書籍目録

『万国民の現代史』

サーモン / モル

『万国民の現代史』

第1巻(第3版)、第2巻(初版) 1725年 ロンドン刊

Salmon, Thomas / Moll, Herman

Modern History: OR, THE PRESENT STATE OF ALL NATIONS. DESCRIBING Their respective Situations, Persons, Habits, Buildings, Manners, Laws and Customs, Religion and Policy, Arts and Sciences, Trades, Manufactures and Husbandry, Plants, Animals and Minerals.

London, (Printed for) James Crokatt, 1725. <AB201942>

Sold

2 vols.: Vol.1(Third edition) / Vol.2 (First edition)

4to (12.3 cm x 19.5 cm), Vol.1: 1 leaf(blank), Title(printed in red and black), 10 leaves, pp.[1], 2-464, 4 leaves (THE TABLE), 1 leaf(blank), Folded maps: [3], (some double pages) Plates: [11] / Vol.2: 1 leaf (Advertisement), Title., 2 leaves, pp.1-212, 21[I.e.213], 214-469, 5 leaves (THE TABLE), Folded maps: [3], (some double pages / folded) Plates: [9]. Uniform contemporary vellum, roughly repaired by using marble papers.
Cordier: 428(但し記載情報に誤りあり) 第1巻の1葉(z2, pp.171,172該当)ならびにトンキン地図に破れあり(テキストや図面の欠落なし)。第1巻の1葉(Uu4, pp.335,336該当)にシミ(テキスト読解に支障なし)。第1巻の1葉(Mmm4, pp.455,456該当)余白に破れと補修跡あり。第2巻バタヴィア地図とムガール帝国図に破れあり(テキストや図面の欠落なし)、第2巻1葉(Nn3, pp.277. 278該当)余白に破れあり。

Information

誰もが知っているのに誰も見たことがなかった?日本関係洋古書

 本書は、イギリスの歴史家サーモン(1679 – 1767)が編纂した数十巻にもなる大部の叢書『万国民の現代史(Modern History; or Present State of All Nations. 1724 – 1739.)』の第1巻(1725年、第3版)、第2巻(1725年、初版)に当たるものです。特に第1巻については折り込み地図を含めて、中国と日本とについて集中的に論じており、日本関係洋古書として極めて重要な文献とみなすことができるものです。また、18世紀を代表する日本研究の金字塔であるケンペル『日本誌』が刊行される1727年以前にイギリスで出版された日本関連文献としても、最も注目すべき資料の一つと思われます。

 この叢書は、東アジア(日本・中国)から出発して、地球を西廻りで巡る順序で、世界各国地域の歴史と文化を網羅的に紹介する企図をもって刊行されたもので、当時大変な人気を博し、オランダ語やイタリア語、ドイツ語といった各国語への翻訳も相次いでなされました。特に日本についての情報や図版を大幅に補強したとされているオランダ語版(Hedendaagsche Historie, of Tegenworrdige Staat van Alle Volkern. I Deel. 1728(1st), 1736(revised))は、詳細な出島図を収録していることもあって、国内でも非常によく知られている文献です。

 しかしながら、各種翻訳版について国内外で多数所蔵が確認できる一方で、肝心の原著である英語版については著しく所蔵が少なく、国内所蔵に関していえば皆無に近いという大変奇妙な状況にあります。本書は、不思議なことに極めて珍しくなってしまっている英語版の最初期の第1巻と第2巻で、本来のサーモン自身による著作がどのようなものであったのか、またオランダ語版をはじめとする翻訳語版とどのように異なっているのか、その理由は何なのかを明らかにしてくれる大変興味深い資料です。

 サーモンによる『万国民の現代史』の国内の所蔵状況については、約10年前の2008年に発表された日本関係洋古書の国内所蔵状況についての調査報告論文において、次のように言われています。

「所蔵資料では、サーモン『万国民の現代史』(1725−39)の異版・翻訳を含む16点が最も多いが、初版の所蔵は1機関にとどまる。初版が古書市場に出回りにくい状況はあろうが、収集に際して初出に近いテキストかどうかは、さほど重要視されていないのではないか」
(齋藤ひさ子・蛭田顕子・渡邉富久子「日本関係洋古書の我が国での所蔵状況について」『参考書誌研究』第68号、2008年所収、37ページ)

 このうち国内の所蔵が特に多いと思われるのは、オランダ語版とイタリア語版(Lo stato presente di tutti i paesi, e popoli del mondo naturale, politico, e morale… Vol.2, 1734)です。オランダ語版は、先に触れたように、英語版にはない図版や記述がふんだんに盛り込まれており、特に日本については、当時最新の日本地図と、出島の詳細な図版、男女の日本人の図が加えられていることから国内研究機関における需要が高かったものと思われます。また、イタリア語版は、このオランダ語版からの重訳で図版もオランダ語版に採用されているものを用いていますので、同様の理由で需要が高かったものと思われます。しかしながら、原著である英語版の所蔵が著しく少ないというのは非常に奇妙に思われます。いずれの版においても、サーモンの『万国民の現代史』からの翻訳であることが明記されていることから、常に英語版原著の存在が意識されてきたはずですが、にも関わらず英語版の所蔵が相対的に著しく少ないというのは、奇異な印象を受けざるを得ません。いわば、サーモン『万国民の現代史』英語原著は、「誰もが知っているが、ほとんど誰も見たことがない」という不可思議な状況にあるのです。

 その理由を探って調べていきますと、英語版原著は国内のみならず、国外、しかも出版国であるイギリスにおいても著しく所蔵が少ないことに気づきます。大英図書館による18世紀イギリス出版物を網羅的に収集した書誌データ The English Short Title Catalogue (ESTC)を用いて、サーモン『万国民の現代史』英語版を調べてみますと、第1巻についてはっきり初版であると特定できるものは、そもそも書誌自体を見つけることができません。本書第1巻については、その刊行年がいつであるのかについて、様々な書誌目録に混乱が見られ、1724年とするものや1725年とするものが混在しています。ESTCで見る限りでは、1724年の刊行年表記を有する第2版(ESTC Nos. N64830)を確認することができますので、少なくとも1724年以前ということができそうです。しかし、この第2版ですらオクスフォード大学ウォーチェスターカレッジ所蔵の1本しか確認することができないという極めて限られた所蔵状況となっています。そして、本書である第1巻第3版についても調べて見ますと、(ESTC Nos. N473588)が該当する書誌として登録されていますが、ESTC上ではイギリス国内に所蔵はなく、ニューヨーク公共図書館に所蔵されている1本だけが確認できるとされていて、これもまた極めて限られた所蔵状況になっています。

 このことから、サーモン『万国民の現代史』英語原著(特に初期に刊行されたもの)は、日本国内だけでなく、出版国であるイギリスをはじめとした世界中でみても、極めて所蔵が限られている文献ということができそうです。ですので、国内においてオランダ語訳版をはじめとした各種翻訳本が数多く所蔵されている一方で、肝心の英語原著の所蔵が著しく少ないというのは、オランダ語版の重要性もさることながら、そもそも英語原著を入手することが極めて困難であったことに由来している、と結論づけることができると思われます。

 さらに、英語原著第1巻は、おそらく極めて少部数しか刊行されなかったことに加えて、1年前後以内の間に、初版、第2版、そして本書である第3版が刊行されるという、めまぐるしい変遷があったことが推察されます。ESTCの書誌情報と本書から確認していきますと、少なくとも第2版と第3版はほぼ同じページ数で構成されていることから、テキスト自体の変化はほとんどなかったものと思われますが、第2版までは本書第3版に見られるような地図や、図版が収録されていません。この変化を反映して、タイトルそのものにも変化があり、第3版からは、当時を代表するイギリスの地図製作者であるモル(Herman Moll, ? - 1732)による地図と図版が収録されている旨がタイトルページに明記(Illustrated with CUTS, and MAPS, accurately Drawn, according to the Geographical Part of this Work, BY HERMAN MOLL)されるようになります。

 そして、この第1巻第3版が刊行されるのと同じタイミングで、第2巻初版が刊行されたものと思われ、第2巻に収録されている広告ページにはモルによる地図が収録された第1巻についての情報が掲載されています。こうしたことから、英語原著第1巻は、1724年頃から1725年という極めて短い期間に、第3版までを重ねるという改訂を繰り返し、1725年に刊行された第3版において、初めてモルの地図を収録し、これによって『万国民の現代史』の書物としてのスタイルが確立されることになったのではないかと思われます。そして、このスタイルが確立されるのと同時に、第2巻以降の刊行が始まったのではないかと推察されます。以上のことから、本書である第1巻第3版と第2巻初版は、サーモンの『万国民の現代史』英語原著の最も完成された最初期の書籍であると結論づけることができます。

(*英語原著には本書であるロンドンで刊行されたものと、ダブリンで刊行されたもの(Grierson版)が見られますが、後者はおそらく18世紀前後のダブリンでの出版物に頻繁に見られた著者の許可を得ずに出版された海賊版であると思われ、地図や図版が収録されていないようです。店主の調べ得た範囲では、国内に所蔵されている英語版は、このGrierson版のようです。ただし、こうした海賊版も英語版そのものが極めて少ない状況にあっては大変貴重な資料であることは言うまでもありません。)

 このように、書誌的観点からみても大変貴重な資料ということができる本書ですが、もちろんそれだけでなく、内容そのものが非常に重要で、国内でよく知られているオランダ語版と比べると、本書は全く別の著作であると結論づけられるほど異なっており、しかもその理由が、英蘭の対立に起因すると思われることがわかる大変興味深いものとなっています。

 第1巻では、サーモンによる『万国民の現代史』叢書全体の序文(PrefaceとIntroduction)があり、この叢書本来の狙いがどのようなものであるのかを明らかにしています。この序文において、サーモンは、イギリスによる商業発展と世界進出により、交易の拡大が実現し、そのことが多くの富と幸福をもたらしていることを述べています。そして、こうした状況をさらに発展させるためには、世界各地の文化や歴史、風習、産物などについての正しい理解が不可欠であることを強調します。サーモンは、これまでヨーロッパで出版されてきた航海記集や風俗誌の類は、奇想天外な冒険奇譚や、好奇心を煽るための空想に近いものが多く、事実に基づいていなかったり、互いの記述が相矛盾していたりと、異国の情報を正しく伝えるものとは言い難かったと批判し、こうした弊害を取り除き、正確で最新の情報に基づいた世界各地の歴史、地理、商業、文化その他の有益な知見を提供することが、この叢書の使命であることを述べています。特に、この時期にライバル国であるオランダを凌ぐ海洋帝国としての地位を確かにしつつあったイギリスの状況を反映して、交易の促進という目的を非常に重視しているように見受けられます。サーモンは、本叢書において取り上げるべき世界各地の主な情報として、①人文・自然地理情報、②主要都市と建築、内装、③人民の特徴、文化、娯楽、交通状況、④商業産品、交易、流通、⑤農業その他による自然産品、⑥諸学芸、言語、歴史、⑦王宮や収入、継承方法、関税、度量衡、⑧宗教、⑨婚姻、女性や妻、子供、奴隷のあり方、⑩葬祭、といった10項目を挙げています。この序文から読み取れる特徴として、17世紀までの「普遍史」に類する叢書に見られるような聖書史観に基づいた神学的動機が、サーモンの『万国民の現代史』にはほとんど見られず、海外交易の促進という極めて世俗的な目的に貢献するという狙いを有していることを挙げることができます。

 第1巻と第2巻は、中国、日本をはじめとして現代の東アジア、東南アジア地域を対象としており、イギリス、オランダ両国の海外進出において最も激しい競争が展開された最重要地域を扱っています。この地域が『万国民の現代史』叢書の最初2巻が対象とする地域に選ばれていることからも、序文で見たようなサーモンの問題意識は非常に明確です。日本についての記述が集中している第1巻の構成を見て見ますと、中国(1〜152頁)、日本(153〜185頁)、トンキン(現代のベトナム北部、186〜222頁)、コーチシナ(現代のベトナム南部、223〜234頁)、シャム(現代のタイ、235〜364頁)、東方諸島群(現代のフィリピン、364〜464頁)となっており、中国に次いで日本が取り上げられていることがわかります。

 日本についての記事は、地理的位置、日本(Niphon、本州を指す)、豊後(Bungo、九州を指す)、土佐(Tonsa、四国を指す)から構成されていること、気候などが最初に取り上げられており、主要都市として都(Meaco、京都を指す)、堺(Saccai)、江戸(Jedo)の三都を挙げてその概要や建築、内装について解説しています。日本に住む人々の気性、特徴については、ある文献では非常に穏やかで上品、誠実であると言われる一方で、ほかの文献では残忍で慈悲の心がないとも言われており、相反する言説があって確かなところがわからないとされ、日本がヨーロッパ人にとって最も未知の国となっていることを述べています。そして、オランダだけがヨーロッパ諸国の唯一の例外として交易を許可されていること、オランダ人はキリスト教徒であることを自ら否認(踏み絵)し、長崎(Nagasaque)にある2マイルにも満たない小島に閉じ込められ、日本の厳しい管理下に置かれることに甘んじることで、かろうじて交易を許可されていると説明しています。また、オランダ人は日本女性を妾として雇っているとも述べられており、日蘭交易のあり方については、オランダに対してかなり批判的な論調が目立ちます。

 こうしたオランダに対する批判的な記述は、ヨーロッパ諸国の中で唯一日本と直接交易を行うことができたオランダにとっては、看過し得ない内容だったと思われることから、原著英語版をほとんど書き換えてオランダの立場を擁護し、オランダだけが知ることができた日本情報を盛り込んだ「オランダ語訳版」が刊行される要因の一つとなったことが伺えます。また、オランダが最も威勢を誇っていた現在のインドネシアを中心に扱う第2巻では、同地域で生じた英蘭衝突事件としては最大のもので長らく禍根を残した「アンボイナ事件」も詳しく扱っており、第2巻タイトルページにまで、イギリスがオランダからこの事件でいかに野蛮な仕打ちを被ったか(how barbarously the English were expell’d from those Islands by the Dutch)をわざわざ明記しています。こうした点に鑑みますと、国内で所蔵が確認できるオランダ語訳版や、それを重訳したイタリア語訳版は、原著から他言語への翻訳版というよりも、英蘭の緊張関係を反映した全く別の著作として捉えるべきであり、両者の比較は非常に興味深いテーマになるものと思われます。

 これ以外にも、日本についての記事は非常に充実しており、先に触れたようなサーモンが記述すべき点としてあげた10項目に沿う形で、様々な情報を先行文献をそのまま鵜呑みにするのではなく、サーモンが吟味して最も正確と思われる解釈を施した上で、読者に提供しています。また、日本の記事には銅版画も2枚収録されていて、1枚が日本の高貴な地位にある男女を描いたもので、その独特の服装を解説したテキスト箇所に合わせて、見開き大の図として収録されています。もう1枚は、日本の宗教を解説するくだりに登場するもので、大仏(Daibis)とそれを拝む日本の人々の姿を描いています。いずれの銅版画も、17世紀の日本研究書であるモンタヌスの著作に由来するものと思われますが、そのまま転載するのではなく、新たな銅版画として作成されています。また、この2枚の銅版画は、のちのオランダ語版に収録された図版とも異なっており、英語版のみに採用されたようで、その点においても貴重と言えるでしょう。

 また、第1巻冒頭に収録されている折り込み地図(The Empire of CHINA and Islands of IAPAN. Agreable in Modern History. By H. Moll, Geographer)は、先に触れたように、当時のヨーロッパを代表する地理学者、地図製作者であったモルによるもので、本書の趣旨に合うように、最新かつ最も信頼するに足る情報となるべく作成されたものと思われます。地図中に描かれた日本は、系統としてはマルティーニ / モレイラ型に属するものと思われるもので、マルティーニ(Martini MArtino, 1614 - 1661)による中国地図帳(Novus Altas Sinensis, 1655)に収録された日本図に近いものです。モルは1712年に刊行した地図帳第3巻(Atlas Geographus, or a Compleat System of Geography, Vol. 3)において、日本図(Iapon or Niphon)を発表しており、直接的にはこれを底本としたものと思われますが、地名や描き方に違いが見られることから本書のために改訂を施したことが伺えます。本図では、現代の北海道に当たる蝦夷(LAND of IESSO)は、その輪郭が極めて曖昧に描かれており、また大陸の一部として繋げて描かれていて、この付近の情報が極めて貧弱であったことが見て取れます。なお、モルによるこの地図は、従来モルの死後1736年に刊行された地図帳に収録されたものが初出であるとみなされてきたようですが、本書はこの地図が、それに10年以上先立つ1725年に既に発表されていたことを示しており、西洋人が描いた日本地図史の観点においても重要な地図と言えるものです。1736年版も本書収録地図と同じ名前の地図ですが、情報が貧弱であった同海域に関する説明をはじめとして、テキスト情報を追記しており、本図を基にして改訂を施したものと思われます。

 このように、本書は、オランダ語訳版を中心によく知られてきた文献であるにも関わらず、イギリスにおいてすらこれまでほとんど知られることがなかった英語原著という大変貴重な資料であるだけでなく、オランダ語訳版と比較することで、当時の英蘭対立の状況が浮かび上がってくるという非常に興味深い資料です。本書刊行から間もない1727年に、18世紀の日本研究の金字塔となるケンペル『日本誌』が英語で刊行されたということも、本書の発行部数を著しく少なくさせる遠因にもなったことが考えられますが、その点においても、これまで見逃されてきた日本関係洋古書として新しい知見を提供しうる文献ではないかと思われます。

第1巻タイトルページ。タイトルページにその巻が対象とする地域が列記されている。モルによる地図や銅版画が収録され、それがタイトルページに明記されるようになるのはこの第1巻第3版からで、本書において『万国民の現代史』のスタイルが確立されたと考えられる。
「はじめに」冒頭箇所。当時のイングランドの状況を述べながら本書刊行の意義を説明している。
「はじめに」の末尾には1724年(著者の名にちなんだと思われる)聖トマスの日(イギリスでは12月21日)という記載があり、おそらくこれが初版刊行年月と思われる。
より具体的に『万国民の現代史』全体の特徴と目的を述べている導入部冒頭。
本書には複数の折り込み地図が収録されているが、冒頭に収録されている中国、日本図は、西洋人による日本を描いた地図の歴史を研究する上でも重要になると思われるもの。
第1巻は中国から始まる。
第1巻で中国についで扱われているのが日本。全5章構成で論じられている。
日本独特とされる服装を描いた男女二人の銅版画。モンタヌスの17世紀の著作に由来すると思われるが、本書のために新たに作成したようである。
日本、第2章冒頭箇所。
日本、第3章冒頭箇所。
日本、第4章冒頭箇所。主に宗教を扱っている。
日本の大仏とそれを拝む人々の様子を描いたという銅版画。
日本、第5章冒頭箇所。
第2巻タイトルページ。現在のインドネシアをはじめとする東南アジア島嶼部と中心に扱っている。英蘭対立が最も激しかった地域でもあり、「アンボイナ事件」でイギリスがオランダから被った野蛮な行為について、わざわざタイトルページに明記している。
第2巻には出版社による広告があり、第2巻初版とともに、第1巻第3版の広告が掲載されており、両巻が同時に刊行されたことが伺える。第2巻はイギリス東インド会社のボンベイ統治責任者であったブーン(Charles Boon, ? - 1735)への献辞文が冒頭にあるが、その日付が1725年7月21日となっているので、第1巻は約7ヶ月ほどの間に初版、第2版、第3版が刊行されるという目まぐるしい改訂が繰り返されたことになる。
当時のものと思われるヴェラム装丁で、マーブル紙を用いて補修されている。