書籍目録

『素晴らしき東京:ジェウィット一家とその友人オト(乙)・ナンボー(南方)のさらなる冒険』

グリー

『素晴らしき東京:ジェウィット一家とその友人オト(乙)・ナンボー(南方)のさらなる冒険』

フェノロサへの著者直筆献辞のある刊行前の献呈本 1883年 ボストン刊

Greey, Edward.

THE WONDERFUL CITY OF TOKIO OR Further Adventures of the Jewett Family And their Friend Oto Nambo.

Boston, Lee and Shepard Publishers, 1883. <AB2018165>

Reserved

Dedication copy.

16.0 cm x 22.0 cm, 1 leaf (autograph dedication), pp.[i, ii(Front.), iii(Title.)-xi], xii, xiii, an illustration(not paged), pp.[1], 2-301, Later half calf on marble boards, with original pictorial card covers.

Information

小説仕立てで生き生きと描き出された明治初期の東京と日本、フェノロサへの著者直筆献辞本

 本書は、幕末から明治初期に来日、滞在したイギリス出身のアメリカ人によって著された小説で、東京に滞在しているアメリカ人ジェウィット一家と日本の友人オト・ナンボー(南方乙)が繰り広げる物語を通じて、明治初期の東京を中心とした日本を描き出している大変ユニークな文献です。また、本書は、1878年に御雇外国人として来日し、日本美術の再評価者としてあまりにも著名なフェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa, 1853 - 1908)に著者が直筆の献辞文を添えて刊行前に送ったという大変興味深い一冊です。

 本書の著者グリー(Edward Greey, 1835 - 1888)はイギリス出身でのちにアメリカに帰化した人物で、1855年頃というごく早い時期にイギリスの海軍士官として来日し、以降日本で語学と文化、歴史の習得に6年間を費やしたと言われています。この際、特に日本の美術、陶器に強い関心を持ったようで、幕末に来日した西洋人の中でもこの分野に注目した最初期の人物と言えます。彼は1868年にアメリカに帰化し、ニューヨークを中心に作家としての活動を始める一方で、日本の陶器や美術品を輸入販売するビジネスを展開しており、こうしたごく早い時期から日本の美術や陶器に強い関心を持ち、実際にアメリカへともたらすビジネスも行なっていたことが、フェノロサとの関係に結びついたことは容易に想像できます。本書刊行の前年にグリーによる日本を舞台にした最初の小説『日本のアメリカ青年:ジェウィット一家とその友人オト・ナンボーの冒険(Young Americans in Japan. Boston, 1882.)』は、著者の予想以上に好評を博したようで、すぐさま続編の刊行を期待する声が上がったことから、本書が刊行されることになりました。また、本書も非常に評判が良かったようで、さらなる続編『蝦夷の熊崇拝者と樺太(サハリン)島:ジェウィット一家とその友人オト・ナンボーの冒険(The bear-worshippers of Yezo and the Island of Karafuto(Saghalin)...Boston, 1884.』が翌1884年に刊行され、いわば「オト・ナンボー三部作」として、グリーの代表作となりました。彼は相当の親日家でもあったようで、本書の序文では漢字で自らの名前を「江戸和留度 偶利居」と縦書きで記しています。しかしながら、彼の日本美術に着目したビジネスは時期尚早過ぎたこともあったのか、次第に行き詰まりを見せるようになり、本書をフェノロサに贈った約6年後の1888年10月、自らの手でその人生を閉じました。

 本書は、先述のように、東京に滞在しているアメリカ人ジェウィット一家と日本の友人オト・ナンボー(南方乙)が繰り広げる物語ですが、彼らの物語を通じて、明治初期の東京を中心とした日本の様子を臨場感とリアリティをもって体験できる大変ユニークな内容です。全12章で構成されていて、1月に物語が始まり12月に終えることで、日本の四季を通じた様々な行事や文化を知ることができるようになっています。彼らの「冒険」は、当時の市井の人々に焦点を当てたもので、江戸の面影が色濃く残る明治初期の東京を中心とした民衆の生活の様子が大変生き生きと描かれています。また、非常に多くの挿絵が収録されていることも本書の魅力の一つで、明治日本を象徴する人力車や郵便配達人、新聞配達人、整備途中の鉄道網、東京の火事、火事場で一儲けしようとする商売人、講談師、様々な物作りに秀でた職人たちや商人、農民たち、鯉のぼりや仏像、庭園や、祭りの様子など、当時の人々の暮らしの様子が視覚的にも楽しむことができる内容となっています。舞台は東京、横浜を中心としつつも、名古屋、京都、奈良、伊勢などと日本各地への旅も描かれていて、各地の様子のみならず、道中の様子なども臨場感をもって描かれています。本書で描き出される明治初期の日本社会の様子は、幕末の非常に早い時期に日本に滞在した著者ならではのリアリティとユーモアのある視点から描かれたもので、類似の来日外国人による旅行記や、研究書にはない魅力があります。また、早い時期から日本の美術品や陶器に強い関心を持っていたグリーらしく、挿絵には多くの日本の陶器が描かれており、これらの傾向から見ますと、当時の日本が輸出向けに盛んに作成を奨励していた、豪華な装飾が施された七宝よりは、より伝統的な古い時代の素朴な陶器を評価していたようにも見受けられます。こうした傾向は、ボストン美術館の日本陶器コレクションの礎を築いたモース(Edward Sylvester Morse, 1838 - 1925)の好みと符合するように思われることから、グリーとボストン美術館における日本美術収集との関連性をここにも垣間見ることができるように思えます。

 本書冒頭の余白には、グリーがフェノロサに当てて記した直筆の献辞が記されており、そこには「この素晴らしき東京に滞在するマスター狩野フェノロサへ、親愛なる友人エドワード・グリーより。1882年10月23日ニューヨークにて」とあります。この1882年というのは、哲学教授として招聘されたフェノロサが本格的に日本美術の関わりを深めていくことになった年で、特に狩野派に傾倒したフェノロサは「狩野永探理信」という画名を名乗ることすら許されました。グリーが献辞に Mast. Kano Fenollosa と記したのは、このことを踏まえてのことであろうと思われます。この献辞文は、本書が刊行される1883年より前となる日付が記されていますので、グリーは正式な刊行前にフェノロサに試刷版の状態で本書を贈ったようです。このことからもグリーとフェノロサの関係性の強さが伺え、またフェノロサの日本美術の再評価、収集活動にグリーの影響が相当あったのではないかと思われますが、これまで両者の関係はあまり注目されたことがないようです。

 なお、本書はフェノロサによるものかどうかはわかりませんが、後年に原著の表紙を綴じ込んだ上で美しい半革装丁が施されています。その際の製本ミスと思われますが、綴じ込まれている原著の裏表紙は本来の本書のものではなく、続編の『蝦夷の熊崇拝者と樺太(サハリン)島:ジェウィット一家とその友人オト・ナンボーの冒険』の裏表紙となってしまっています。

 本書は、日本に深い関心を寄せ、早くから日本美術に関心を示したアメリカ人による物語作品として、明治初期の東京を中心とした人々の暮らしを生き生きと描き出しているだけでなく、フェノロサとの強い関係を示唆する直筆献辞文があることからも、研究、展示資料として大変高い価値を有しているものと思われます。

本書はフェノロサによるものかどうかは不明だが、後年に原著の表紙を綴じ込んだ上で美しい半革装丁が施されていて、内部にオリジナルの表紙が綴じ込まれている。
グリーがフェノロサに当てて記した直筆の献辞。「この素晴らしき東京に滞在するマスター狩野フェノロサへ、親愛なる友人エドワード・グリーから1882年10月23日ニューヨークより」とある。フェノロサは「狩野永探理信」という画名を名乗ることすら許されました。グリーが献辞に Mast. Kano Fenollosa と記したのは、このことを踏まえてのことと思われる。
タイトルページ。1883年にボストンで刊行されており、上掲の献辞が記されたのが、正式な刊行以前であることがわかる。
序文。漢字で自らの名前を「江戸和留度 偶利居」と縦書きで記している。
目次。全12章で構成されていて、1月に物語が始まり12月に終えることで、日本の四季を通じた様々な行事や文化を知ることができるようになっている。
本文冒頭箇所。タイトルページにも記されているように169枚もの挿絵が収録されている。グリーによると日本の絵師に全ての挿絵を依頼していたのだが、完成に時間がかかりすぎて間に合わなかったので、他の著作から一部拝借している。上掲は、ジェウィット一家の東京の邸玄関を描いたもの。
東京で起きた火事の中を駆ける人力車と非難する人々。
口紅を塗る女性
東京の新聞配達人
羽子板を売る商人
飴細工を売る商人
東京の銀行
東京近郊の水田でモミを巻く農夫たち
楽茶陶器。陶器はグリーが深い関心を寄せた日本美術の一つであっただけに力が入っているように見受けられる。
瀬戸の陶器でできた香炉
鯉のぼり
昇り龍
オリジナルの表紙はユニークなデザインで、「エドワルド グリー」とカタカナで著者名が記されている。
オリジナルの裏表紙は、現在の装丁を施された際のミスと思われるが、グリーの本書に続く自作の裏表紙が綴じ込まれてしまっている。
小口も美しく染められていて状態は非常に良い。