書籍目録

『世界灯台便覧』

(フィンドレー)

『世界灯台便覧』

第19版 1879年 ロンドン刊

Findlay, Alexander George (F.R.G.S).

A DESCRIPTION AND LIST OF THE LIGHTHOUSES OF THE WORLD. 1879. NINETEENTH EDITION.

London, Richard Holmes Laurie, 1879. <AB2018218>

Currently on loan.

19th ed.

8vo (15.5 cm x 23.2 cm), Supplemental yellow leaf, Front. with a tissue guard, pp.[i(Title.)-v], vi, [1], 2-218, Title. of CATALOGUE, Index leaf, pp.[1], 2-47, [with] 12 pages of SUPPLEMENTAL LIST OF LIGHTHOUSES, Original green embossed pictorial cloth.

Information

ブラントンによる近代灯台施設建設が急速に進みつつあった日本を含む1879年の全世界の灯台一覧表

 本書は、1879年当時に世界中の沿岸に設置されていた灯台設備について網羅的に記した灯台便覧です。急速にグローバル化が進展しつつあった当時の世界において、最重要となる交通手段は言うまでもなく船舶でありましたが、船舶の実際の航行に際して必要不可欠な設備である灯台設備の最新で正確な情報は、最も必要とされているものでした。また、日本においては、開国以降、特に明治政府による最初のお雇い外国人であるブラントン(Richard Henry Brunton, 1841 - 1901)の尽力によって、近代灯台施設の配備が急速に進んだ時期にあたっており、彼が設置したものをはじめとする明治初期の日本沿岸各地の灯台設備の様子と、それらがどのように当時の航海士によって利用されていたのかを知ることができる大変興味深い資料となっています。

 著者(ただし、本書である第19版刊行時にはすでに逝去)であるフィンドレー(Alexander George Findlay, 1812 - 1875)は、当時世界最大の海洋帝国を築いていた大英帝国を代表する、海事関係を中心とした著作を精力的に数多く出版しています。大英帝国を代表するということはつまり、世界で最も信頼にたる開示関係の情報源となっていたということができ、その意味において彼の著作が当時の航海事情にもたらした影響は実に多大なものがありました。王室地理学協会のフェロー会員であったことが示すように、フィンドレーの海図製作者としての評価は極めて高く、当時のほとんどの航海士が彼の著作の影響を受けていたのではないかと思われます。フィンドレーによる海事関係の出版物は、海図、水路誌をはじめとして、本書のような灯台設備に関するものも含まれており、世界のあらゆる地域、あらゆる関連する事項を扱っています。本書の出版社であるローリー社(Richard Holmes Laurie)は、18世紀に遡る歴史を有する、地図、海図出版を中心に活躍していた老舗ですが、1858年にフィンドレー自身がローリー社の事業を継承しており、フィンドレー自身と彼による企画著作は全てこのローリー社から出版されています。

 フィンドレーは特に灯台施設の専門家でもあったため、本書にかける情熱は並々ならぬものがあったようで、没後も版を重ね1879年に出版された本書は第19版となっており、日本を含む世界各地で急速に進展する灯台施設の設置状況と、灯台施設に関する技術的発展をフォローするために頻繁に(ほぼ毎年)改訂を繰り返していたことがわかります。また、版を改訂するだけでなく、補遺(Supplement)の形で、最新情報の追加も随時行なっていたようで、本書にも Supplemental List が挟み込まれています。冒頭には、フィンドレーによる当時の灯台施設に関する概説小論が掲載されており、航海士が最低限理解しておくべき近代灯台施設の基本的知識、歴史、各国の状況が説かれています。これは、当時の世界における灯台施設がどのようなものであったのかを理解するための基本資料として、現代の観点においても大変重要なものと思われます。

 本書の中心をなしているのは、表題にあるように世界各地の灯台施設の個別情報です。それぞれの灯台について、①名称と灯の特徴(灯質) ②位置 ③設備と灯についての詳細情報 ④等級 ⑤施設の海上からの高さ ⑥視認距離 ⑦設置年、の7項目について記されていて、それぞれの灯台施設がどのようなものかを一瞥して理解できるように工夫されています。日本については147頁から149頁にかけて掲載されていて、例えば、瀬戸内(SETO UCHI or INLAND SEA)の項目には、ブラントンが日本で最初に設計した灯台としても知られる、和歌山県串本町の紀伊大島にある樫野埼灯台(OÖ SIMAと記載)などが掲載されています。当時の日本各地に配備されていた灯台施設の概況を知ることができるだけでなく、世界の他地域との比較もできるため、航路環境として当時の日本が相対的にどのような状況にあったのかを垣間見ることができます。
 また、本文に続いては、1879年当時のローリー社の出版物一覧カタログが収録されており、本書も含めたフィンドレーの出版活動の全貌を知ることができると同時に、当時の航海士にとってどのような情報が求められていたのかを伺うことができます。

 明治初期の日本においては、灯台を管轄する部局は、省庁制度の度重なる変遷の影響もあって一定していませんでしたが、やがて工部局(のちに工部省)の管轄となり、海軍水路局とも協力して、日本各地の灯台一覧(便覧)を発行するようになります。しかしながら、その正確さについては当初、十分に信頼できるものとは言い難いものだったようです。明治初期は、官立と私設の灯台が乱立しており、それらの情報が不正確であったために、航海士が認識すべき灯台を誤って事故に至るという深刻な事態も発生(そのため1885年には私設灯台の設置が禁止)しており、それらの正確な情報を整理し一覧の形でまとめるというのは容易ではなかったようです。そのため、本書が刊行された1879年当時においては、多くの(特に外国人の)航海士が頼りにしたのは、日本が提供する情報ではなく、最も権威と信頼ある灯台便覧として用いられていた本書だったのではないかと思われます。
 なお、1883年には、水路局によって、日本沿岸だけでなく、東アジア沿岸地域全体を対象とした灯台表である『東洋燈台表』が刊行され、ようやく日本自身による、信頼に足る灯台表が完成しています。また、1885年には「これを改版して上巻とし、別に南太平洋からインド洋の全域を収録した下巻を出したが、下巻はほとんど英版燈台表の履版であった」(海上保安庁水路部編『日本水路史』日本水路協会、1971年、71頁)と言われています。ここで言及されている「英版燈台表」とは、フィンドレーによる本書の後年版のことと思われ、日本の水路局においてもフィンドレーの灯台便覧は大いに活用されていたことが伺えます。

 幕末から明治にかけて日本が体験した世界変動は、急速な航海技術の発展によってもたらされたものでもありますが、蒸気船の登場といった船舶の劇的な変化だけでなく、実際に列強各国の船舶がどのような情報を共有して、航路を選択し世界を行き来していたのかについては、これまであまり注目されていないように思われます。海図や水路誌、そして本書のような灯台施設に関する便覧といった海事関連文献は、当時の航海にとって(つまり、各国、各地域、各商社、各人の政策立案にとっても)必要不可欠であった最重要の情報が、何によって、どのようにもたらされていたのかについて、重要な示唆を提供してくれる興味深い資料と言えましょう。

口絵写真
タイトルページ
初版刊行時のものと思われる1861年の序文と、本書である第19版のための序文
目次①
目次②
フィンドレーが灯台についての基礎知識を解説した小論冒頭
図版も豊富に交えて解説がなされている
本書の中心となる灯台便覧の凡例
灯台便覧冒頭。
ブラントンらイギリス人お雇外国人の協力によって急速に近代灯台設備の整備が進みつつあった日本の当時の状況を見ることができる。
上掲続き
上掲続き
上掲続き
便覧の末尾には索引も付属
便覧に続いてローリー社の海事関係出版目録が綴じ込まれている。
補遺として作成された冊子も本書には付属。