書籍目録

『世界萬國全図説』(地球万国全図説覧)(萬國地球全図説)

小林公峯

『世界萬國全図説』(地球万国全図説覧)(萬國地球全図説)

1舗 江戸末期(1853年以前?) 出版地不明

<AB2023162>

Sold

37.3 cm 76.3 cm,
一部に虫食いが見られるが、丁寧な裏打補修がなされている。保存用の秩付属。

Information

長久保赤水の世界図などに影響を受けつつも独自の世界観を提示した一般向け世界図

ただいま解題準備中です。今しばらくお待ちくださいませ。

「上に中華船、朝鮮国船、暹羅船、下に阿蘭陀船、亜魯西亜船、外国車船、右に地球が球体であることを示す図があることが特徴である。この図は南北に圧縮されているが、「墨瓦蠟泥加」は南方大陸の西に移り、日本の南方に「豪斯多刺里亜」の表記が現れるが、箕作図系から採られたものか。図形は南北に圧縮され、地名の「ハフ」は良いとしても「ノロエチエ」、「ルマガハ」などは類を見ない。北米には合衆国も共和政治も無い。
 海野(【大成】解説p.77)によれば中華船・阿蘭陀船は長崎・大和屋版唐船阿蘭陀船図の図柄に一致するとされ、外車船のところでペリー艦隊の記載がないのはそれらの来航した嘉永6(1853)年の前の製作ではないかとしている。唐船図は実際、文錦堂の図にも近い。亜露西亜船は当時来航したロシア船とは類似せず一名の蒙古双船とあるように蒙古風ともいえ、これも長崎版画に由来すると考えられている。当時、異国船はかわら版にも登場しており、なかには小林図が底本(原図)と考えられるものもあるかもしれない。」
(海田俊一『図説総覧 江戸時代に刊行された世界地図』三恵社、2019年、128ページ(IV-8-①解説記事より)

「ペリーの来航から諸外国との条約交渉へと続く幕末の一連の情勢のなかで、民衆を対象とする通俗版の世界図が数多く刊行されて広く世間に流布した。それらはいずれも安価な小型版であって、図法を意識したり、内容の最新知識を求めたりするのではなく、図中に異国の艦船や人物を描いて見る人を楽しませるような興味本位の地図であった。
 すでに江戸時代の後期には高橋景保の『新訂万国全図』(1810)や箕作省吾の『坤輿図識』(1845)などのように高い水準の世界地理書や世界地図が著されていて、蘭学者をはじめとする知識人たちのあいだでは世界がほぼただしく認識されていたにもかかわらず、幕末には民衆向けの通俗版世界図が多くの需要にささえられて出版されたのである。
 この主の通俗版世界図の表現形態は、双円図(両半球世界図)や最新の方図(メルカトール図)などではなく、多くは民衆に受け入れやすい赤水系の楕円図(卵形世界図)で描かれていた。世界の図形は退化し、図中には150年以上も前の万国総図系世界図や『和漢三才図会』の「異国及び外夷人物」にみられるような荒唐無稽な架空の国々が再び姿をあらわしている。
 知識人のあいだでは一笑に付されるような世界図がいく種類も刊行されて世間に出回っていたことは、民間レベルにおいてはなお旧来からの観念的な世界が認知されて生きのびていたことを思わせる。江戸後期になると、文化の興隆にともなって印刷技術の進展もあってこの種の世界図の刊行が助長された。多色刷りの技術向上は単色摺に手彩色を施していたのに比べると、はるかに安価で美しい地図の量産を可能にしたのである。」
(河村博忠『近世日本の世界像』ペリカン社、2003年、263-264ページより)