書籍目録

『東京生活素描』

井上十吉

『東京生活素描』

1895年 横浜刊

井上十吉

SKETCHES OF TOKYO LIFE. PROFUSELY ILLUSTRATED.

Yokohama.(横濱市), TORANDO, 明治廿八年十一月十三日印刷 明治廿八年十一月十六日發行. <AB201837>

Reserved

15.5 cm x 22.0 cm, Folding Front. with tissue guard, Title, 1 leaf(Contents, List of Illustrations), pp.[i], ii, iii, [1], 2-103, 1 leaf (Colophon), double pages colored plates: [4], Bound in Japanese style, silk tied.

Information

変わりゆく東京で変わらないものを描こうとした一人の当事者の見た東京人

 本書の著者である井上十吉(1862 - 1929)は、徳島の出身で、旧藩主である蜂須賀茂韶(1846 - 1918)の命を受け1873(明治6)年から10年あまりイギリスに留学し、帰国後は英語教師、翻訳官として活躍した人物で、英語教育教材、辞典の著述、編纂で知られています。特に、『井上英和大辞典』(1915年)、『井上和英大辞典』(1921年)は、当時の日本人による英語辞典の最高峰の一つとして数えられています。また、英文での著作や日本文学の英訳作品も数多く著しています。
 
 本書は、井上による英文著作で、その名の通り、東京を中心とした当時の日本の人々の日常生活を描いているものです。和本作りの大変美しい装丁で、多色木版刷で作成された口絵と見開き図版4枚に加え、本文中にも数多くの木版図版を採用しており、視覚的にも大変楽しめる著作となっています。

 序文において、井上は、東京は徳川家康の江戸幕府に始まり、先の維新によって改名され新たな首都として定められたというごく簡単な東京の歴史に簡単に触れながら、世界中でも現在の東京ほど、封建制からヨーロッパの近代生活へと劇的に移行しつつある都市は存在しないであろうと述べます。井上は、今般の劇的な移行は時に非難を受けることがあるとしつつも、この批判は的を射たものではなく、日本は歴史的にも常に折衷主義を重んじ、その独自性を維持しながら、他国の文明を積極的に摂取してきた社会であることを強調します。そして、この劇的な変化にあっても変わらない精神は、今なお日本の至る所で見ることができ流とし、本書では、それらを具現化しているような、東京の特徴的な数々の職業(と職業人)、それらに関連する人々の生活を紹介することを述べています。こうした序文の内容からは、井上が、本書を単なる懐古主義的な外国人向けの土産絵本としてではなく、自身の文明観、歴史観に基づいて自国の文化的現状の実態を海外に向けて発信しようとした書物として意図していたことが伺えます。

 本文は全7章からなり、第1章「噺家と寄席、浄瑠璃太夫と座」、第2章「役者と舞台」、第3章「力士と土俵」、第4章「芸者」、第5章「吉凶占いと様々な占師」、第6章「火事と火消し」、第7章「人力車夫とその乗り物」という章題を掲げています。いずれも来日した外国人の関心が高かったトピックですが、それらを井上が考える日本文化の伝統に深く根ざした現代の東京の職業として、独自の視点で紹介している点が大変興味深い点です。本書が英文で著されていることからも推察できるように、本書は、外国人に特に関心の高かった東京の生活、職業に関するトピックについて、井上自身の視点から直接英文で発信しようとするはっきりとした意図を見てとることができます。

 井上による類似の著作としては、1910年頃に刊行された『東京の家庭生活(Home Life in Tokyo)』がよく知られていますが、それに対して、その15年前に刊行された本書はその発行部数がそれほど多くなかったのか、これまでほとんど研究上でも言及されたことがないように見受けられます。英学者としての井上十吉の比較的初期の著作活動を知るための、そして当時の劇的に変わりゆく東京の日常生活を一人の当事者がどのように捉えていたのかを知るための大変貴重な資料として、本書はテキスト、美しい図版双方において存分に活用することができるものと言えましょう。

表紙、和装仕立ての美しい造本。
見返し。
口絵には、本書で扱われる7つのテーマ( 第1章「噺家と寄席、浄瑠璃太夫と座」、第2章「役者と舞台」、第3章「力士と土俵」、第4章「芸者」、第5章「吉凶占いと様々な占師」、第6章「火事と火消し」、第7章「人力車夫とその乗り物」)描かれている。
タイトルページ。
目次。
収録図版一覧。本文中にも多数の図版が掲載されている。
第1章「噺家と寄席、浄瑠璃太夫と座」の冒頭部分。
第1章末尾に収録される見開き図版。
第2章「役者と舞台」の冒頭部分。
第2章末尾に収録される見開き図版。
第3章「力士と土俵」の冒頭部分。
第4章「芸者」の冒頭部分。
第4章末尾に収録される見開き図版。
第5章「吉凶占いと様々な占師」の冒頭部分。
第6章「火事と火消し」の冒頭部分。
第6章末尾に収録される見開き図版。
第7章「人力車夫とその乗り物」
和文奥付。
裏の見返し。
裏表紙、表表紙と繋げて1枚の絵となる構図がとられている。