書籍目録

『東洋汽船会社:アメリカ、ハワイ諸島、日本、中国、フィリピン、インドのガイド』

東洋汽船会社

『東洋汽船会社:アメリカ、ハワイ諸島、日本、中国、フィリピン、インドのガイド』

1900年頃? サンフランシスコ刊

Oriental Steamship Company (Toyo Kisen-Kaisha).

TOYO KISEN-KAISHA. AMERICA, HAWAIAN ISLANDS, JAPAN, CHINA, PHILIPPINES, INDIA.

San Francisco, Bachrach & Company, C.1900?. <AB2018186>

Sold

21.5 cm x 23.2 cm (Folded: 11.2 cm x 23.2 cm), 10 leaves including both covers , printed in double column, Original pictorial paper wrappers.

Information

ジャパン・ツーリスト・ビューロー最初期の印刷物に影響を与えたと思われる東洋汽船による英文ガイドブック

 このガイドブックを作成した東洋汽船は、明治から昭和にかけて日本の旅客業界の中心の一角を担っていた海運会社です。現在の商船三井である大阪商船と日本郵船と並ぶ海運会社として大型客船や太平洋航路の運営など積極的な経営方針で知られており、特に海外旅客の誘致には特に熱心で、創業者である浅野総一郎は、紫雲閣と名付けた自身の邸宅に海外からの主要な旅客を招いて宴会を催したりもしています。また、ジャパン・ツーリスト・ビューローの活動にも尽力し「亡くなられる迄殆んど欠かさずビューローの総会に出席され、われわれを大いに激励された」とビューロー25周年回顧録に記されているほどです(山中忠雄『回顧録』ジャパン・ツーリスト・ビューロー、1937年)。

 東洋汽船は、ガイドブックの作成にも早くから熱心だったものと思われ、本書はそうした東洋汽船の比較的初期の活動を物語るものです。折りたたむことでポケットに入りやすくなる縦長の形状となるガイドブックは、1枚を左右に分けてテキストを配置しています。最初に東洋汽船の航路や会社概要、主要な保有船舶の紹介などがあり、ここには浅野総一郎の肖像写真も見ることができます。本書には出版年の記載がありませんが、ここに記されている主要船舶のラインナップからおおよその年代を特定することができます。NIPPON MARU(日本丸)、AMERICA MARU(亜米利加丸)、HONG KONG MARU(香港丸)とあるのは、1898年末から同社が運用を開始した船舶で、1899年から同社の主要航路となったあんフランシスコ航路に用いられています。一方、1901年に運用が始まる「ろひら丸」や「ろせった丸」、1908年に運用が始まる当時超巨大と言われた「天洋丸」「地洋丸」については何も書かれていませんので、本書は、1899年から1900年頃に刊行されたものと推定されます。

 テキストは、日本の主要都市の案内や、紀行、ガイド(通訳)などが記されていて、横浜、東京近郊、日光、鎌倉、富士山、奈良、神戸、瀬戸内、長崎などが数多くの写真とともに紹介されています。続いて、中国、フィリピン、インド、ホノルルの紹介があり、サンフランシスコからアメリカ西海岸を起点してニューヨークまでのアメリカ各地の紹介を見ることができます。巻末は、同社が運行していた航路や料金といった実際的な情報が掲載されていて、簡便なガイドブックとしては非常によくできた内容と思われます。また中程には、航路を記した東西半球と日本地図を掲載しており、大まかな地理情報も得ることができるようになっています。

 質の高い印刷の出来栄えや高品質な用紙を用いた作りなど、相応の思い入れが感じられる本書ですが、印刷は日本国内ではなく、サンフランシスコのBachrach & Companyでなされています。後年、ジャパン・ツーリスト・ビューローがガイドブックを発行する際に「最初米国でやらせようという意見で東洋汽船を介し米国から見積書も取寄せたが、こうした機会に我が国の印刷会の進歩を促すのも大切であるということから、生野氏が海外から持帰られた印刷物を見本として、東京印刷に依頼した」(前掲書、81頁)とありますので、最初期のビューロー発行物は、東洋汽船のガイドブック作成のノウハウに負うところがある程度あって、それを発展的に継承したと見ることもできるかもしれません。