書籍目録

『日本の風習と習慣の素描集』

シルヴァー

『日本の風習と習慣の素描集』

1867年 ロンドン刊

Silver, J. M. W.,

SKETCHES OF JAPANESE MANNERS AND CUSTOMS…WITH ORIGINAL COLOURED PICTURES BY NATIVE ARTISTS.

London, Day and Son, Limited, (Lithographs and Publishers), 1867. <AB2019148>

Sold

4to (20.5 cm x 28.5 cm), 1 leaf(blank), Colored Front., Title., 3 leaves(dedication / contents / list of plates), pp.[1], 2-51, Colored plates: [27], Original decorative cloth bound with guilt edged.
表紙の角部分に痛み、インクによる汚れあり。本文中や図版にスポット状の染みが散見されるが、全体として概ね良好な状態。小口は三方とも金箔が施されている。

Information

幕末の江戸を中心とした文化、風習を海軍士官として来日した著者が独自の視点で叙述

 本書は、イギリス海軍中尉として1864年から65年にかけて日本に滞在していたシルヴァー(J.M.W. Silver)が、自身の見聞した幕末の日本の風俗や文化、年中行事を全12章構成で著した書物で、日本の絵師によって描かれたという全27枚(表題紙含むと28枚)もの彩色リトグラフを収録しています。幕末の江戸を中心とした人々の暮らしを視覚的に伝えるこれらの図版は、彩色図版出版で著名だったロンドンの出版社から1867年に刊行されており、幕末の風俗を外国人の視点から垣間見ることができる大変興味深い書物です。

 著者のシルヴァーについての詳しい経歴などは分かりませんが、本書冒頭の献辞において1864年から65年にかけて日本に滞在したことが記されており、また本文第9章では下関戦争の様子を詳細に記していますので、恐らく同戦争に従軍していたものと考えられます。彼は軍務の傍ら日本の風俗研究にも非常に熱心だったものと思われ、その際に得た知見をまとめ上げて本書を著しています。全12章からなる本書の目次を示すと、下記の通りになります。

第1章:祭と祭日
第2章:火事と火消し
第3章:家庭生活
第4章:大君、大名、寡頭制
第5章:帝の宮廷
第6章:「ハラキリ」
第7章:国技と余暇
第8章:犯罪と刑罰
第9章:迷信と式典
第10章:東海道と茶屋
第11章:諜報システムと公衆浴場
第12章:花々の愛好

 こうした章構成から見てもわかるように、本書の特徴は、他の先行文献や伝聞に依るよりも、シルヴァー自身が実際に見聞したことや直接に知り得たことを彼の関心に沿って記されている点にあります。たとえば、日本の統治機構については将軍(大君)と大名からなる寡頭制(origarchy)であるとする一方、昨今では天皇の権威的影響が力を持つようになっており、国内の動乱の原因となっていると述べています。大君に不満のある者は天皇と謀って陰謀を張り巡らすと述べ、その一例として1864年の禁門の変のことと思われる出来事を具体的に説明しています。禁門の変は彼の日本滞在中に生じた大事件の一つでしたので、海軍高官としての彼自身の分析と見解がここでは交えられているものと思われます。本書は至る所で、こうした記述が至る所に散りばめられており、動乱の幕末期の日本に滞在し、最新の政治情報に日々接することができた外国人海軍高官ならでは、物見遊山的な見聞記とは一線を画した貴重な文献となっています。

 また、シルヴァーは、幕末の政治状況だけでなく、文化や風習、宗教に対する関心が非常に強かったようで、短期間の滞在中に驚くほどの情報を収集しています。しかも、それらを衒学的に披露するのではなく、西洋人の視点から見た独自の分析や見解を交えており、外国人による比較文明論的な視座を有した日本論としても非常に質の高い内容となっています。たとえば、第11章の「諜報システムと公衆浴場」という、一見奇妙な章題を冠した章では、ヨーロッパ人と日本の風習を比較して全く異なる2つの点があることを述べ、その一つが、「目付」をはじめとした行政機構内における相互監視制度で、同じ職位に常に2人の人物が配置されており、両者が相互監視することで不正を事前に防ぐ仕組みになっていることを説明しています。この監視制度は、幕府の行政機構だけではなく、民間にも採用されていることを五人組の例を示しながら説明し、さらには家庭内においても相互監視が機能していることを述べ、こうした相互監視による社会秩序の維持というものは、ヨーロッパ社会においては見られないことを述べています。もう一つのヨーロッパ社会と日本社会との大きな相違点は、この厳しい相互監視と一見対極に見えるような、公衆浴場の開放性であると、著者は述べています。公衆浴場は人目につく通り沿いに開放的に設置されており、また女湯に男性の係員が入ったり、こどもが共に入浴するなど、男女間における裸体に対する羞恥心がほとんどなく、まるで「我々の最初の無垢な両親(アダムとイブのこと)」だと、感嘆気味に述べられています。人々に行き渡る厳しい相互監視制度が単純に社会の閉塞感に直結するのではなく、公衆浴場において見られるような開放性が両立していることが、おそらくシルヴァーの強い関心を引くことになり、このような叙述になったのではないかと思われます。このように、いずれの章においても、紋切り型の叙述や、先行文献の孫引きに終始するのではなく、あくまで著者シルヴァーが自身の関心と経験に基づいて独自の叙述をしている点に、本書の大きな魅力と価値があると言えます。

 そして、いうまでもなく本書に収録されている27枚の彩色リトグラフ図版は、個性的なシルヴァーの叙述を補い、彩るものとして、本書の大きな魅力となっています。これらは日本の絵師によって描かれたものであるとされていますが、シルヴァーが独自に絵師を雇って描かせたものなのか、あるいは何らかの日本の書物からとったものであるのかは不明です。いずれにしても、幕末の風俗を描いたものとして非常に貴重なもので、しかも実際に来日した外国人の視点を交えて彩色がほどこされているという点で、非常に興味深いものとも言えるものです。主に江戸を中心とした年中行事(天皇に関することはもちろん京都)を描いたものが大半ですが、店主には幕末の年中行事について十分な知識がないため、主題を正確に判別しかねるところもあります。祭りの様子など現代にも継承されている年中行事が多いですが、明治、大正(特に関東大震災)以降に変容している年中行事も多々あるため、幕末当時の実情を考慮した上で、これらの図版の主題を正確に特定する必要があるものと思われます。試みに、収録図版の一覧表に従って、表題を列記しますと、下記の通りになります(番号、収録ページは便宜上店主が設けたもの。一覧表と収録順序は必ずしも合致していない)。

0)表題紙
1)こどもの生誕の誉を祝う祭(端午の節句)(p.0/1)
2)商人の偉大な祭(江戸の神田祭のことか?江戸城を背景に進む山車が描かれている。山王祭の可能性もある。)(p.4/5)
3)Otinta Sama(店主にはこれが何を指しているのか不明。神田祭の神輿のように見える。)(p.4/5)
4)火事現場に向かう火消し (p.6/7)
5)日本の結婚式 (p.10/11)
6)将軍への謁見に臨む大名 (p.14/15)
7)花火を観覧する大名とその家族 (p.22/23)
8)宗教的巡業にでる帝の重臣たち (p.22/23)
9)帝の宮廷の前で開催される演劇 (p.20/21)
10)胡蝶の舞を演ずる帝の宮廷の女性たち (p.18/19)
11)(切腹を命じる)書状を読み上げる大君の使節 (p.24/25)
12)犠牲(切腹)(p.26/27)
13)大名の葬儀 (p.26/27)
14)遺体の火葬 (p.26/27)
15)近親者による遺骨の収集(お骨上げ)(p.26/27)
16)江戸の大野外劇場における公式のレスリング試合(相撲)(p.30/31)
17)劇場の内部 (p.32/33)
18)罪人を刑に処する様子(市中引き回し)(p.34/35)
19)「浪人」、あるいは、富裕な商人の家に略奪に入るならず者 (p.36/37)
20)不義の見せしめ (p.36/37)
21)競売にて販売される免罪符(富くじ)(p.40/41)
22)煉獄(あの世)から来た魂に祈る(お盆)(p.40/41)
23)Sudange(店主には不明)、あるいは死亡確認(仏門に入るために僧侶が死者に剃髪を施す場面)24)パン屋(もちつき)(p.42/43)
24)茶屋でのお祭り騒ぎ (p.44/45)
25)パン屋(もちつき)(p.44/45)
26)「湯屋」、あるいは浴場 (p.46/47)
27)花博(菊花展)(p.50/51)

 これらの彩色図版に加えて、テキスト中にもモノクロ図版が多数挿入されており、シルヴァーのテキストと関連する事項が描かれることで、テキスト理解を深められるようなつくりとなっています。また、本書の表紙には「宗教儀式:死者の魂の賛美」と題されたイラストを中心に添えた大変凝った意匠の金箔押(裏表紙は空押)が施されており、本文だけでなく、書物それ自身としても大変魅力的な造りがなされています。

 本書は、その存在は比較的よく知られているものの、テキスト本文や図版の内容に踏み込んで分析を加えた研究はまだなされていないように思われます。幕末の江戸を中心とした年中行事や風習を、見識豊かな外国人海軍士官が描いた貴重な文献として、一層の研究が待たれる一冊です。

箔押しを施した表紙
彩色タイトルページ(口絵)
タイトルページ
目次
収録彩色図版一覧
本文冒頭箇所
文中にもモノクロの挿絵が多数収録されている。
1)こどもの生誕の誉を祝う祭(端午の節句)(p.0/1)
2)商人の偉大な祭(江戸の神田祭のことか?江戸城を背景に進む山車が描かれている。山王祭の可能性もある。)(p.4/5)
3)Otinta Sama(店主にはこれが何を指しているのか不明。神田祭の神輿のように見える。)(p.4/5)
10)胡蝶の舞を演ずる帝の宮廷の女性たち (p.18/19) 図版上部の余白箇所に染みがある。
9)帝の宮廷の前で開催される演劇 (p.20/21) 図版上部の余白箇所に染みがある。
7)花火を観覧する大名とその家族 (p.22/23)
12)犠牲(切腹)(p.26/27)
16)江戸の大野外劇場における公式のレスリング試合(相撲)(p.30/31)
17)劇場の内部 (p.32/33)
21)競売にて販売される免罪符(富くじ)(p.40/41) シルヴァーにとって富くじは、カトリックの免罪符を連想させ、民衆に対する聖職者の欺瞞を感じさせたようである。
24)茶屋でのお祭り騒ぎ (p.44/45)
26)「湯屋」、あるいは浴場 (p.46/47)
27)花博(菊花展)(p.50/51)
裏表紙は表紙と同じデザインの空押しが施されている。
装丁の一部に痛み、インクによる汚れが見られるが、概ね良好な状態と言える。
小口は三方とも金箔が施されている。