書籍目録

『最新のアジア学 (最新世界地理読本、第12巻、アジアの部第3巻)(中国・朝鮮・日本ほか)』

リンドナー / (エールマン)

『最新のアジア学 (最新世界地理読本、第12巻、アジアの部第3巻)(中国・朝鮮・日本ほか)』

1811 / 1812年 ワイマール刊

Lindner, Friedrich Ludwig / (Ehrmann, Theophil Friedrich).

Neueste Kunde von Asien. (Neueste Länder=und Völkerkunde. Ein geographisches Lesebuch. Zwölfter Band. Asien.)

Weimar, Verlage des geographischen Instituts, 1811 / 1812. <AB2018136>

Sold

8vo (11.5 cm x 19.5 cm), A folding map, pp.[1(General Title.), 2], pp.[I(Title.)-III], IV-VI, pp.[3-5], 6-585, folded maps: [2], numbered folded plates: [16], Contemporary three-quarter calf.
タイトルページ旧蔵機関の押印あり。一部封切りされていない箇所あり。三方は赤く染められている。

Information

19世紀初頭のワイマールで刊行された最新世界地理学叢書で紹介された日本

 本書は、当時最新の知見に基づいて作成された「最新世界地理学読本(Neueste Länder und Völkerkunde)」叢書の第12巻として刊行されたもので、日本を含む中国、朝鮮、フィリピンなど、現在の東アジア、東南アジア地域・各国を紹介したものです。

 「最新世界地理学読本」は、ワイマールを拠点に活躍した地理学者であったエールマン(Theophil Friedrich Ehrman, 1762 - 1811)が始めた企画で、イエナ大学の哲学者にしてジャーナリストであったリンドナー(Friedrich Ludwig Lindner, 1772 - 1845)がそれを引き継いで完成させた全22巻からなる壮大な叢書です。当時ヨーロッパで入手し得た最新の文献を駆使して編纂されたもので、現在では、当時の世界地理、民族についてのヨーロッパの知識水準を知ることができる資料でもあります。全体の構成は、下記の通りです。

第1巻(1806年)
導入部、ヨーロッパ全般、ポルトガル、スペイン。

第2巻(1806年)
フランス

第3巻(1807年)
ロシア

第4巻(1807年)
デンマーク、ノルウェー、スウェーデン

第5巻(1808年)
スイス、イタリア

第6巻(1808年)
オランダ、ヴェストファーレン王国(フランスの実質的な衛星国として、現在のドイツの一部に1807年から13年にかけて存在した国)

第7巻(1809年)
大英帝国とアイルランド

第8巻(1809年)
アフリカ全般、北部アフリカ、中央アフリカ

第9巻(1810年)
南部アフリカ、アフリカ近隣諸島地域

第10巻(1810/11年)
アジア第1巻:アジア全般、西部アジア、中央アジア

第11巻(1811年)
アジア第2巻:南部アジア

第12巻(1811/12年)(本書)
アジア第3巻:東南アジア、東アジア(中国、日本など含む)

第13巻(1812年)
バイエルン王国

第14巻(1812年)
ヨーロッパトルコ

第15巻(1813年)
オーストリア

第16巻(1814年)
オーストラリア

第17巻(1814年)
アメリカ第1巻:アメリカ全般、北部アメリカ

第18巻(1815年)
アメリカ第2巻:アメリカ全般、南部アメリカ

第19巻(1815年)
ハノーヴァー王国(ウィーン会議(1814年)成立)

第20巻(1819年)
ザクセン王国(1806年成立)

第21巻(1820年)
プロイセン王国

第22巻(1821/23年)
メクレン大公国、ヘッセン選帝侯国、ヘッセン=ダルムシュタット

 上記の通り、ヨーロッパを中心に据えつつも、アフリカ、アジア、南北アメリカについても知りうる限りの知識を結集させて編纂されていることが伺えます。また、ヨーロッパについては、現在のドイツにあたる諸地域は、当時領邦国家が乱立しており、またナポレオン戦争の影響もあって目まぐるしく情勢が変化していたことを受けて、ワイマールでのドイツ語出版企画でありながらも、最終巻近くになるまで対象とした巻が出されなかったこともわかります。

  • 全体のタイトルページ。
  • 続いて収録されているタイトルページ。刊行年が異なっている。本書は各章単位で細かく分売もされたようで書誌情報が複雑である。

 このうち、アジア地域については、第10巻から第12巻にかけて集中的に扱われており、「アジア部全3巻」として、特に力を入れて論じられています。本書は、全体の第12巻にして、アジア部第3巻にあたるもので、主に現在の東南アジア、東アジア諸地域を対象としており、ここに日本についての詳細な記述を見ることができます。

 本書の主要な対象地域を見てみますと、アジア島嶼部、フィリピン、中国、ブハラ・ハン国、モンゴル、朝鮮、琉球諸島、チベット、日本、蝦夷とサハリン、となっています。琉球諸島については、382頁から384頁にかけて、日本については、425頁から480頁にかけて、蝦夷、サハリンについては481頁から504頁にかけてと、かなりの紙幅を割いて論じられています。

日本について論じた章冒頭箇所。

 日本を論じた章は、全部で12項で構成されています。概論、名称、地理的範囲、歴史(第1項)、気候、植生、自然状況(第2項)といった概論の後に続いて、生産物についての詳細な解説が、当時最新の日本研究者の一人でもあったツンベルク(Carl Peter Tuhunberg, 1743 - 1828)による著作を参照しながら紹介されています(第3項)。続く、日本に暮らす人々の解説についてもツンベルクを参照しながら、その人口数、人種的特徴、気性などを説明しています(第4項)。また、人々の生活様式、衣類、住居(第5項)、道徳、生活文化(第6項)といった庶民の暮らしぶりにも関心を寄せており、七夕(Tanabatta)など、季節行事についても言及しています。産業(第7項)、商業(第8項)、文化、芸術、学問(第9項)、宗教(第10項)についても関心が高く、かなりの紙幅を割いて紹介しています。統治機構(第12項)の紹介では、日本は68国で構成されていることや、世俗の権力者である将軍(公方、Kubo)がいる一方で、天皇(内裏、Dairi)という古くからの権威が並存していることを紹介してます。最後には日本各地の主要都市の紹介(第12項)がなされており、本州(日本、Nipon, Nifon)の主要都市として、江戸(Jedo)、京都(都、京、Miako, Kio)、大坂(Osakka)などの概要が説明されています。また九州(Kiusiu, 下、Ximo)の主要都市としては、長崎(Nangasaki, Nagasaki)を挙げ、四国(Insel Sikokf, Xikoke)、そして五島列島(Gotto)と平戸島(Insel Firando)を論じています。

 内容からも推察できるように、著者はツンベルクやケンペル(Engelbert Kämpfer, 1651 - 1716)といったオランダ商館関係者による最新、あるいは権威あるとみなされていた日本研究を参照する一方で、第12項から推察できるように、それ以前のイエズス会士による日本年報や殉教録といった文献も参照して、独自の視点から日本についての概観を描き出そうとしていることがわかります。

ヴォーゴンディーの日本図を範にして、本書のために新たに作成された日本地図。
中国を中心としたにアジア全図。
バタヴィア市街。
チベット、ラサのポタラ宮。
中国の伝統衣装。
日本の伝統衣装。モンタヌスに範をとりつつも、イエズス会系著作も参照しているように見える。
ブロートンの著作からほぼそのまま転用したと思われるアイヌ人図。

 また、本書の資料的価値を高める特徴として、豊富な挿絵と地図が含まれていることが挙げられます。挿絵についても、先行する他の文献を参照しながら、そのまま転用しているものもあれば、独自に再編集して掲載しているものもあるようです。日本については、17世紀下旬に視覚的な日本像の定型を生み出したモンタヌス(Arnoldus Montanus, 1625 - 1683)の系譜につならなる「日本の民族衣装図」が収録されている他、蝦夷の部では、サハリンや北海道沿岸地域を測量したブロートン(william Robert Broughton, 1762 - 1821)の著作から転用したものと思われるアイヌ人の挿絵が収録されています。また、中国を中心としたアジア全図に加えて、日本地図も収録されています。この地図は、ケンペルの著作に由来する系統に属するものですが、本州北端部分の輪郭をより正確なものに改善したフランスの地図製作者ヴォーゴンディー(Robert de Vaugondy, 1723 - 1786)による日本地図(L'EMPIRE DU JAPON. 1750)を範に採ったものです。日本を大きく7地域に分け、さらに個別の国(藩)名を明記しており、本書のテキスト内容と符合することができるように、新たに作成されたものと思われます。

日本の章についての参考文献一覧。地図、歴史など分野ごとに区切って参照文献を掲載しており、当時の日本知識の情報源を知ることができる貴重なもの。

 さらに、本書の資料的価値を高めるもう一つの特徴として、巻末に参考文献一覧が掲載されていることが挙げられます。本書で取り扱った地域、国を章ごとに分けて、それぞれの章で用いられた主要な文献が掲載されています。日本の章については、上述したようなツンベルクやケンペル、モンタヌスの著作を見ることができる一方で、イエズス会宣教師の報告書も数多く挙げられており、本書の著者、引いては当時のヨーロッパの知識階級における日本情報の情報源をたどることができる大変興味深いものです。
 

刊行当時のものと思われる装丁。

 本書は全22巻という長大な企画であったことも災いしてか、これまで日本で紹介されたことは、ほとんどなかったようですが、テキストの独創性や図版、地図を収録しているといった点に鑑みても、看過し得ない日本研究文献ということができるのではないかと思われます。