書籍目録

ファン・リードと八戸喜三郎ほか古写真7点

ファン・リードと八戸喜三郎ほか古写真7点

(ファン・リード自身の旧蔵写真と思われる) 1865年〜68年頃 サンフランシスコ、横浜他で撮影

<AB201996>

Reserved

7枚の鶏卵紙と思われる用紙に現像された古写真。 各写真の詳細は下記解説を参照。,
現代のアルバム4冊に収納。

Information

これまで未発見と思われるファン・リードと八戸喜三郎を含む、ファン・リード自身の旧蔵と思われる貴重な古写真

 この7枚の写真は、幕末に来日した方面において活躍したファン・リード(Eugene Miller Van Reed, 1835 - 1873)と、彼の通訳権付き人で、幕末の日本を揺るがした「八戸事件」の引き金となった人物の一人と目されることもある八戸喜三郎とその妻子らが撮影された古写真で、1865年から1868年頃に国内外で撮影されたものと思われます。その内容から推察して、ファン・リード自身の旧蔵写真だったものと思われ、これまで発見されていなかった新出資料です。これらの古写真は、1)ファン・リードと八戸喜三郎に関する未発見進出資料としての価値、2) 幕末に海外に渡った日本の人物が撮影された古写真としての価値、3) 黎明期の日本における古写真としての価値という3点において、貴重な史料的価値を有しているといえるものです。それぞれの写真の詳細は次のとおりです。


①八戸喜三郎 (台紙のサイズ:6.1 cm x 10.1 cm)サンフランシスコで撮影 [1865年]

正装姿の八戸喜三郎が写っている。裏面右上には「Yabe Kisaboro My boy for nearly four years」右下には「大日本江戸 八戸喜三郎 ?(判読不明)光 (花押)」と鉛筆で書き込まれている。英文はリード、和文は八戸自身による書き込みか。写真館のマークと名前が印刷されており、この写真がサンフランシスコの写真館で撮影されたことがわかるため、八戸が同行した1865年のファン・リードの一時帰国の際に撮影されたものと推定できる。


②和装のファン・リード(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.1 cm) ミシガン州ジャクソンで撮影 [1865年]

日本風のカツラと着物、センスを手にした和装姿のファン・リードが写っている。裏面に書き込みはなし。写真館の名称と思しき印刷があるが、①のものとは異なる。「Jackso, Mich.」との表記からミシガン州ジャクソンで撮影されたことがわかるため、①と同じくファン・リードが一時帰国していた1865年に撮影されたものと推定できる。


③八戸喜三郎の妻(ハナさん)と子(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.2 cm) 横浜で撮影 1868年

裏面に「1868 Yokohama, Japan. Kisaboro’s Wife(Hana san) + Child.」と鉛筆で書き込まれており、写っているのが喜三郎の妻子であること、1868年に横浜で撮影されたことがわかる。写真館の名称記載等はないが、1868年当時に横浜で活動していた写真館ということから推察が可能と思われる(現在調査中)。


④洋装のファン・リードと和装姿の二人と中国服の一人(台紙のサイズ:6.2 cm x 9.2 cm) 撮影地、撮影年不明

椅子に座ったファン・リードと思しき人物と和装の人物二人と中国服の人物一人が写っている。裏面に書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。もともと横長だった写真の右半分のようにも見える。ファン・リードの後ろに立つ人物が誰であるのはまだ特定できていない(現在調査中)。


⑤洋装の西洋人と和装の少年(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.1 cm) 撮影地、撮影年不明

椅子に座った洋装の西洋人の背後に立つ和装の少年が写っている。裏面に書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。ファン・リードにゆかりのある人物と思われるが、二人が誰であるのはまだ特定できていない(現在調査中)。


⑥横浜あるいは江戸? (台紙のサイズ:6.2 cm x 10.5 cm) 写真左上の一部に破れあり。

裏面に書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。横浜、あるいは江戸のいずれかと思われるがまだ特定できていない(現在調査中)。


⑦和装姿と中国服の二人(台紙のサイズ:6.2 cm x 7.2 cm) 撮影地、撮影年不明

裏面に書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。八戸喜三郎や④に写っている人物とも異なっているように見え、ファン・リードにゆかりのある人物と思われるが、二人が誰であるのかはまだ特定できていない(現在調査中)。


 ファン・リードは、その名前から分かるようにオランダ系のアメリカ人で、浜田彦蔵(ジョセフ・ヒコ)と出会ったことをきっかけに日本に関心を抱き、1859年にアメリカ総領事館付きの初期生として来日しました。来日してからはハード商会の社員として活動したほか、「横浜新報もしほ草」という新聞を岸田吟香と協力して発行するなど文化活動においても精力的な活躍を見せ、幕末から明治初期に日本に滞在した外国人の中でも一際目立つ存在だったと言われています。また、1868年のイギリス船によるハワイ移民(明治元年であったことから「元年者」と呼ばれる)斡旋の企画者としては、明治政府と対立しながら移民移送を強行したことでも知られており、こうしたことも災いしてか後年の彼に対する評価は毀誉褒貶が激しいものになっています。ファン・リードを撮影した写真としては浜田彦蔵とともに写った比較的若い時期の写真のみがこれまで知られていますが、②や④はそれ以降の日本で活躍するようになってからの姿を写したこれまで知られていなかった写真で、特に②については(その評価はともかく)彼の親日ぶりをユーモラスに伝える史料として非常に興味深いものと言えるでしょう。

 ファン・リードは結核を患っており、その療養のために1865年にサンフランシスコへと一時帰国していますが、その際に、彼の通訳権付き人であった八戸喜三郎を同行させています(もちろん正式な幕府の許可のない海外渡航であり密航者として)。この7枚の写真のうち、少なくとも①と②については、この1865年の一時帰国の際にアメリカで撮影されたものであることが特定できます。八戸喜三郎は、幕末の日本を揺るがした「八戸事件」を招いたとされる正体不明の人物「八戸順叔」とされることもある人物ですが、その真偽はともかくとして、幕末に密航の形で私的にアメリカに渡った稀有な人物である八戸喜三郎についての詳しいことはその肖像も含めてこれまでわかっていないため、②の写真は極めて貴重と思われるものです。また、彼の妻子を撮影した③は、八戸喜三郎の家族関係を明らかにするという点だけでなく、1868年という比較的早い時期に横浜で撮影された古写真であるという点においても貴重な史料といえるでしょう。

 それ以外の⑤から⑦までの写真については、撮影地や時期、写されている人物や場所などがまだ特定できていませんが、いずれもファン・リードと何からの関係があった人物や場所と思われます。また、裏面に、ファン・リードや八戸喜三郎自身によるものと思われる鉛筆での書き込みや、写真館の情報についてもより詳細な調査が必要なものと思われますので、⑤から⑦までの写真の詳細な調査と合わせて、新事実を明らかにする可能性を秘めている非常に興味深い史料です。

①八戸喜三郎 (台紙のサイズ:6.1 cm x 10.1 cm)サンフランシスコで撮影 [1865年]
①裏面。右上には「Yabe Kisaboro My boy for nearly four years」右下には「大日本江戸 八戸喜三郎 弘光 (花押)」と鉛筆で書き込まれている。英文はリード、和文は八戸自身による書き込みか。写真館のマークと名前が印刷されており、この写真がサンフランシスコの写真館で撮影されたことがわかるため、八戸が同行した1865年のファン・リードの一時帰国の際に撮影されたものと推定できる。
②和装のファン・リード(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.1 cm) ミシガン州ジャクソンで撮影 [1865年]
②裏面。書き込みはない。写真館の名称と思しき印刷があるが、①のものとは異なる。「Jackso, Mich.」との表記からミシガン州ジャクソンで撮影されたことがわかるため、①と同じくファン・リードが一時帰国していた1865年に撮影されたものと推定できる。
③八戸喜三郎の妻(ハナさん)と子(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.2 cm) 横浜で撮影 1868年
③裏面。「1868 Yokohama, Japan. Kisaboro’s Wife(Hana san) + Child.」と鉛筆で書き込まれており、写っているのが喜三郎の妻子であること、1868年に横浜で撮影されたことがわかる。写真館の名称記載等はないが、1868年当時に横浜で活動していた写真館ということから推察が可能と思われる(現在調査中)。
④洋装のファン・リードと和装姿の二人と中国服の一人(台紙のサイズ:6.2 cm x 9.2 cm) 撮影地、撮影年不明
④裏面。書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。もともと横長だった写真の右半分のようにも見える。ファン・リードの後ろに立つ人物が誰であるのはまだ特定できていない(現在調査中)。
⑤洋装の西洋人と和装の少年(台紙のサイズ:6.2 cm x 10.1 cm) 撮影地、撮影年不明
⑤裏面。書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。ファン・リードにゆかりのある人物と思われるが、二人が誰であるのはまだ特定できていない(現在調査中)。
⑥横浜あるいは江戸? (台紙のサイズ:6.2 cm x 10.5 cm) 写真左上の一部に破れあり。
⑥裏面。書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。横浜、あるいは江戸のいずれかと思われるがまだ特定できていない(現在調査中)。
⑦和装姿と中国服の二人(台紙のサイズ:6.2 cm x 7.2 cm) 撮影地、撮影年不明
⑦裏面。書き込みはなく、いつどこで撮影されたものかは不明。八戸喜三郎や④に写っている人物とも異なっているように見え、ファン・リードにゆかりのある人物と思われるが、二人が誰であるのかはまだ特定できていない(現在調査中)。
写真は現代のアルバムに収納されている(いずれも店主が入手後に国内で手配したもの)