書籍目録

『居留地の押韻詩集』(大判ちりめん本)

エドワーズ / (長谷川武次郎)

『居留地の押韻詩集』(大判ちりめん本)

1899年 東京刊

Osman, Edwards. / (Hasegawa, Takejiro)

RESIDENTIAL RHYMES.

Tokyo (東京市), T. Hasegawa, Publisher(長谷川武次郎), 明治三十二年九月一日印刷 同月七日発行. <AB2018169>

Sold

Oblong (19.0 cm x 25.5 cm), 11 folded crepe paper folded sheets (i.e. 22 pages) including the covers, Crepe paper book, bound in Japanese style, silk tied.

Information

神戸や横浜の居留地に住む外国人をユーモラスに描いた大型ちりめん本

 ちりめん本とは、ちりめん布を模した柔らかい和紙に、欧文の日本昔噺を中心とした物語と、美しい挿絵を多色刷りで印刷した書物の総称で、主に明治期から昭和30年代ごろまで刊行されたものです。その美しい和紙の質感から海外ではCrepe paper booksと呼ばれています。ちりめん本の中でも特に有名な版元であったのが、長谷川武次郎による弘文社で、長谷川が刊行したちりめん本はその量、質において他社を圧倒していました。

 本書は、数多くの長谷川によるちりめん本の中でも、最大の大きさで作成されたもので、「間違いなく最も素晴らしい作品」にして「明治の居留地に住んだ外国人のユーモラスに富みながらも正確な描写」(Frederic A. Sharf. Takejiro Hasegawa: Meiji Japan'S pReeminent Publisher of Wood-Block-Illustrated Crepe-Paper Books. (Peabody Essex Museum Collections. Volume 130, Number 4, October, 1994.))と高く評価されている大変珍しい一冊です。長谷川の作品の中でも珍しく、神戸、横浜、東京といった居留地に住んでいた外国人の姿をユーモアとともに描いた美しいイラストに、それぞれの内容に沿った押韻詩が添えられています。

 著者のエドワーズ(Osman Edwards, 1864 - 1936)は、リバプール生まれのイギリス人で、オックスフォード大などで古典教師を務めていましたが、世紀末ごろに長期のいわゆる世界旅行に出かけ、フランス、ドイツ、ノルウェイ、ロシア、そして日本を訪れました。日本には1898年の初め頃に到着し、6ヶ月間の契約で日本の演劇情報などを中心とした紀行文をイギリスの雑誌に送る契約を結び、半年あまり滞在しています。このことからもわかるように、彼は一回の旅行者としてというよりも、演劇や芸術方面の研究者的なスタンスで持って日本に滞在しており、その主要な交友関係がハーン(Lafcadio Hearn, 1850 - 1904)や、フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa, 1853 - 1908)、チェンバレン(Basil Hall Chamberlain, 1850 - 1935)といった芸術、文学を主とした錚々たる日本研究者であることからも、彼の日本滞在のありようが伺えます。エドワーズをちりめん本の出版人である長谷川武次郎に紹介したのも、チェンバレンであると言われています、エドワーズは、本作を含めて長谷川に3つのちりめん本作品を提供しており、そのひとつは、アダン(Jules Adam)による日本の噺家を題材にしたちりめん本(Au Japon: les raconteurs publics. 1899)の英訳(Japanese Story-Tellers.1899)で、もう一つは『詩歌で綴る日本の暦(1901年カレンダー)(Japanse calender with verses. 1989)』です。

 エドワーズは本書の作成にあたり、テキストとなる押韻詩を書いただけでなく、美しい挿絵の描写の精度にも非常に強いこだわりを見せたと言われており、服装や動きなどの細部にまで、彼が実際に見聞した居留地の外国人の姿を反映させることに力を込めています。その結果、本書はちりめん本として最高の出来栄えとなっただけでなく、1898年という返還を目前に控えた居留地の姿を実際に見聞した外国人が詩とユーモアでもっと描いた貴重な資料としても評価される作品となりました。

 本書は、全部で8つの場面を描いており、エドワーズが見聞した居留地とそこに住む外国人の姿が象徴的に映し出されています。それぞれのテーマは下記の通りです。

1)横浜の商人 (The Merchant at Yokohama.)
2)軽井沢の宣教師 (The Missionary at Karuisawa.)
3)中禅寺の外交官(The Minister at Chiuzenji.)
4)鎌倉のグローブ・トロッター(Globe-trotter at Kamakura.)
5)神戸のジャーナリスト(The Journalist at Kobe.)
6)宮島の画家(The Painter at Miyajima.)
7)京都島原の陸軍大尉(The Captain at Shimabara.)
8)涅槃の大学教授(The Professor in Nirvana.)

 当時の居留地に住んでいた外国人を象徴するような8つのテーマを取り上げてエドワーズは本書を編んでおり、特に明記していませんが、それぞれに特定のモチーフになったり、テーマを提供した実在の人物がいるものと思われます。例えば、特に有名なものとして「5)神戸のジャーナリスト」とされているのは、先に触れたハーンで、彼は1894年から95年にかけて、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として活躍していました。ハーンとされる人物はこの箇所だけでなく、表紙で「神戸(Kobe)」と記された新聞を読む人物としても描かれています。筆禍が災いして官憲に捕縛される「神戸のジャーナリスト」の姿とともに、山手から見下ろした美しい神戸の街並みが描かれていて、当時の外国人にとって神戸居留地の美しさが格別なものであったことが伺えます。また、「4)鎌倉のグローブ・トロッター」では、日本美術を買い漁り鎌倉大仏まで買って帰ろうとする外国人(Yankee Doodle)と、ブームにあやかって贋作づくりが盛んであることを皮肉った内容となっていて、この辺りの情報源がフェノロサであったことは容易に想像できます。こうしたモチーフになったり、テーマを提供した人物のことを推測しながら本書を読み解くことも、また当時の外国人居留地の一場面を知る手がかりになることでしょう。

 本書は、縦19センチ、横25.5センチにもなる横長の大変大きなちりめん本で、長谷川のちりめん本の中でも異色の出来栄えの作品であると思われます。長谷川は本書を1900年のパリ万博に出品することを見越して作成したようで、それだけに力のこもった作品に仕上がったようです。一方で、おそらく通常のちりめん本よりもはるかにコストがかかったと思われ、作成部数が相対的に極めて少なかったようで、ちりめん本の中でも現在見つけることが非常に難しい作品となっています。したがって、本書は、視覚的にも大変見ごたえのある、居留地と外国人を描いた大変ユニークなビジュアル資料として、展示、研究の双方に活用できる非常に価値ある一冊ではないかと思われます。

見開きに目次があり、本書で描かれる8つのテーマが記されている。
エドワーズによる序文には、返還を目前に控えた居留地の様子とそこに住む外国人への共感とユーモアが感じられる。
1)横浜の商人 (The Merchant at Yokohama.)
2)軽井沢の宣教師 (The Missionary at Karuisawa.)
3)中禅寺の外交官(The Minister at Chiuzenji.)中禅寺湖畔に別荘を有していたアーネスト・サトウあたりがモチーフになっているか。
4)鎌倉のグローブ・トロッター(Globe-trotter at Kamakura.)
5)神戸のジャーナリスト(The Journalist at Kobe.)
山手から見下ろした美しい神戸の街並みと港の風景が描かれている。
6)宮島の画家(The Painter at Miyajima.)
7)京都島原の陸軍大尉(The Captain at Shimabara.)
8)涅槃の大学教授(The Professor in Nirvana.) 仏教研究に傾倒し、Nirvanaと題したちりめん本も作成したポール・ケーラス(Paul Carus, 1852 - 1919)あたりがモチーフとなっているか。
  • 端部にヤケ、シミが見られるが、大判のちりめん本としては非常に良い状態にあると言える。
  • 裏表紙が奥付けとなっている。