書籍目録

『日本と日本人:最も確実で信頼に足る情報から多くの挿絵を交えて』

ワッツ

『日本と日本人:最も確実で信頼に足る情報から多くの挿絵を交えて』

1852年 ニューヨーク刊

Watts, Talbot.

JAPAN AND THE JAPANESE: FROM THE MOST AUTHENTIC AND RELIABLE SOURCES; with Illustrations OF THEIR MANNERS, COSTUMES, RELIGIOUS CEREMONIES, &c.

New York, J.P. Neagle, 1852. <AB201839>

Sold

13.0 cm x 20.7 cm, Front., Title,pp.[i(Dedication)-iii], iv, [5], 6-184 Plates: [11], Contemporary cloth boards.
旧所蔵者が改装したと思われるクロス装丁に痛みあり。タイトルページに刊行当時の旧所蔵者による書き込みあり。一部水染みあるが本文への影響はなし。献辞ページ上部に破れあるが、余白部分のためテキストに影響なし。

Information

ペリー遠征隊派遣を契機にアメリカで刊行された「最新日本情報集」

 ペリー(Matthew Calbraith Perry, 1794-1858)による日本遠征隊派遣が1852年にアメリカで決定されると、日本への関心が急速に高まることになりましたが、その一方でアメリカの一般的な人々の間における日本についての認識や理解は極めて貧弱なものでしかありませんでした。こうしたことを背景に、日本への遠征隊派遣のニュースや日本に関する情報をまとめた新聞や雑誌、そして書物が生み出されることになります。本書は、こうした書物を代表するもので、ペリー自身が出発にあたってその目を通したと言われる文献です。

 本書の著者であるワッツ(Talbot Watts)について詳細は不明ですが、序文において日本についての情報を提供している同時代の文献名を数多く列挙しているところを見ると、それなりの教養と日本に対する知識を有していた人物であることが伺えます。本書は、同時代の文献を元にして、日本に関する基本情報をワッツ自身がまとめた記事(61ページまで)と、同時代の文献から日本に関する記事をそのまま抜粋して再録した記事からなります。前者では、オランダ経由の情報を中心に、日本の地理、歴史、統治機構、日蘭貿易、風習、文化、宗教などが、概括して説明しされています。また、後者は次のような文献から採られています。

1)「日本列島(Japanese Islands)」 Malte Brun's Geography, 3 vols., 4to. Boston: 1836より(63-96頁)
2)「日本について(Of Japan)」Wonders of Nature and Art. By the Rev. Thos. Smith...14 vols. Philadelphia: 1806より (97-120頁)
3)「日本帝国(Empire of Japan)」Goodrich's Pictorial Geography (of the World. Boston; 引用者追記)より(121-135頁)
4)「日本の帝国(The Japanese Empire)」Memoirs of a Captivity in Japan, by Captain Golownin, of the Russian Navyより(137-157頁)
5)「日本の歴史的素描(Historical Sketch of Japan)」 the New York Sunより(159-166頁)
6)「日本帝国(The Empire of Japan)」the National Intelligencerより(167-170頁)
7)「日本への遠征(The Japanese Expedition)」the Correspondent of the New York Heraldより(171-174頁)
8)「日本への遠征(The Japanese Expedition)」Gleason's Pictorial, May 15より(175頁)
9)「ヨーロッパの視点から見た(アメリカの)日本への遠征(The Japanese Expedition, in a European Point of View)」La Patrie, of Paris, April 1からの翻訳(176-178頁)
10)「東方における星条旗(The "Stripes and Stars" in the East)」the Dublin Nation, April 3より(178-180頁)
11)「日本へのアメリカの遠征(The American Expedition to Japan)」the London Examiner, April 17より(180-182頁)
12)「オランダのフリゲート艦オラニエ公-日本への遠征に関するニュース(The Dutch Frigate-The Prince of Orage. Her Visiters-News fro the Japanese Expedition, etc.)」the New York Herald, May 21, 1852より(183-184頁)
13)表題なし、日本への遠征と日食が意味することについての占星術の記事Zadkiel's Almanac, Lond., 1852-p.39より(184頁)

 著者が実に多彩な情報源から日本についての知見を読者に提供しようとしたことが伺えますが、これらの記述は同時に当時のアメリカ人が入手し得た日本に関する情報とその出所を知ることができるものでもあります。1)から3)までは、当時のアメリカでよく読まれていたいわゆる百科事典や地理学辞典から日本についての項目部分を抜き出したものです。4)は、1811年に日本に拘留されたゴロウニン(Vasilii Mikhailovich Golovnin, 1776 - 1831)が帰国後に著した『日本幽囚記』の英訳本からの抜粋です。5)から8)は著名なアメリカ国内の雑誌や新聞に掲載された記事で、7)にはウェブスター国務長官からオーリック、ペリーへの指令書といった公文書、オランダ高官からアメリカにもたらされた日本についての情報なども掲載しています。特に興味深いのは9)から11)で、これらはフランスやイギリス、アイルランドの新聞に掲載された、アメリカによる日本遠征隊に関する記事を集めたものです。自国内における視点だけでなく、ヨーロッパから見たアメリカの遠征隊派遣に対する同時代の見解にも気を配って著者が本書に収録している点は、当時のアメリカ世論のあり方を考える上でも極めて重要です。また、12)は、当時アメリカに寄港したオランダ軍艦についての記事ですが、その中で日本遠征についても言及されています。ユニークなのは最後の13)で、占星術の観点から日本遠征について論じた記事を掲載しています。Zadkielというのはモリソン(Richard James Morrison, 1795 - 1874)のペンネームで、彼が1831年から毎年刊行していた占星術に基づくアルマナックは、当時イギリスを中心に多くの読者を獲得していたことから、本書にもこの記事が転載されたものと思われます。

 口絵を含めて12枚収録されている銅版画は、全て、モンタヌス(Arnoldus Montanus, 1625 – 1683)が1669年に刊行した『東インド会社遣日使節紀行(Gedenkwaerdige Gesantschappen der Oost-Indische Maetschappy aen de Kaiseren van Japan)』を範にしています。いずれも荒唐無稽に見える日本を描いたとする図版ですが、モンタヌスのこれらの図版は17世紀以降、多くの著作に転載されており、いわば欧米における標準的な日本像の地位を獲得していました。ケンペルをはじめとしたより信頼性の高い図版が登場してもなお、その地位は揺るぎませんでしたので、ワッツは、その真偽はともかくとして、「標準的な日本像」として、本書にもモンタヌス由来の図版を採用したものと思われます。

 また、本書の冒頭にはフィルモア大統領に寄せた献辞が掲載されており、日本遠征を決断した大統領に対する賛辞が述べられています。

 本書がもたらす日本についての情報は、現在の目から見ると奇異なものも多々ありますが、それも含めて、日本遠征隊派遣決定当時のアメリカにおける日本情報の受容の容態を如実に表したものとして、歴史的な価値が大変高いものと思われます。


口絵とタイトルページ。
フィルモア大統領への献辞
テキスト冒頭部分。ワッツ自身の記事。
10枚以上収録されている図版は、全て刊行当時から200年近く前のモンタヌスの著作に由来するもの。荒唐無稽にも思えるが、長らく標準的な日本像として人気があり、商業的な観点もあってこのタイプの図版を採用したと思われる。
「日本列島(Japanese Islands)」 Malte Brun's Geography, 3 vols., 4to. Boston: 1836より抜粋した記事。
「ヨーロッパの視点から見た(アメリカの)日本への遠征(The Japanese Expedition, in a European Point of View)」La Patrie, of Paris, April 1からの翻訳記事。ヨーロッパがどのように日本遠征隊派遣決定を見ていたのかにも注意を払っていたことがわかる。
同時代に改装されたと思われる簡易クロス装丁で水染みや痛みもあるが、全体の状態はそれほど悪くない。
見返し部分は地理学書の端切れページを用いている。