書籍目録

『日本の人々について:1784年11月3日に開催された記念講演録』

ツンベルク

『日本の人々について:1784年11月3日に開催された記念講演録』

1784年 ストックホルム刊

Thunberg, Carl Peter.

TAL, OM JAPANSKA NATIONEN, HÅLLET FÓR KONGL. VETENSK. ACADEMIEN, VID PRÆSIDII NEDLåGGANDE, DEN 3 NOVEMB. 1784.

Stockholm, Johan Georg Lange, 1784. <AB2023154>

¥660,000

8vo (11.5 cm x 19.2 cm), pp.[1(Title.)-3], 4-48, Later three quarter red leather on marble boards.
[NCID: BA63940296]

Information

現存部数が少なく極めて稀覯とされる、ツンベルクによる主著に先立って発表された注目すべき「日本論」

 本書は、1775年から1776年にかけて、オランダ商館付き医師として来日したスウェーデン人医師ツンベルク(Carl Peter Thunberg, 174 - 1828)による「日本論」で、1784年11月3日にストックホルムで開催されたスウェーデン王立アカデミーの会合における講演をもとにした作品です。いわゆる鎖国期に活躍した西洋人日本研究者の巨頭として、ケンペル、シーボルトと並んで「出島三博士」とも称されるツンベルクよるヨーロッパ帰国後の最初期のまとまった日本論として非常に重要な著作でありながら、講演録という体裁上、現存部数が著しく少ない稀覯本として知られる書物です。

 ツンベルクは、スウェーデンのウプサラ大学で近代植物学の創始者とされるリンネから植物学と医学を学んだ後、オランダ東インド会社の船医の肩書でアフリカやバタヴィア、そして日本を旅して、植物採集と調査研究を行いました。1775年夏に来日し、約1年半の間日本に滞在、この間、江戸参府の道中の採取や植木店での購入、中川淳庵をはじめとした蘭学者たちとの交流を通じての提供、家畜飼料に含まれる植物の採取といったあらゆる手段を駆使して、驚異的な数の植物を採取しています。植物研究だけでなく、優れた日本の学者や通詞達との深い学問交流を通して、日本の歴史、文化、風習、言語といったあらゆる角度からの日本研究も行っています。その一方で、ツンベルクは日本の蘭学者達に当時最新の研究成果であったリンネの分類法をいち早く伝えており、のちに来日したシーボルトは、日本の学者達がリンネの分類法に沿って日本の植物を説明してくることことに驚かされています。また、当時日本で広く流行していた梅毒に対する処置として水銀水の処方を伝えたというエピソードもよく知られています。

 ツンベルクは、日本を発ってヨーロッパに戻ってからすぐに研究成果を精力的に発表しており、1779年には『日本帝国において流通している貨幣についての報告』(Inträdes-tal, om de mynt-sorter, som i äldre och sednare tider blifvit slagne och varit gångbare utikejsaredömet Japan…Stockholm, 1779)を刊行したのをはじめとして、1780年にはイギリス王立協会の会長ジョゼフ・バンクス(Sir Joseph Banks, 1743 - 1820)に宛てた論文(「1775年と1776年の日本帝国への航海・滞在日記抜粋」;詳細は当店HPの記事を参照)を発表、さらに定期的に『スウェーデン王立アカデミー論集(Der Königl. Schwedischen Akademie der Wissenschaften Neue Abhandlungen)』に植物学研究の論文を投稿し続け、それらをまとめて1784年には『日本植物誌(Flora Iaponica, 1784)』を刊行しています。そして、1788年から93年にかけて主著『1770年から1779年にわたる、ヨーロッパ、アフリカ、アジア紀行』を刊行し、この著作は最新、かつ精緻な地域研究、日本研究書として大きな反響を呼び、原著スウェーデン語からドイツ語、フランス語、英語など欧州諸言語に翻訳され版を重ねるほどの好評を博しました。

 本書はツンベルクによる「日本論」で上述の通り1784年11月3日に行われた講演をもとにした作品です。先に触れたイギリス王立協会での1780年の発表が、彼の渡航記、江戸参府時の短い記録であったのに対して、本書はツンベルクが日本とその人々や社会を正面から論じる内容となっており、より多岐にわたる話題を扱った著者独自の本格的な「日本論」の嚆矢と見なすことができる作品です。講演録だけにそのページ数は50ページほどではありますが、日本の地理的概観、統治機構、軍備や武器と軍事力、宗教、医学、薬学をはじめとした諸学問、芸術、農林水産業、商業の実情、日本の食品とそれらの調理方法、飲料、嗜好品等々、驚くほど多彩な主題が取り扱われていて、実際に日本を訪れて人々と交流する豊富な機会に恵まれた著者ならではの非常にユニークな日本論が展開されています。本書で取り扱われている内容のほとんどは、先に見た後年の主著においても改めて論じられていますが、主題によっては本書での記述をもとにして大きく増補されたものもあれば、逆にその記述が簡素になっている主題もあり、両書の比較を通じてツンベルクによる日本研究の深化の軌跡を辿るという点でも、本書は大きな学術的意義を備えた作品であると言えます。

 本書は、このように日本研究の大家として同時代のみならず、後年に至るまで大きな影響力を有したツンベルクによる最初期のまとまった日本論として、極めて重要な作品とみなすことができる著作ですが、その一方で現存部数が著しく少なく、国内主要研究機関においてもほとんどその所蔵を確認できない稀覯書でもあります。近年の古書市場においても同書が出現することはほとんどないことから、今回出現したこの1冊はその状態の良さも含めて大変貴重な現存書であると言えるでしょう。