magdalena Iaponica)」として、マグダレナを描いており、マグダレナは燃え盛る炎の中で正面を見据え、右手をかざしています。ハザートの『教会史』に収録された銅版画でも、炎に包まれながら右手を額にかざす人物が描かれており、本書もそれを参考にしたものと思われます。

 日本の女性殉教者でヨーロッパで描かれた人物としては、細川ガラシャやアグネス竹田がよく知られていますが、本書は、有馬の女性殉教者マグダレナもまた、長くヨーロッパで語り継がれていたことを示す貴重な資料です。

口絵。本書で扱われる人物がマリアを取り囲んで描かれている。マグダレナももちろん描かれている。
タイトルページ。
マグダレナの章の冒頭部分。