書籍目録

『日本の一年(月々)』(ちりめん本)

岡田松生 / (小林清親)

『日本の一年(月々)』(ちりめん本)

第2版 全2巻 1895年 東京刊

THE JAPANESE MONTHS WITH ILLUSTRATIONS.

Tokyo, The Kokubunsha(國文社), 1895. <AB2018173>

¥194,400

2nd ed. 2 vols.

13.0 cm x 19.0 cm, Vol.1: Title, pp.[1], 2-18, printed in folded crape paper, double pages colored plates: [8], Vol.2: Title, pp.19-37, printed in folded crape paper, double pages colored plates:[7], Crepe paper book, bound in Japanese style, silk tied.

Information

明治の東京を中心とした人々の暮らしにおける毎月の季節行事を紹介した英文ちりめん本

 本書は、全2巻からなる美麗なちりめん本で、ちりめん本の出版として圧倒的な知名度とシェアを有していた長谷川武次郎が手がけたものではないちりめん本としても、大変珍しいものです。タイトルにありますように、日本の月々の特徴的な季節の伝統行事を美しい16点の挿絵とともに紹介したもので、第1巻が1月から6月までを、第2巻が7月から12月までを扱っています。2巻の表紙を合わせることで富士山を背景とした松林と海を小舟が行き交う1枚絵となる大変凝った作りで、長谷川武次郎以外のちりめん本でも、大変高度な印刷技術と美的センスを有していた出版社があったことに驚かされます。

 本書の著者は、奥付にあるように岡田松生で、熊本洋学校出身のいわゆる熊本バンドの一人に当たる人物で、同志社英学校を卒業してからは様々なミッション活動に関わると同時に、熊本県政や中央官庁といった公職でも活躍しています。本書刊行翌年の1896年からは貿易会社にも務めており、堪能であったと思われる英語を生かして、のちには自身の商社も立ち上げています。本書刊行の経緯については全く不明ですが、日本の伝統行事を英語でわかりやすく、正確に紹介していることから見て、海外から日本を訪れた人々に向けて、日本文化を紹介する目的で著されたものであろうことが推察できます。

 本書を彩る数多くの美しい挿絵を手がけた人物については、奥付には明記されていませんが、挿絵中にある落款から見て、「最後の浮世絵師」と呼ばれた小林清親であると思われます。小林清親は、伝統的な浮世絵の画法をベースに当時最新の西洋画の手法を取り込むことで、斬新な表現を浮世絵にもたらしたことでとみに有名ですが、本書でも日本の四季を描いた多くの挿絵において、みずみずしい筆致を見ることができます。

 本書で紹介される日本の伝統行事は、主に東京(と彼の出身である九州)を中心としたもので、東京で見られることができる日本を象徴するような特徴的な伝統行事がそれぞれの月ごとに紹介されています。また、当時の風習を江戸時代も含めた歴史的経緯とともに紹介することも多く、その意味では、明治20年代半ばの東京における人々の暮らしと人々の記憶からそう遠くない江戸後期の習慣を描いた歴史資料としても大変興味深い内容と言えます。それぞれの月で取り上げらている内容を列挙しますと、主に下記のようになります。

第1巻

1月:正月と新年の挨拶、門松、注連縄などの飾り付け、七草がゆなど
   挿絵)1)新年の風景、2)大名の初登城
2月:節分、(亀戸天神などの)梅見、(江戸時代の)絵踏、紀元節(2月11日)
   挿絵)3)亀戸天神の梅見風景
3月:上巳の節会と雛祭り
   挿絵)4)雛祭り
4月:衣替え、灌仏会、(上野公園などの)お花見
   挿絵)5)上野公園の花見風景
5月:フジ、ボタン、ツツジの開花、端午の節句、菖蒲とヨモギ摘み、田植え
   挿絵)6)富士山を背景にした田植えの風景、7)端午の節句
6月:日枝神社の山王祭、夏越の祓
   挿絵)8)日吉神社の山王祭

第2巻

7月:七夕祭、鐘楼祭(盂蘭盆)、薮入り、(隅田川などの)川開きと花火
   挿絵(片面)9)七夕祭、10)精霊祭
8月:(江戸時代に徳川家康の江戸入場を祝った)八朔、月見、綱引き
   挿絵)11)綱引きと月見
9月:綿入れ(衣替え)、重陽の節会(菊の節句)、相撲
   挿絵)12)相撲
10月:十日えびす、米の収穫と脱穀
    挿絵)13)米の脱穀
11月;天長節、赤坂の菊花拝観、七五三、酉の市
    挿絵)14)(赤坂の)菊花展
12月:大掃除、節季候(せきぞろ)、(大晦日の)節分、餅つき、(江戸時代の)結婚式
    挿絵)15)餅つき、16)(江戸時代の)結婚式

 わかりやすいテキストと美しい挿絵で彩られた記事は、現在の視点からみると大変新鮮で、当時や当時比較的まだ親近感の強かった江戸時代の東京を中心とした人々の季節ごとの暮らしや祭り事などを文字情報と視覚情報の双方で知ることができるとても興味深い内容となっています。その意味では、東京(江戸)を中心とした風俗史研究の資料としても非常に有用な資料とも言うことができるものです。

 ところで、店主が調べ得た限りでは、本書はやや複雑な書誌を有するようで、少なくとも同タイトルで5種類を確認することができ、それぞれに看過できない差異があり、注意を要すると思われます。それぞれの書誌情報を簡単にまとめますと下記のようになります。

①初版(1894年)
ちりめん本 全2巻 
挿絵に落款あり
奥付の刊行年は明治27年
國文社

②第2版(1895年)(本書)
ちりめん本 全2巻
挿絵に落款あり、タイトルページにSECOND EDITIONと明記
奥付の刊行年は初版のまま明治27年
國文社

*店主管見の限りでは第2版までが國文社版で、國文社では平紙本版は作成されず、ちりめん本版のみ作成されたと思われる。③以降に比べて①②は市場に出回る機会が非常に少ないため、相対的に少部数しか作成されなかったものと推察される。


③第3版(1898年)
平紙本 全1巻
挿絵が全く別の画家(恐らく山本昇雲(松谷)と思われる)によるものに差し替えられている。
タイトルページにTHIRD EDITIONと明記。
東陽堂に出版社が変更され、國文社の表記は削除されている。
奥付の刊行年は初版、第2版への言及はなく、新たに明治32年としている。

*店主管見の限りでは、第3版のちりめん本版は確認できず。

④第4版(1909年)
ちりめん本 全2巻
挿絵は①②と同じようだが、落款が削除されている。
東陽堂による出版、國文社の表記は削除されている。
表紙の絵柄にFOURTH EDITIONと明記。
奥付の刊行年は初版のまま明治27年。
サイズが若干小さくなるほか、合わせて1枚絵となる2巻の表紙の絵柄がずれてしまうようになる。
挿絵の刷りも①②とは異なる。市場で比較的見かけることが多い版で、そのことから最も多くが作成された版ではないかと推察される。

⑤第4版(1909年)
平紙本 全1巻
東陽堂による出版、國文社の表記は削除されている。
③とほぼ同じと思われる。

 上記の情報から、当初の出版社であった國文社版(①②)と出版社が東陽堂に変更される(③以降)との間で、何らかの問題が当事者間で発生したのではないかと推察されます。それが、國文社と東陽堂間の問題であったのか、あるいは前者の経営上の問題等にあったのかは不明ですが、少なくとも東陽堂版の平紙本(③⑤)では、全く別人による挿絵となっていることや、東陽堂版のちりめん本(④)では、挿絵を描いたと思われる小林清親の落款が意図的に削除されている点に鑑みると、國文社版版(①②)の挿絵製作者と著者、あるいは出版社の間にもなんらかの問題が発生したことも確かと思われます。本書を見ればわかるように、國文社が手がけた②までについては、小林清親のものと思われる落款を複数の挿絵に確認することができますし、2巻の表紙を合わせて1枚絵となるはず残った表紙の作りが、④ではかなりずれてしまうことや、刷りの状態も②までの方が、④よりもより鮮明であるようにも見えます。その意味でも②までが当初の関係者の思惑が一致し、本書作成当初の意図を忠実に反映している「正規版」とみなして差し支えがないものと思われます。しかし、皮肉なことに作成部数は恐らく④の方が多かったものと思われ、そのため現在市場に出回ることが多いものは、ほとんどが④となっているようです。また、挿絵が全て差し替えられた③⑤については、別の作品として①②④とは区別して改めて別個に評価されるべき作品と言えるでしょう。

 このように本書は、岡田松生による優れた英文テキストと、当代を代表する浮世絵師である小林清親によるものと思われる美しい挿絵とで、当時の日本の風習を描いた資料ですので、展示資料としてはもちろん、風俗史研究のための学術資料としても活用することが可能と思われます。また、後年版における落款の削除や、印刷の劣化を免れている、初期の國文社版であるということも、本書の性質に鑑みて非常に重要な点であると考えられます。国内研究機関における所蔵も極めて限られているように見受けられますので、今後多方面での活用が期待される重要文献ということができるでしょう。

2巻の表紙を合わせることで1枚の絵となる大変凝った作りの装丁。
  • 第1巻表表紙
  • 第1巻裏表紙
  • 第1巻タイトルページ
  • 第1巻奥付
テキスト冒頭箇所。
1)新年の風景(1月)
2)大名の初登城(1月)
3)亀戸天神の梅見風景(2月)
4)雛祭り(3月)
5)上野公園の花見風景(4月)
6)富士山を背景にした田植えの風景(5月)
7)端午の節句(5月)
8)日吉神社の山王祭(6月)
  • 2巻表表紙
  • 2巻裏表紙
  • 2巻タイトルページ
  • 2巻奥付
9)七夕祭、10)精霊祭(7月)
11)綱引きと月見(8月)
12)相撲(9月)
13)米の脱穀(10月)
14)(赤坂の)菊花展(11月)
15)餅つき(12月)
16)(江戸時代の)結婚式(12月)