書籍目録

フランス東洋学会 / フランス東洋学者地方会議 /(ロニー)

『1874年フランス東洋学者地方会議報告論集』

フランス東洋学会 / フランス東洋学者地方会議 /(ロニー)

1875年 パリ刊

ATHENEE ORIENTAL / CONGRÉS PROVINCIAL DES ORIENTALISTES FRANÇAIS / (Losny, Léon de)

CONGRÉS PROVINCIAL DES ORIENTALISTES FRANÇAIS. COMPTE-RENDU DE LA SESSION INAUGURALE, LEVALLOIS. - 1874.

Paris, Maisonneuve et Ce, 1875. <AB2019122>

Reserved

8vo (14.5 cm x 22.8 cm), 1 leaf (Half Title (R.) / Title (V.), 1 leaf(Title.), pp.[1-3], 4-255, (some colored) Plates: [12], pp.[1], 2-16, pp.[1], 2-6, 1 leaf, Original paper wrappers.
刊行当時の出版社による紙の簡易装丁のまま。背表紙に補修後あり。30頁までのテキスト本体の綴じが外れかかっている状態。

Information

ロニーによる論文はじめ、多数の日本研究論文を収録

 本書は、19世紀後半のフランスを代表する民俗学、日本、中国研究家である、ロニー(Léon de Rosny, 1837 - 1914)が中心となって編纂された、アジア研究論文集で、ロニー本人の論考を含む、非常に興味深い日本研究論文が複数掲載されているほか、当時のフランスを中心とした東洋学者と学会、出版物を知ることができる大変貴重な情報を収録した文献です。

 

 当時欧米各国で盛んになりつつあった東洋学の関係者を一堂に介して国際会議を開催するというロニーのユニークな構想は、1873年にパリで開催された東洋学者国際会議(Congrès international des orientalistes)に結実することになります。この会議の論集は、Congrès international des orientalistes: compte-rendu de la première session, Paris, 1873.と題して、1874年から1876年にかけて刊行されています。この第一回会議では、日本研究の目下の課題として、①ローマ字による日本語の書紀法の確立、②日本と西洋の文明比較、③日本と西洋の学問の比較、④日本と西洋における学術交流の4点がロニーによって挙げられています。東洋学者国際会議は、その後も定期的に開催されており、1874年9月にはロンドンにおいて第2回会議が開催されています。

 

 本書は、ロンドンで開催された第2回東洋学者国際会議を受けて、その一環として、フランス東洋地方学者会議と東洋学会(Athéné Oriental)とが共催する形で、12月26日から28日の3日間にわたり、パリ北西部のルヴァロワ=ペレで開催されたフランス東洋学者地方会議の報告論文集です。東洋学者国際会議と非常によく似た名称ですが、フランス東洋学者「地方」会議となっていることからも分かるように、フランスを中心とした東洋学者による会議で、国際会議の参加者と重複する人物が多数いるものの、全く別の会議で、当然収録されている報告論文も、第2回国際会議とは全く違うものです。

 

 冒頭には、フランス東洋学者地方会議の会員名簿が掲載されています。パリに始まるフランス各地毎の会員と所属(専門分野)と参加学会が列挙されており、ロニー本人(ROSNY (Léon de), professeur de japonais à l’École spéciale des Langues orientales, à Paris.)をはじめとした学術機関に所属している学者だけでなく、ギメ(GUIMET (Émile), archéologue, à Lyon)などの在野の人物も掲載されています。フランス各地在住の人名に続いては、仏領植民地に在住の人物、そしてフランス国外の外国人の名簿が続いています。ここには、ホフマン(HOFFMANN (J.J.), professeur de japonais, à Leyde (Hollande).)やプフィッツマイヤー(PFIZMAIER (le Dr Aug.), membre de l’Académie des Sciences, à Vienne (Autriche-Hongrie).)といった当代を代表する各国の東洋学者や、ロンドンの東洋学関係出版人として著名だったトリューブナー(TRUNBER (NicolasI, éditeur, à Londres (Angleterre).)などを確認することができます。また、ここには日本の人物名も多数見ることができ、特定できる人物としては、沼津兵学校教師を務め、1863年のフランス派遣団の一員となり、明治以降は陸軍を中心に活躍した原田一道(HARADA KADUMITI (le colonel), à Yédo (Japon).)、西本願寺派の高僧で1872年に岩倉使節団に随行し、ロニーと交流を深めた島地黙雷(SIMADI MOKURAI, Prêtre bouddhiste, à Yedo (Japon).)、1862年の文久遣欧使節としての渡欧以来ロニーと親交が深かった、寺島宗則(TERASIMA MUNENONI (S. Exc.), ministre des Affaires Étrangères de S. M. Le Mikado, à Yedo (Japon).)らを挙げることができます。これ以外にも店主には特定できていませんが、多くの日本の人名を見ることができます。フランス東洋学者地方会議の会員名簿に続いて、東洋学会の役員名簿と会則、一般会員名簿も掲載されており、ここからも多くの東洋学者、日本在住のお雇い外国人、日本の人名といった興味深い情報を得ることができます。これらの名簿は、当時のフランスを中心とした欧米各国における東洋学者の全体像を掴むことができる非常に貴重な情報源ということができるでしょう。

 

 本文は、12月26日から28日にかけて開催された日順に、各日の会議の議長による概説(初日26日と3日目28日のまとめはロニーによるもの)が冒頭にあり、会議で行われた報告をもとにした論文が多数掲載されています。実に多彩な東洋学研究報告が行われたことが伺えますが、とりわけ日本や東洋学者国際会議に直接関係するものとしては、次の報告が興味深いものです。



12月26日報告

・議長ロニーによる会議概説

①(シャルロット)バーチ「素戔嗚尊伝説と最古の日本の詩歌」(51頁〜54頁)

②野村(Nomura Naokagu)「シャルロット・コルデーについての日本の詩」(112〜113頁)

③Texitor de Ravisi「著名な日本女性:(小野)小町についての詩」(九相図)(114〜128頁)(図版あり)



12月27日報告

④Texitor de Ravisi「1874年9月14日にロンドンにおいて開催された第2回東洋学者国際会議」(159〜170頁)(会議代表を務めたサミュエル・バーチの肖像画あり)

⑤ロニー「太閤記(部分訳)」(171頁〜184頁)(図版あり)



12月28日報告

・議長ロニーによる会議概説

 

 議長による各会議のまとめは、それぞれの日程でどのような報告や議論が行われたのかを知ることができる非常に貴重な情報といえるものです。①の著者である、シャルロット・バーチの詳細は不明ですが、第2回東洋学者国際会議の会議代表を務めた著名なエジプト研究者であるサミュエル・バーチ(Samuel Birch, 1813 - 1885)の近親者と思われます。②について、著者であるNomura Naokaguとされている人物がどういった人物であるのか、またフランス革命の最中に処刑されたシャルロット・コルデー(Charlotte Corday, 1768-1793)についての日本の誌とは一体何なのかについて、店主はまだ把握することができていません。(追記:飯田史也「1873年第1回国際東洋学者会議に関する私的考察–会員構成及び組織運営を中心にして–」『福岡教育大学紀要』第53号、第4分冊、2004年所収では、本書に掲載されている日本の人名とも一致する、日本からの第1回国際東洋学者会議への参加者詳細が紹介されており、その一人に「(のむら なおかぐ(備前)陸軍省駐在武官 江戸)岡山出身で、陸軍兵学寮在学中の明治3(1870)年に、フランスに官費留学を命じられ、明治9(1876)年にパリで客死した、野村小三郎が考えられるが、特定できない」とあります)③の著者についても詳細は不明ですが、2日目の議長を務めていることからも、当時を代表する研究者であったことが推察されます。内容は、女性の死体が腐敗していく様子を描くことで世の無情に対する自覚を促す、いわゆる「九相図」を題材としたもので、ここでは小野小町の九相図が図版で収録されています。著者は、未知の文明の内実を理解するためには、当該社会において女性がどのような地位にあるのかを知ることが最も効果的な方法の一つであると述べており、日本の女性研究の一環として、日本の年代記(歴史)の研究と合わせて、日本を代表する女性の一人である小野小町を取り上げているようです。④は、第2回東洋学者国際会議の様子について先の③の著者であるTexitor de Ravisiがまとめたもので、会議代表を務めたサミュエル・バーチの肖像画が付されています。第2回会議はバーチの関心も反映して、エジプト関係の報告が多かったようですが、参加者による後日のまとめとして非常に興味深いものです。⑤は、豊臣秀吉の生涯を描く物語である「太閤記」の一部をロニーが仏訳して解説したもので、これが「太閤記」の最初の仏訳と考えられます。ロニーが底本とした和書から抜粋した挿絵と本文を再現した図版も収録されています。なお、この論文は同年に同じ出版社から独立した抜刷り本としても刊行されています。

 

 本文の後には補遺として、東洋学会とその関係者による出版物の紹介、会員訃報、会員統計が付されています。出版物の紹介では、東洋学会が当時刊行していた雑誌や出版物や、ロニーによる日本語教科書などが紹介されており、当時の東洋研究関係出版物を知ることができる興味深いものです。会員訃報では、コレージュ・ド・フランスの学長も務めた著名な中国学者であるジュリアン(Stanislas Julien, 1797 - 1873)の訃報とその業績が掲載されているのが目に着きます。

 

 補遺に続いて目次、著者一覧が掲載されていますが、テキスト上段の飾りには、「玉金有古書」と漢字が配されており、東洋学会のモットーや雰囲気を象徴するものと言えるでしょう。目次の末尾には、ロニーが用いていた自身の漢字の印章「羅尼」がありますので、あるいはロニーの個人的な思いを反映したものだったのかもしれません。

 

 巻末には出版社による出版物広告が掲載されており、ここではロニー自身の出版物や、彼と極めて関係の深い団体が発行する雑誌、著作を多数見ることができます。東洋学会関係出版物はもちろんのこと、ロニーが創立したアメリカ・東洋民族学協会の出版物、第1回東洋学者国際会議関係出版物、フランスアメリカ協会の出版物など、当時のロニーを中心としたフランスの東洋学、民族学研究の様相を垣間見ることができます。

 

 国際東洋学者会議については、1873年の第1回会議から1881年のベルリン会議までの会議録の復刻版が1998年に刊行されており、会議の全貌を調査する下地が揃ったと言えます。しかしながら、第2回ロンドン会議の後にフランスに移って年末に開催された東洋学者会議については、これまでほとんど知られることがなかったのではないかと思われます。第2回ロンドン会議は、先述の通りエジプト学研究の報告が中心で、日本研究の視点からはあまり注目されることがありませんでしたが、その会議の後に、ロニーによる重要な論文を含む多くの日本研究報告がなされていたことは、第1回会議との関連においても注目すべきことです。本書は、復刻版資料にも含まれていない、非常に重要な日本研究論文を収録しているだけでなく、当時のフランスにおける東洋学研究の幅の広さ、多様さを伝える大変興味深い文献といえるでしょう。

刊行当時の出版社による簡易装丁
東洋学会(Athéné Oriental)タイトルページとフランス東洋学者地方会議タイトルページ。タイトルページが2枚続く。
フランス東洋学者地方会議の会員名簿冒頭箇所。パリに始まるフランスの各地域と植民地、それ以外の外国会員が掲載されている。
リヨンの会員には、ギメ(GUIMET (Émile), archéologue, à Lyon)などの在野の人物も確認できる。
外国会員名簿では、当時を代表する各国の東洋学者に加えて、日本の会員名も多数見ることができる。19世紀イタリアにおける日本学の始祖でロニーの弟子だったセヴェリーニや、ロニーと仏教研究を通じて交流が深かった島地黙雷などの名前を確認できる。
初日(12月26日)の会議の議長を務めたのはロニー。ロニーによる概説が冒頭に掲載されている。
野村(Nomura Naokagu)「シャルロット・コルデーについての日本の詩」。野村は名簿には「備前」の人物とあるが、店主は特定できず。またこの題材についての日本の詩がどういうものなのかについても不明。
Texitor de Ravisi「著名な日本女性:(小野)小町についての詩」(九相図)冒頭。
2日目(12月27日)の会議報告冒頭。
同年9月にロンドンで開催された第2回国際東洋学者会議の代表を務めたエジプト学者サミュエル・バーチの肖像画。
Texitor de Ravisi「1874年9月14日にロンドンにおいて開催された第2回東洋学者国際会議」冒頭。
ロニー「太閤記(部分訳)」では、ロニーが底本にした和本のテキストや挿絵の一部を図版で再現している。
最終日(12月28日)の会議報告冒頭。この日の議長を務めたのは初日に続いてロニー。
目次末尾にはロニーが愛用していた自身の印章「羅尼(ロニ)」が掲載されている。
裏表紙。