書籍目録

『日本の12のおとぎ話』(ネリーの少年少女文庫) 

ネリー(編訳) / ファンスケルンベーキ / (長谷川武次郎)

『日本の12のおとぎ話』(ネリーの少年少女文庫) 

1899年 アムステルダム刊

Nellie an Kal / van Schermbeek, P(ieter). G(erard) / (Hasegawa Takejiro)

TWAALF JAPANSCHE SPROOKJES UIT HET ENGELSCH NAVERTELD DOOR NELLIE MET 46 ILLUSTRATIES VAN JAN DE WAARDT. (BIBLIOTHEEK VOOR JONGENS EN MEISJES ONDER REDACTIE VAN NELLIE).

Amsterdam, Sl. L. Van Looy, 1899. <AB201975>

Sold

15.0 cm x 20.5 cm, Title., Front., 4 leaves, pp.[1-3], 4-103, Original pictorial cloth bound.

Information

オランダ語に翻訳された長谷川の「欧文日本昔噺」シリーズ12作品

 本書は、1899年にオランダのアムステルダムで刊行されたもので、タイトルが示すように12の日本の昔話をオランダ語に訳して収録しています。編者にして、12のうち11の作品の訳者であるネリー(Nellie an Kol, 1851 - 1930)は、子供向けの雑誌編集など、主に児童文学に関する出版に多く携わった人物です。本書は、ネリーによる叢書「少年少女文庫」の一つとして出版されており、46枚の挿絵は Jan de Waardt が担当しています。本書がとても興味深いのは、(明示されていないものの)長谷川竹次郎によるちりめん本「欧文日本昔噺(Japanese Fariy Tale)」シリーズを底本にしていると思われることです。「欧文日本昔噺」シリーズは英語版をはじめとして各国語版が多数刊行されていますが、オランダ語版はわずかに『舌切雀』が平紙本で刊行されたのみとされており、本書は、ちりめん本とは異なる形とは言え、オランダ語に「欧文日本昔噺」シリーズが翻訳されていたことを伝えるもので、これらがなぜ長谷川地震の企画の中に含まれなかったという経緯も含めて、大変興味深いものです。

 編者のネリーは、本書がこども向けの本であることに配慮して、両親に向けた短い序文と、読者であるこどもに向けた長い序文とを、最初に掲載しています。両親に向けた序文では、本書の対象年齢を概ね10歳未満としていて、このくらいの年齢であれば本書を楽しめるだけでなく、異文化を理解するための良い入門書にもなるであろうこと、また本書の挿絵が日本の風景を描いた豊かなアルバムともなろうことを述べています。

 こども向けの序文は、とても熱のこもったもので、まず日本とそこに暮らす人々についてのネリーなりの解説から始まっています。中国のさらに東にある日本列島に暮らす人々は、すべてが日本人というわけではないが、その簡素で優れた生活様式、美しい自然、花々や鳥たちを慈しむ心に満ちた人々であるという共通点において特徴的であると、ネリーは述べています。また、春になると桜を愛でるために人々が野外に繰り出すことや、為政者の間では花道が盛んであること、最も貧しい人であっても日々の入浴は欠かさない清潔さ、米、魚、野菜、甘物を主とした質素だが豊かな食生活を送っていることも述べています。日本のこども達は、階層に隔てなく共に机を並べて学んでおり、それは、彼らがとても利口で、口汚い言葉を使ったり、粗暴な振る舞いをすることがないからだと述べています。ネリーは日本の歴史にも簡単に触れていて、長らく外国に対して門戸を閉ざしてきた国であること、その中で例外だったのがオランダであったことを説明していて、本書の読者となったであろうオランダの子どもたちに日本に対する親しみが湧くような説明の仕方をしています。日本には豊かな文学があり、またお伽噺の類の物語も多々あること、他のヨーロッパ以外の多くの地域の物語がそうであるように、日本の物語にも怪物がやたらと多く出てくるきらいはあるものの、本書はそうした際物として日本の物語を紹介することが目的ではなく、これらを読むことによって、日本に暮らす人々の精神世界について何かしら理解を深めることができることが、より大事なことであると述べています。

 この序文において、本書に収録されている12の物語のうち、11の物語が英文からネリー自身によって訳されたものであること、1つの作品のみが、すでにオランダ語に訳されたものを許可を得た上で収録していることが述べられています。目次に従って、本書の収録作品を列挙すると、下記のようになります。

・松山鏡
・猿蟹合戦
・桃太郎
・舌切雀(オランダ語訳の再録)
・かちかち山
・因幡の白兎
・八岐大蛇
・花咲爺
・浦島太郎
・野干の手柄(ただし改変あり)
・瘤取
・鼠の嫁入

 すでにオランダ語訳があるという「舌切雀」は、長谷川武次郎による「欧文日本昔噺」シリーズ唯一のオランダ語訳本のテキストを再録したもので、その訳者として、P. G. van Schermbeek の名前が明記されています。それ以外の11の物語は、ネリー自身が英文から訳したものですが、その底本は(明記されていないものの)長谷川の「欧文日本昔噺」の英語版であることは、テキストの分量、構成、そして挿絵の構図からも明らかと思われます。ただし、ネリーは英語版をそのまま忠実に訳しただけでなく、物語によっては改変を加えており、例えば「野干の手柄」では、英語版が狐の親子と狸が主なキャラクターですが、本書では、狐3匹の家族に変わっています。

 長谷川武次郎の「欧文日本昔噺」シリーズのオランダ語版は「舌切雀」1作品しか刊行されておらず、他言語版と比べても著しくそのラインナップと発行部数が少ないことが知られていますが、ちりめん本とは異なる形で、他の多くの物語もオランダ語に翻訳されていたことは、これまでおそらくほとんど知られていなかったものと思われます。本書にその出典が明記されていないことに鑑みると、おそらく長谷川自身の許可を経たものではないと推察されますが、長谷川の「欧文日本昔噺」シリーズが、長谷川自身の手を離れて、本書のように意図せぬ形で展開されていたことは、非常に興味深いことと思われます。

タイトルページ。
両親向けの序文
読者(こども)向けの序文。かなり熱のこもった内容。
松山鏡。多くの挿絵は長谷川の「欧文日本昔噺」シリーズの挿絵に影響を受けたものと思われるが、中には全く異なる趣の挿絵もある。
猿蟹合戦。
桃太郎。
舌切雀。本作品のみ、長谷川から「欧文日本昔噺」シリーズとして刊行されたオランダ語版テキストを再録している。
舌切雀のテキストの末尾には訳者名が明記されている。
かちかち山。
因幡の白兎。
八岐大蛇。
八岐大蛇の挿絵の一つ。長谷川本にはない趣で、本書オリジナルのものと思われる。
花咲爺。
浦島太郎。
浦島太郎の挿絵の一つ。これも長谷川本とは異なる趣。
野干の手柄。長谷川本とは設定を変えているようである。長谷川本との比較も本書についての興味深い研究テーマの一つ。
瘤取。
瘤取の挿絵の一つ。鬼の描き方が独特で、長谷川本とは異なる。
鼠の嫁入り。