書籍目録

『列福されるアントワープのルイス・フローレスの生涯と殉教の物語』

(マセッティ?)/(平山常陳船捕縛事件)

『列福されるアントワープのルイス・フローレスの生涯と殉教の物語』

1867年 メヘレン(マリーヌ)刊

Masetti, Pére ?

HISTOIRE DE LA VIE ET DU MARTYRE DU BIENHEUREUX LOUIS FLORÉS D'ANVERS,...Traduite de l'italien du trés-révérend Pére MASETTI,...

Malines, E. - F. Van Velsen, 1867. <AB201824>

Reserved

11.5 cm x 19. 5 cm, pp.[I(Half Title), II], Front, pp.[III(Title)-V], VI-VIII, [1], 2-78, Original paper wrappers.

Information

「平山常陳船捕縛事件」で処刑されたルイス・フローレスの列福を契機に刊行された伝記

本書は、1622年に長崎で処刑されたドミニコ会のルイス・フローレス(Louis Florés, 1563? - 1622)についての伝記で、1867年に彼が列福されたことを契機にフランス語で1867年に,ベルギーのメヘレンで刊行されたものです。この1867年の列福というのは、教皇ピウス9世によって日本での殉教者205名が列福されたもので、その中にルイス・フローレスも含まれていたのでした。なおこの列福の直後、幕末期のキリスト教弾圧として名高い「浦上四番崩れ」が起きています。

 ルイス・フローレスは、1620年にドミニコ会士の神父として、平山常陳を船主とする日本船にアウグスティの会の神父ズニガ(Pedro de Zuñiga, ? - 1622)と、民間のスペイン人2人と共に乗り込み、長崎へと向かいました。当時の日本はすでにキリスト教弾圧が非常に厳しくなっており、神父の立場で日本に入国することは死を意味していましたので、神父であることは平山以外には隠しての密航でした。しかし、その航路においてヨーロッパでスペインと交戦中であったイギリス船に拿捕されてしまい、平戸へと連行されてしまいます。平戸でフローレスとズニガは長崎奉行長谷川権六と平戸班によって取り調べられ、またイギリスと当時同盟関係にあったオランダ人からも拷問を受けたと伝えられています。度重なる尋問にも関わらず、ズニガとフローレスは自身が神父であることを決して認めようとしませんでしたが、同船していた日本人をかばうためにズニガとフローレスは遂に自らが神父であることを認め、1622年8月に長崎西坂刑場にて平山常陳と共に火刑に処せられました。

 本書のテキスト本文は、タイトルの表記によりますと、マセッティ(MASETTI)によってイタリア語で著された著作の翻訳であるとされていますが、このマセッティの原著がどういったタイトルだったのか、店主には特定できませんでした。Tomasso Masettiという人物が1868年に本書によく似た日本の殉教者の列福に関する著作をイタリア語で刊行していますので、この人物による何らかの著作を底本としてものではないかと思われます。本文は、ルイス・フローレスの伝記を年代順におっていくものとなっており、日本への入国の決意と、捕縛、平戸での取り調べや、受けた拷問の厳しさ、そして長崎での殉教といった、日本での出来事が記述の中心となっています。また、本文の後には、1867年の列福に関する記事が補遺として掲載されています。

 本書は、ローマで刊行された同種の文献に比べてこれまでほとんど認知されてこなかったようで、国内の研究機関での所蔵を認めることができません。

表紙。簡素な黄色の色紙が用いられている。
ルイス・フローレスを描いた口絵とタイトルページ。
本文冒頭部分。
裏表紙。