書籍目録

『日本の日々』

ジュリア・カロザース (長谷川武次郎・西宮興作)

『日本の日々』

第3版 1925(大正14)年 東京刊

Carrothers, Julia D.

JAPAN'S YEAR: Illustrated by Japanese Artists.

Tokyo, Kami Negishi, Nishinomiya & Hasegawa, Inc, 明治三十八年六月廿日第一版発行 大正十四年五月十五日第三版印刷 同年六月廿日発行. <AB201727>

¥183,600

Third edition.

24.7 cm x 18.1 cm. printed on folded high quality Japanese paper sheets, pp. 74: Crepe paper plates [3], Bound in Japanese style. Housed in contemporary ? Japanese folding case.
ほぼ未使用の最良の状態。当時?のものと思われる専用の帙が付属。

Information

日本の四季を最良の奉書紙とちりめん絵とで綴る長谷川渾身の力作

 ちりめん本で有名な長谷川武次郎が、最初に英語を学んだジュリア・カロザース(Julia D. Carrothers, 1845 - 1914)による日本の月々の四季の移り変わりと生活文化とを描いたテキストに、美しい挿絵をふんだんに配した書物です。一般に奉書紙と呼ばれる、長谷川がちりめん本と同じく非常に重視した極めて上質の和紙が用いられ、3枚のちりめん紙の挿絵も挿入されており、ジュリアが描いた日本の四季が目に浮かんでくるような、美しい書物に仕上げられています。

 ジュリアと長谷川武次郎との関係は非常に長く、16歳の武次郎が、ジュリアとその夫で宣教師であったクリストファーが築地の居留地で開いていたミッション・スクールに1870年に学んでから、二人の交流が始まりました。クリストファーがのちの明治学院の前身となる男子校を設立する一方で、ジュリアは1873年に女子教育のためのミッション・スクールを自身で設立し、体調の悪化による帰国を余儀なくされる1877年まで教育と布教とに力を尽くしました。ジュリアと、出版社としての武次郎とを再び結びつけたのは、アメリカ長老派の宣教師で、長谷川のちりめん本翻訳協力者としても有名なタムソン(David Thompson, 1835 - 1915)と言われています。アメリカに帰国後もジュリアは宣教活動に精力的に取り組みながら、日本滞在の経験をまとめた『日出る王国(The Sunrise Kingdom; or, Life and Scenes in Japan, and Woman's Work for Woman There, 1879)』や、『袈裟と才次郎 (Kesa ad Saijiro; or Lights and Shades of Life in Japan, 1888)』などの作品を発表しています。アメリカ帰国後も武次郎とジュリアとの関係は継続していたようで、武次郎からちりめん本「日本の昔噺」シリーズがセットで贈られてることが、二人の間で交わされた書簡で確認されています。ジュリアは、武次郎による美しい挿絵と自身のテキストとを合わせて書物を生み出すことを思い立ち、原稿を携えて1903年に再び来日、原稿を受け取った武次郎は1年以上の月日を費やして(その間ジュリアから再三早く刊行するよう催促する書簡が送られていたことも確認されています)、本書『日本の日々』の初版を1905(明治38)年に完成させたのでした。

 ジュリアによるテキストは、12ヶ月それぞれの日本の四季と生活風景を描いたもので、一月を一章立てにして、英語圏の読者に紹介する構成をとっています。武次郎は、このテキストの内容に合わせて意匠を凝らした挿絵を配置して、テキストと挿絵とが一体になって、ジュリアが描こうとした情景が読者に伝わるように書物を作り上げています。挿絵のいくつかは1901(明治34)年に刊行された『日本の愛すべき花々(The Favorite Flowers of Japan)』など先行する作品からとってきたものですが、それらも単なる再録ではなく、テキストとの配置、構成を十分に計算して配置したと思われ、武次郎ならではの審美眼が存分に活かされています。

 本書は奥付にあるように、1925(大正14)年に発行された第3版とされているもので、表紙には紅葉の舞い散る様を銀箔を交えて表現した布地があしらわれています。縦25センチ弱、横18センチ強で、74ページと、長谷川の作品の中でも大型でボリュームのある書物のため、制作にはおそらく相当のコストがかかっていると思われますが、そのせいか印刷部数はそれほど多くなかったようです。また、特徴的な布地の表紙も様々なヴァリエーションがあることが分かっており、尾形光琳をモチーフにしたと思しき燕子花を描いたものや、菊花をあしらったものがあるほか、同じ絵柄でも一点一点配置が異なっていることから、全く同じものが存在しないほどではないかと思われます。こうしたことは、長谷川の他の作品ではあまり見られません。

 なお、この書物には、当時作成された(ただし長谷川自身によるものかどうかは不明)と思われる保存用の帙(ちつ)が付属しており、背には書物と同じ字体でタイトルが描かれています。帙に保存されていたこともあってか、ほとんど痛みが見られず、つい先日に出来上がったばかりかのような素晴らしいコンディションです。

保存用の帙が付属、背には書物と同じ字体でタイトルが描かれている。
左は最初のちりめん絵
2枚目のちりめん絵
3枚目のちりめん絵