書籍目録

『近江と美濃の地(藤川の記)』

プフィッツマイヤー訳注 / 一条兼良

『近江と美濃の地(藤川の記)』

(王立科学アカデミー会報:哲学歴史分野』第58巻所収論文を独立して刊行したもの) 1885年 ウィーン刊

Pfizmaier, August / Ichijo Kaneyoshi.

DIE OERTLICHKEITEN VON ÔMI UND MINO. (Fudzi-kawa-no ki).

Wien, (In Commission bei) Carl Gerold’s Sohn, 1885. <AB2019161>

¥33,000

(Extracted from Jahrgangs 1884 der Sitzungsberichte der phi.-hist Klasse der kas, Akademie der Wissenschaften CVIII, Bd., III, Hat., S.981)

8vo (15.5 cm x 24.5 cm), pp.[1(Title.)-3], 4-82, Original paper wrappers.
(NCID: BA20453012)

Information

オーストリア稀代の日本学者が一条兼良の『藤川の記』に注目した興味深い翻訳注釈作品

 本書は、オーストリアの東洋学者、日本学者であるプフィッツマイヤー(August Pfizmaier, 1808 - 1887)が、一条兼良の『藤川の記』の日本語原文を翻刻し、翻訳と注釈を加えたものです。同年に刊行された王立科学アカデミー会報:哲学歴史分野』第58巻所収論文を独立して刊行したもので、80頁強にわたる論文としては長文の作品です。

 プフィッツマイヤーは、シーボルトの弟子で当時のヨーロッパを代表する東洋学者であったホフマン(Johann Joseph Hoffmann, 1805 - 1878)とほぼ同世代の研究者で、「ホフマンが〈日本学の共同研究者〉といい、〈日本語、日本文学に関するフィッツマイエルの努力は世の認めるところ〉とのべて、後述のロニーと並び称揚している」(杉本つとむ『西洋人の日本語発見:外国人の日本語研究史』、講談社学術文庫版、2008年、277頁)人物です。1840年代から日本、日本語に関する研究論文を次々と発表しており、特に日本語、日本文学の研究には非常に精力的に取り組み、多くの成果を生み出しました。1821年に柳亭種彦(Riutei Tanefiko)によって書かれた『浮世形六枚屏風』をドイツ語に訳しただけでなく、原著の挿絵を亜鉛版リトグラフ印刷によって再現し、特殊な連綿体活字を新たに作成して、筆文字の日本語テキストを再構成した、翻刻復刻版と合冊して刊行しており、これはヨーロッパで最初に翻訳された日本の文学作品として、現在でも高く評価されています(この作品については当店HP掲載の同書解説文をご覧ください)。

 本書は、室町時代の高名な古典学者であった一条兼良が、奈良から美濃への旅行の際に認めた『藤川の記』をテキストにして、日本語原文を活字で翻刻し、ローマ字表記の原文と、プフィッツマイヤーによるドイツ語訳が掲載されていて、さらに詳細な注釈が施されています。プフィッツマイヤーは、応仁の乱という日本史上における激動期の時代背景と、著者である一条兼良についての解説文を冒頭に掲載しており、近江(Ômi)と美濃(Mino)の紀行文(「藤川」からの便り)として本書を紹介しています。「藤川」とは、現在の岐阜県関ヶ原と接している滋賀県米原市にある藤川のことで、国境の宿場町として古くから栄えており、日本の東西の境地でもありました。このことを意識して、プフィッツマイヤーは、本書のタイトルを『藤川の記』とはせずに、『近江と美濃の地』としたようです。日本語を再現するための金属活字を早くから王立印刷所に用意させていたプフィッツマイヤーの作品らしく、本書の日本語翻刻文は非常に読みやすく、また日本文学、歴史、神話に精通していたプフィッツマイヤーによる翻訳、注釈は、非常に高い水準にあるものと思われます。

 プフィッツマイヤーは、当時を代表する日本学者として現在でも高く評価されていますが、多作の彼は単独の著作だけでなく、雑誌に数多く寄稿しており、彼の作品の全体像を把握することは、現在でも容易ではありません。本書も、そうした数多くのプフィッツマイヤーの作品の一つですが、一条兼良という他の西洋に日本学者がほとんど知ることさえなかったであろう室町時代きっての古典学者の作品に焦点を当てた珍しい日本学研究文献と言えるでしょう。

雑誌掲載論文を抜刷りにしたものだが、82頁と論文としてはかなりの分量がある。
タイトルページ。
『藤川の記』とその作者一条兼良についてや、その時代背景についての解説文が冒頭にある。
前掲続きと本文冒頭箇所。
日本語の原文の翻刻と、ローマ字表記にしたテキスト、プフィッツマイヤーによるドイツ語訳文、注釈が掲載されている。