書籍目録

風刺雑誌『トバエ』第68号

ビゴー

風刺雑誌『トバエ』第68号

1889年 横浜刊

Bigot, G(eorges). F(erdinand).

TÔBAÉ: JOURNAL SATIRIQUE. 3me ANNÉE. NUMERO 68. DEUX NUMÉROS PAR MOIS.

Yokohama, S'abonne au Club Hotel, 15 NOVEMBRE, (stricken out by pencil and written Decembre). <AB2018101>

Reserved

24.5 cm x 33.6 cm, 8 leaves including title covers, Original paper wrappers tied.

Information

明治期の傑出した外国人風刺画家ビゴーによる雑誌『トバエ』の最後期号

「ビゴー作品の中で最も知られているものは中学・高校用歴史教科書でおなじみの「漁夫の利」「猿まね」「ノルマントン号事件」などの時局諷刺画である。したがって、ビゴーは漫画家というイメージが強い。
 子供の頃からドーミエ、ガバルニ、スタンランなどの絵を見て育ったビゴーだが、来日前に諷刺画を描いた形跡はない。それが、来日によって諷刺の眼を開くのは、イギリス人チャールズ・ワーグマンの『ジャパン・パンチ』を見てからではないか。日本で外国人画家が生活していく上で、漫画雑誌の発行が商売になると知ったビゴーは、漫画の才能を発揮していくのである。その最高傑作が時局諷刺雑誌『トバエ』であろう。この雑誌は中江兆民ら仏学塾関係者の協力を得て日本文キャプションを漫画に入れる。それにより、ジャーナリストや自由党員などに影響を与えるのである。そのため、ビゴーは治安警察に監視され、住居を麹町から向島へ移すほどだった。『トバエ』は自由民権期に刊行されたことで、ビゴー発行の諷刺雑誌の中で最も鋭い風刺漫画を生み出した雑誌となった。」
(川崎市民ミュージアム、伊丹市立美術館編『明治の面影・フラン人画家ビゴーの世界』2002年、41頁より)

「1860年にパリで生まれたジョルジュ・ビゴー(Georges Bigot, 1860-1927)は、11歳で祖国が普仏戦争に敗れたことを知り、パリ・コミューンを目撃し、市内にあふれた風刺新聞や風刺画入りビラを見て、漫画・風刺画の何たるかを学ぶ。そして、11歳で難関の国立美術学校(エコール・デ・ボザール)に入学する。ビゴーはパリ・コミューンに大きく関わったクールベから写実主義や反カトリックの思想を学び、ドーミエらから風刺画の技法を学び、ユゴーから共和主義の理念を学ぶ。16歳で美術学校を中退して挿絵画家となり、画家・文化人の出入りするサロンでジャポニズムの洗礼を受ける。そして、浮世絵をはじめとする日本美術に関心を強め、1881年、日本に気を決行する。
 現代の小中高用社会科・歴史教科書の近代史の章で、明治社会のイメージを端的に簡潔に説明する図版としてG・ビゴーの風刺画作品がしばしば使われている。(中略)このように明治のイメージを日本人に示したビゴー作品の多くは彼の主宰誌『トバエ』(1−69号、明治20−22年)に掲載されたものであった。
 『トバエ』全号を見ることは現在では不可能に近い。とくに後半部は希少である。」
(清水勲『ビゴー『トバエ』全素描集–風刺画のなかの明治日本』、岩波書店、2017年、はしがきより)

「読者へのお知らせ
 1890年1月1日より『トバエ』は月1回のみの発行となります。各号はクレヨン・リトグラフで製作され、これまでより2枚図版が増えます。『トバエ』編集部は数多く購読者にご満足いただくために、どのような犠牲もいとわず、選り抜きのスタッフを雇い入れました。本文は以後活版印刷になります!!!! これも初めてのことですが広告を掲載します。ただし無料ではありません……
 6か月契約の方にはもれなく無料で素敵な似顔絵を描いて差し上げます。またご希望により『トバエ』5号分を差し上げます。お友達や知人の方に何部かをお送りになってはいかがでしょう……
 1部1円、3か月3円、6か月6円、1年12年」
(清水前掲書273頁より)

「繭玉は状態がいいかな?」(前掲書274頁)
「横浜〈居留地〉三番、ウィルキン・ロビンソン商会のF・バランヌ(Varenne)像か。リヨンに送る繭(生糸の原料)の品質を検査している。袋には二級品、リヨン、低品質、一級品などの文字が見える。「The Hog」は食用豚」(前掲書363頁)

「彼が「オネテデメレ」という時、滑稽で全くおかしい(壁の貼紙:オークション)(前掲書275頁)
「このイギリス人雑貨商の発音をからかっている。彼は日本人も参加できるオークションを切りもりしている。」(前掲書363頁)

「エッフェル塔のファン(壁の貼紙:第4回エッフェル塔昇降証明書)」(前掲書275頁)
「1889年完成の
エッフェル塔は在日フランス人の話題の中心だったことがわかる。「昇降証明書」には建設省エッフェルのサインが入っている。」(前掲書363頁)

「勝利者ネムロド、今晩はどんな宴会か」(前掲書275頁)
「収穫があって鼻高々の”ネムロド”氏。居留地の男性にとって狩猟は人気の趣味。銅版画集『おはよ』(明治16年刊)の巻末には19コマの影絵漫画「狩猟」が描かれている。(前掲書363頁)