書籍目録

『源氏物語:最も著名な日本の古典小説』

紫式部 / 末松謙澄(訳)

『源氏物語:最も著名な日本の古典小説』

英訳改訂第2版、ギューリック旧蔵本(直筆署名あり) 1894(明治27)年 横浜ほか(丸屋 / 丸善書店)刊

Murasaki Shikibu / Suyematz, Kenchio (tr.).

GENJI MONOGATARI『源氏物語』THE MOST CELEBRATED OF THE CLASSICAL JAPANESE ROMANCES. (THE JAPANESE LIBRARY. No.2)

Yokohama, Tokyo and Osaka, Z. P. Maruya & Co., Limited, [1894]. <AB2023129>

¥220,000

Second revised edition in English. Exlibris SidneyL. Gulick.

12.5 cm x 18.5 cm, pp.[i(Half Title)-iii(Title.)-vi], double pages colored plate, pp. [vii], viii-xvii, pp.1-279, [280], 1 leaf(colophon & advertisement), Original decorative red cloth.
旧蔵者ギューリックによる署名、蔵書票等の貼り付け、一部書き込みあり。状態は非常に良好。[NCID: BA13927048]

Information

『源氏物語』最初の英訳となった末松訳のロンドン版に続いて国内で刊行された改訂第2版

 本書は、『源氏物語』の最初の英語訳版である末松謙澄による作品(1882年、ロンドン刊)を1894年に東京において丸屋(丸善)が手掛けて刊行した「改訂第2版」(Second edition, revised)とされているものです。

 『源氏物語』の英語訳としては、後年のウェイリー(Arthur David Waley, 1889 - 1966)によるものがつとに有名ですが、末松謙澄によるこの英語訳版は第17巻までの部分訳とはいえ、それよりもはるかに早く刊行されている英語訳版として、注目に値します。本書初版が刊行された1882年の時点では、日本文学史の近代的な研究がようやくその端緒についたばかりの時期で、昔噺集などの英語訳などが次第に現れつつあったとはいえ、『源氏物語』のような本格的な古典作品の英語訳はまだなされていませんでした。こうした時期にあって刊行された末松訳は先駆的な英語訳であったといえますが、そもそもの日本文学史に対する認識、研究が西洋社会において不十分であったという時代的な制約もあって、刊行当時はそれほど芳しい評価を得られなかったとされています。しかしながら、近年ではこの末松訳を再評価する機運が高まっており、同書に対して改めて注目が集まってきています。

 改訂第2版とされている本書は、ロンドンで刊行された初版とは異なり東京で丸屋(丸善)から刊行されています。すでに居留地返還を見据える時期に入っていた1894年に刊行されており、初版刊行時とは異なる時代状況があったと思われますが、本書の現存部数の少なさからすると発行部数はそれほど多くなく、またそれ以降にも再版がなされることはなかったのではないかと思われます。とはいえ、初版と異なる源氏香をモチーフにした本書の装丁は非常に魅力的なもので、丁寧に作り込まれた書物であることが感じられる作品で、また見開き大の口絵には紫式部が琵琶湖を望む石山寺で『源氏物語』を執筆したという伝来をモチーフにした美しい彩色画が採用されています。このような造本からは、この改訂第2版に訳者や出版社の思い入れが込められていることが感じられます。

 本書はその来歴にも注目すべき一冊で、見返しにはシドニー・ギューリック(Sidney Lewis Gulick, 1860 - 1945)の蔵書票が貼られており、ギューリック直筆と思しき署名が見られます。ギューリックはアメリカの宣教師として来日して以降、日米友好に多大な尽力をなしたことで知られており、特にひな祭り人形にヒントを得たというギューリックが1927年に企画した日米両国間での人形の相互贈答イベント(青い目の人形)における貢献で著名な人物です。末松による先駆的な英訳であるこの作品が、日米親善に尽力したギューリックの愛蔵書の一冊であったということは、末松のこの英語訳書にかけた思いが小さくない果実をもたらしたエピソードを物語るものとも言えましょう。

「それにしても、忘れてはならない。世界で最初に源氏物語を外国語(英語)に翻訳したのは、日本人の末松謙澄であった(1882年)。明治初年のことである。源氏物語の翻訳というと、一般的にはウェイリーの名前が最初に出てくる。しかし、それよりも44年も前になされた末松の功績は、銘記されるべきである。末松訳は全54巻を訳したのではなく、第17巻の「絵合」までであった。しかし、ウェイリー訳のように抄訳ではない。英国人に日本の文化をわかってもらおうとして、苦心して翻訳したのである。」
(京都文化博物館『源氏物語千年紀展:恋、千年の時空を超えて』2008年、226ページより)

「沼澤龍雄著『日本文学史表覧』の「外国語訳国文学年表」によると、明治14(1882)年に丸善商社から出版されたとなっているものの、現状では、明治14(1882)年に日本で出版された本は確認できていない。明治27(1894)年に「丸屋商社」から出版された第2版にあたる本が、国内で確認できる最古の本である。しかし、丸屋商社は丸善のHPによると、明治13(1881)年に「責任有限丸善商社」に改組されているため、明治14(1882)年に「丸屋」は存在しないことになる。(中略)

(タイトル) GENJI MONOGATARI
(出版社) Z.P MARUYA & Co. (丸屋商社)
(刊行年) 明治27(1894)年
(版について) 初版は明治14(1882)年
(翻訳範囲) 「桐壺」〜「絵合」

 この本は「英文日本文庫」シリーズの2巻目として出版された。表紙は赤字に金色で源氏香の図が描かれている。表表紙は、「花散里」・「須磨」・「常夏」、裏表紙は「花散里」である。(中略)扉を見ていると、「日本文庫の中 源氏物語」の文字と琴の絵が描かれている。(後略)」
(淺川槙子「日本でも出版された末松謙澄訳『源氏物語』」人間文化研究機構 国文学研究資料館『海外平安文学研究ジャーナル 3.0』2015年、47, 48ページより)

参考)左は1882年ロンドンで刊行された英訳初版本