書籍目録

『聖なる伝道と列福されたルイス・フローレスが受けた拷問についての歴史』

ローメンス /(平山常陳船捕縛事件)

『聖なる伝道と列福されたルイス・フローレスが受けた拷問についての歴史』

他1作品合冊 1868年 ルーヴェン刊

Rommens, R(aymondus).

GESCHIEDENIS DER APOSTOLISCHE ZENDING EN MARTELING VANDEN ZAILIGEN LUDOVICUS FLORES,...

Leuven, Karel Peeters, 1868. <AB201823>

Sold

bound with another title.

8vo (12.5 cm x 19.0 cm), pp.[I(Fly Title)-III(Title)-V), VI-XVI, [1], 2-312, bound with pp. [1(Fly Title), 2], Front, [3(Title)-5], 6-126, Contemporary half calf on marble boards.

Information

「平山常陳船捕縛事件」で処刑されたルイス・フローレスの列福を契機に刊行された伝記

 本書は、1622年に長崎で処刑されたドミニコ会のルイス・フローレス(Louis Florés, 1563? - 1622)についての伝記で、1867年に彼が列福されたことを契機にオランダ語で1868年に刊行されたものです。この1867年の列福というのは、教皇ピウス9世によって日本での殉教者205名が列福されたもので、その中にルイス・フローレスも含まれていたのでした。なおこの列福の直後、幕末期のキリスト教弾圧として名高い「浦上四番崩れ」が起きています。

 ルイス・フローレスは、1620年にドミニコ会士の神父として、平山常陳を船主とする日本船にアウグスティの会の神父ズニガ(Pedro de Zuñiga, ? - 1622)と、民間のスペイン人2人と共に乗り込み、長崎へと向かいました。当時の日本はすでにキリスト教弾圧が非常に厳しくなっており、神父の立場で日本に入国することは死を意味していましたので、神父であることは平山以外には隠しての密航でした。しかし、その航路においてヨーロッパでスペインと交戦中であったイギリス船に拿捕されてしまい、平戸へと連行されてしまいます。平戸でフローレスとズニガは長崎奉行長谷川権六と平戸藩によって取り調べられ、またイギリスと当時同盟関係にあったオランダ人からも拷問を受けたと伝えられています。度重なる尋問にも関わらず、ズニガとフローレスは自身が神父であることを決して認めようとしませんでしたが、同船していた日本人をかばうためにズニガとフローレスは遂に自らが神父であることを認め、1622年8月に長崎西坂刑場にて平山常陳と共に火刑に処せられました。

 彼らの殉教は、イエズス会士による年報や、ドミニコ会士、アウグスティノ会士による報告によって、当時からヨーロッパで広く知られていましたが、1867年の列福に際して改めて再調査がなされ、それを契機として刊行された出版物の一つが本書です。殉教当時の同時代資料から、それ以降に刊行された様々な先行文献を参照しながら、全13章で300ページ以上にわたる紙幅を割いて著されたもので、ルイス・フロレースに関する最も詳細な基本文献といってもよい資料です。ただ、オランダ語で著され、ルーヴェンで刊行されたということもあってか、ローマで刊行された同種の文献に比べてこれまでほとんど認知されてこなかったようで、国内の研究機関での所蔵を認めることができません。

 なお、本書は旧蔵者によって同年に刊行された異なる著作が後半に合冊されています。

タイトルページ。
序文冒頭。
参照した文献についても言及している。
当時列福された日本での殉教者の名簿も収録。
本文冒頭。ピウス9世による列福についての記述から始まる。
本書後半は、旧蔵者によって同年に刊行された別の作品が合冊されている。
見返しと小口はマーブルに染められている。