書籍目録

『万国民の現代史:第1巻、中国、日本、フィリピン、モルッカ諸島等』

サーモン / ティリオン / ゴッホ

『万国民の現代史:第1巻、中国、日本、フィリピン、モルッカ諸島等』

「オランダ語訳」第2版? 1729年 アムステルダム刊

Salmon, Thomas / Tirion, Isaak / Goch, Matthias van.

HEDENDAEGSCHE HISTORIE, OF TEGENWOORDIGE STAET VAN ALLE VOLKEREN;…Eerst in ’t Engels beschreven door Th. SALMON; nu vertelt en merkelijk vermeerdert door M.van GOCH, M. D. I. DEEL. Behelzende de Tegenwoordige staat der Keizerryken CHINA en JAPAN,…

Amsterdam, Isaak Tirion, 1729. <AB2019158>

¥275,000

Second? edition in Dutch.

8vo(12.0 cm x 19.7 cm), Front., Title., 2 leaves, Title. for No.1, 6 leaves, pp.1-88, [89(Title. for No.2), 90], 91-200, Title. for No.3, pp.[201, 202], 203-318, Title. for No.4, pp.319-441, [442], Title. for No.5, 1 leaf, 443-554, Title. for No.6, 4 leaves, pp.555-645, 9 leaves, (Register & Errata), 1 leaf(blank), Folded maps: [3], Plates: [2], Double pages plates: [5] . Contemporary half leather on marble boards.
(Cordier: 431) 装丁のマーブル紙にイタミあり。テキストに薄いシミが散見されるが、全体として良好と言える状態。

Information

大幅に増補改変を施し日本地図や図版も追加した、英語原著とは全く異なる「オランダ語版」

 本書は、世界各国と地域の歴史、自然、文化、風習に関する、当時最新の知識を網羅的に収録しようとした壮大な叢書の「オランダ語版」初巻にあたるもので、中国、日本、フィリピン等が主に扱われています。この叢書は、イギリスの歴史家サーモン(1679 – 1767)が編纂した数十巻にもなる大部の叢書『万国民の現代史(Modern History; or Present State of All Nations. 1724 – 1739.)』ですが、本書の出版社を経営していたティリオン(Isaak Tirion, 1705? - 1765)は、この叢書を単にオランダ語に翻訳するのではなく、英語原著に大幅な増補改変を加えて刊行しました。そのため本書は、「オランダ語版」と言われているものの、サーモンの英語版原著とは全く異なるといってよい書物で、日本関係記事も、量、質ともに別著作と言える内容になっています。ティリオンの「オランダ語版」は、サーモンの英語原著よりも遥かによく売れたようで、ドイツ語やイタリア語に翻訳された「サーモンの万国民の現代史」は、すべてこのティリオン「オランダ語版」を底本としています。

 本書は、ティリオンによる「オランダ語版」の初巻にあたるもので、冒頭に中国(1〜202頁)、続いて日本(203〜442頁)を、そしてマリアナ諸島とフィリピン(443〜554頁)、モルッカ諸島(555〜645頁)を扱っています。全体で、日本に最も多くの紙幅が割かれており、日本地図と二枚の見開き大の図版も収録されていて、そのいずれもが原著英語版にはなかったものです。原著英語版の構成は、中国(1~152頁)、日本(153~185頁)、トンキン(現代のベトナム北部、186~222頁)、コーチシナ(現代のベトナム南部、223~234頁)、シャム(現代のタイ、235~364頁)、東方諸島群(現代のフィリピン、364~464頁)となっているので、この「オランダ語版」は、日本の記述が大幅に増補されていることが明らかに見て取れます。このように、本書は「オランダ語版」とされてはいるものの、特に日本関係の記述については、原著英語版とは、分量と内容において大きく異なっており、実質的にはオランダ語版というよりも、全く別の著作となっていることがわかります。

 ティリオンが、サーモンの「万国民の現代史」叢書のアイデアが極めて重要であることにいち早く気付きながら、その「オランダ語版」を刊行する際に、このような大幅な改変を加えた背景には、当時のイギリスとオランダの海洋覇権をめぐる摩擦もあったものと考えられます。こと日本について見てみると、英語原著では、「オランダ人はキリスト教徒であることを自ら否認(踏み絵)し、長崎にある2マイルにも満たない小島に閉じ込められ、日本の厳しい管理下に置かれることに甘んじることで、かろうじて交易を許可されている」とか、「オランダ人は日本女性を妾として雇っている」とも述べられており、オランダに対してかなり批判的な論調が目立ちます。こうした記述をオランダ語に翻訳しても、到底オランダ語読者の獲得は望み得なかったものと思われますし、こうした「誤り」をオランダの立場から、より積極的に「正す」必要があったものと考えられます。

 本書冒頭には、ティリオンが、サーモンの「万国民の現代史」のオランダ語版出版のための出版権を得たのは1728年9月のことであることが書かれています。出版社からの序文において、ティリオンは、英語原著の第4版(英語原著については書誌情報が著しく混乱。詳細はHP記載の英語版解説文を参照)を底本として、オランダ語版を作成した旨を記していますが、オランダの読者のために、英語原著にない様々な記事や図版、地図を加えることで増補改変を施したことも述べています。あからさまに英語原著を貶めるようなことは書いていませんが、このような改変を「オランダの読者のために」施すことが明記されていることは、本書刊行の背景を正しく理解するために非常に重要と思われます。

 ティリオンのために「オランダ語訳」を手掛けたのは、ゴッホ(Matthias van Goch)ですが、ゴッホはさらに踏み込んで説明を加えています。本書は、各国、地域の記述の冒頭に個別のタイトルページとゴッホによる序文が掲載されており、日本を扱う第3章冒頭にもゴッホの序文があり、ここでは、サーモンの原著だけに必ずしもよらないことがはっきりと明記されています。ゴッホは、サーモンが日蘭貿易の実態を正しく理解できておらず、その記述に誤りが見られるので、それをより信頼できる他の情報源によって補うことを述べており、その情報源の一例として、刊行されたばかりの、ケンペル(Engelbert Kämpfer, 1651 - 1716)『日本誌(The history of Japan, 1727.)』や、『新旧東インド誌(Oud en Nieuw Oost-Indién, 1724.)で知られるファレンタイン(François Valentijn, 1666 - 1727)や、オランダ商館医として1674年から約2年間、日本に滞在し、西洋に日本の鍼灸をはじめて紹介したことでしられるライネ(Willem ten Rhijne, 1649 - 1700)の名を挙げており、他にもオランダ東インド会社の資料を用いたことが述べられています。つまり、ゴッホは、サーモンの英語原著での日本に関する30ページ余りの記述を、「不正確」で「不十分」なものと見做して、サーモンが用いることができなかった情報を様々に駆使することによって、本書における日本に関する記述を作成していることが、序文において明言されています。

 テキストでは、全10節の構成で日本について多方面から論じられていて、ゴッホが序文で述べたように当時最新の情報が鏤められた質の高い内容となっています。第1節は日本の地理の概説、第2節は、内裏と公方の二重権力構造などを解説した日本の統治機構について、第3節は宗教を扱い、日本におけるキリスト教弾圧の歴史についても言及されています。ここまでが第3章となっていて、残る第4節から第10節までが第4章となっています。第4節では、日本の人々の暮らしと習慣、第5節は、衣類や住居、祭事、道徳と刑罰が解説されていて、日本の生活文化に関する多くの記述を見ることができます。第6節では、主要都市と建築物とその構造が、第7節では、言語と文字が解説されていて、特に言語や文字についてはヨーロッパのいかなる言語や文字とも異なることが強調されています。第8節は、工芸と特産品、第9節では、内外交易と度量衡、流通網が論じられており、当時のヨーロッパにおける唯一の日本との交易国であったオランダの情報に基づいて詳細な記述が展開されています。最後の第10節は、地質と鉱物、植物などの自然に関する記述となっています。こうして作成された「オランダ語版」とされた本書における日本関連記事は、英語原著を大幅に上回る240頁近くの紙幅を費やされ、総合的な「日本誌」と呼ぶに値する、非常に充実した内容になっています。

 また、前述の通り、本書には原著英語版にはなかった日本地図が新たに収録されていることも注目すべき点です。この当時最新の日本地図は、ケンペル『日本誌』に収録された地図に範をとって、ティリオンが手を加えたもので、山陰、北陸、山陽、東山、東海、南海、西海の七道と五畿内を明示している大変ユニークなものです。この地図については、ジェイソン・C・ハバード(日暮雅通訳)『世界の中の日本地図:16世紀から18世紀西洋の地図に見る日本』(柏書房、2018年)では、次のように解説されています。

「ケンペルのHistory of Japan 出版の翌年、イザーク・ティリオンはその地図を複写・縮小して彫り、ケンペル作という表記なしにトマス・サーモン著の Modrn History… or the present State of all Nations (万国民の現代史)のオランダ語版に挿入した。ティリオンは制作中に Jesso of Jesogasima(北海道)とカムチャッカ半島をつなげ、ケンペルの描写より西側に配置した。ケンペルの地図にある2枚の挿入地図と、ローマ字の横に添えた漢字表記地名は装飾物として削除された。ワルターは(1994年)(ルッツ・ワルター編『西洋人の描いた日本地図』OAGドイツ東洋文化研究会、のこと;引用者注)『ティリオンはオランダ人がたどった長崎と江戸のあいだの宿場をつなげ、回路は破線、陸路は二重線で描いた」と述べている。」
(同書340頁、地図番号078)

 ちなみに、この日本地図は、本書後年版(1736年)では、改訂が加えられており、本州北端の形状がより正確になり、本書収録図の本州北端の海上に見える「松前島」(もちろん実在しない)が削除されています。この日本地図以外にも、38もの解説項目を付した、見開き大の「出島図」は、1699年から20年以上もの出島オランダ商館員であったフォーフト(Gerrits Voogt)から提供されたもので出島図としても高い評価を受けているものです。この出島図のイタリア語版(本書所収図が原版)について、ヴォルフガング・ミヒャエル氏は、下記のように解説しています。

「トマス・サーモン(Thomas Salmon)の著者『万国民の現代史』(Modern History, or Present State of All Nations)のオランダ語版(1729年)及びイタリア語版(1738年)に追加された図。当時の出島の様子を細かく示す資料として高く評価されている。阿蘭陀通詞や日本人医師が西洋医学の指導を受けていた外科医の住居及び病院やその他の数々の建物がこれにより初めて確認できる。
 オランダ人作者ヘリトス・フォーフト(Gerrits Voogt)は1699年に商務助手として来日。その後、フォーフトの名は倉庫の管理者及び商務員として出島商館長日記に頻繁に言及されている(1704年、1709年、1711年、1712年、1713年、1715年、1716年、1717年、1718年、1719年、1720年、1721年)。」
(佐賀県立名護屋城博物館、開館10周年記念「4つの窓と釜山 - 東アジアの中の日韓交流-」2003年、解説文より)

 このように、英語原著の記事を大幅に増補改変して、地図や図版を加えた「オランダ語版」は、英語版を遥かに上回る人気を博したようで、本書に続いて刊行されたドイツ語版やイタリア語版は、すべてこの「オランダ語版」を底本としています。いずれも「サーモンの万国民の現代史」訳であることを謳ってはいますが、実質的には「ティリオン/ゴッホの万国民の現代史」訳というべきでしょう。

 なお、英語原著は書誌情報が相当混乱していることが確認できますが、「オランダ語版」である本書も、同じ刊行年表記であっても細かな改変が随時なされていて、その変遷を辿ることは容易ではありません。本書は全体のタイトルページに加えて、各章に個別のタイトルページが設けられており、それぞれに刊行年、版表記がなされていますので、それらを確認することが一つのヒントになります。本書は、全体のタイトルページに1729年と刊行年表記があり、一見初版かと思われますが、日本の章のタイトルページには1729年の刊行年表記と「第2版(De Tweede Druk)」との表記がありますので、「第2版」(あるいは第2刷)と呼べるものではないかと思われます。先に引用したハバード氏によれば、日本の章については「1728年、1729年、1731年」の日付の標題ページのものが残っている」(前掲書341頁)そうです。また、店主の知る限り、本書を含む初期の版は、タイトルの一部が「HEDENDAEGSCHE」と綴られているのに対して、同じ刊行年表記でも後年の版は、タイトルが「HEDENDAAGSHCHE」と綴りが変更されていることが確認できます。現在の古書市場で見つけられるほとんどのものは後年の「HEDENDAAGSCHE」の綴りとなっているものですので、その意味では、本書は残存数や国内研究機関に居おける所蔵数が少ない、貴重な比較的初期の版ということができそうです。

 本書は、イタリア語版やドイツ語版も含めますと、国内研究機関において所蔵数が少なくない文献といえますが、英語原著と「オランダ語版」との関係や相違点などといった、内容や出版背景事情に踏み込んだ研究はまだ十分になされていないようです。地図や図版も完備しており、基調と言える比較的初期の範である本書は、こうした点を解明するための重要な書物と言えるでしょう。

冒頭口絵
全体のタイトルページ。冒頭の単語「HEDENDAEGSHCHE」の綴方によって、初期の版か否かを判断することができると思われる。
ティリオンが、サーモンの「万国民の現代史」のオランダ語版出版のための出版権を得たのは1728年9月のことであることが書かれている。
全体の目次。
第1章「中国」のタイトルページ。この後に、全体の序文が掲載されている。
出版社(ティリオン)から読者への序文
訳者(ゴッホ)から読者への序文
原著者(サーモン)による序文のオランダ語訳
日本を含めた中国図が収録されている。
日本付近の拡大。後掲の日本単独図とはかなり様相が異なっている点が興味深い。
第3章と第4章が日本に当てられている。上掲は第1節から第3節までを扱う第3章のタイトルページ。タイトルページには1729年の刊行年表記と「第2版(De Tweede Druk)」との表記がある。
ゴッホによる序文では、テキストを必ずしもサーモンの原著によらないことや、参照した様々な情報源について解説がなされており、本書の背景を理解する上で非常に重要。
刊行されたばかりのケンペル『日本誌』所収地図をティリオンがアレンジした日本地図が収録されている。
山陰、北陸、山陽、東山、東海、南海、西海の七道と五畿内を明示しているほか、オランダ商館長の江戸参府の行路が示されている。本州北端海上に実在しない「松前島」が描かれているが、後年の版では改訂されることになる。
第4節から第10節までを扱う第4章タイトルページ。
第4章では、日本の人々の生活文化や交易、自然物などについて扱われており、日本の男女を描いた見開き大の図も収録されている。
38もの説明項目を付した出島図は、当時のヨーロッパにおける唯一の交易国であったオランダの矜持を示すものと言える。
巻末には索引も掲載されている。
装丁のマーブル紙に痛みが見られ、テキストにも薄いシミが散見されるが、全体として良好と言える状態。