書籍目録

『教皇グレゴリオ13世偉業要略』

チャッピ

『教皇グレゴリオ13世偉業要略』

改訂版 1596年 ローマ刊

Ciappi, Marc(o) Antonio.

COMPENDIO DELLE HEROICHE, ET GLORIOSE ATTIONI, ET SANTA VITA DI PAPA GREG. XIII.

Roma, Nella stamperia de gli Accolti, CIƆ IƆ XCVI(1596). <AB201917>

¥770,000

4to(15.0 cm x 19.7 cm), Title.(Verso: Front.), 3 leaves, pp.[1], 2-120, 4 leaves(TAVOLA), Contemporary parchment(Rebound).
NCID: BB2402073 / Laures ID: JL-1596-KB6

Information

天正遣欧使節との謁見の場面や当時国内にあったセミナリオ等の施設図を初めて収録 

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「グレゴリウス13 世(Gregorius XIII, 1502-1585, 在位1572-1585)はイタリアのボローニャ(Bologna)に生まれた。本名をウーゴ・ブォンコンパニ(Ugo Buoncompagni)といい、同地で法律学の教授を務め、その後スペイン駐在教皇特使を経て枢機卿となり、1572 年に教皇の位に就いた。在位中はトリエント公会議令の完遂に努め、1582 年にはユリウス暦を改正して、所謂グレゴリオ暦を制定し、グレゴリオ聖歌集を改訂した。また聖職者養成のため教育事業を強力に推進して多くの神学校をヨーロッパに設立し、ローマにはその中心となるグレゴリア大学を創設した。
 教皇はインドやアジアでの布教にも熱心であった。1585 年、83 歳の折に地球の果てと思われていた日本から3 年をかけて天正遣欧使節がローマに到着したが、彼等に対する歓待や寵愛ぶりは尋常ではなかったとされている。本書はこの少年使節のことに言及し、病気のために先んじて特別に謁見を許された中浦ジュリアンを除く伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノの3 名が、教皇の足下に跪き接吻する情景を図版に掲げている。
 教皇在位中に、日本では1580 年にイエズス会巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano, 1539-1606)によって三種の教育機関が設置された。これは同教皇の方針に沿ったもので、安土と有馬の二つの神学校(セミナリオ)と府内(大分)の学院(コレジオ)と、臼杵の修練院(ノビシャド)の四校が建築された。
 なお、本書に掲げられているその四校の木版画は、三階建ての洋風建築であるが、他の頁にも全く同じものが使われており、画家の想像による建築画と思われる。」
(京都外国語大学附属図書館展示目録 『日本をヨーロッパに紹介した戦国期の宣教師たち』 より)

 「本書はローマ教皇グレゴリオ13世(1502~1585、在位1572~1585)の業績と生涯を述べた伝記である。1596年刊行、初版(1591年刊行)を訂正増補したものである。挿図を全く掲載していない初版本と比べると、1596年版は41点の木版画の挿図を掲載しており、注目に値する。本書には、日本に建設された4つのキリスト教教育施設(豊後臼杵のノヴィシアド、豊後府内のコレジオ、安土と長崎のセミナリオ)に関する記述や、天正遣欧使節のローマ教皇謁見の場面の説明がある。これらは、日本のキリスト教伝来期の様相を伝えると同時に、日本がヨーロッパに如何に紹介されたかを指し示すものである。本資料は、日本国内では数箇所の機関が所蔵するにとどまり、非常に希少な資料である。」
(文化遺産オンライン 九州国立博物館所蔵 チャッピ「グレゴリオ13世伝」解説より)

タイトルページ。
タイトルページ裏面にはグレゴリオ13世の肖像画
本文冒頭箇所。
臼杵のノヴビシャド(修練院)と府内のコレジョ(学院)
有馬のセミナリオ(神学校)と安土の神学校
天正遣欧使節と教皇との謁見の場面