書籍目録

『竹取翁の物語:10世紀に書かれた日本最古の物語』

ディキンズ

『竹取翁の物語:10世紀に書かれた日本最古の物語』

著者直筆献辞本 1888年  ロンドン刊

Dickins, F(rederick). Victor.

THE OLD BAMBOO-HEWER’S STORY (TAKETORI NO OKINA NO MONOGATARI). THE EARLIEST OF THE JAPANESE ROMANCES, WRITTEN IN TENTH CENTURY. TRANSLATED, WITH OBSERVATIONS AND NOTES,…

London, Trübner & Co, 1888. <AB2023025>

Reserved

Author’s dedication copy.

8vo (14.0 cm x 22.0 cm), Half Title., Title., 2 leaves(Contents & Errata), pp.[1], 2-118 , Folded colored plates: [3], Original decorative cloth binding.
装丁背の上下に傷みが見られるが概ね良好な状態。[NCID: BA10313560 / BA19534922]

Information

美しい装丁と挿絵を交えて初めて本格的に英訳された『竹取物語』

 本書は、『竹取物語』『かぐや姫』などの名称で現在も親しまれている物語を初めて英訳して出版した作品で、幕末から明治初期にかけての西洋における日本研究者を代表する一人であるディキンズ(Frederick Victor Dickins, 1838 - 1915)が手掛けています。1888年に東洋学研究の作品を多数出版していた出版社であるTrübner社から刊行されたもので、空押しや箔押しを用いた非常に凝ったデザインの装丁が施されています。さらに本書は、ディキンズ本人の自筆と思われる献辞文が添えられていることから、大変貴重な1冊と言える書物です。

 ディンスは軍医として1863年に来日し、パークスやアーネスト・サトウといった著名な外交関係者らと親しく交わり、イギリスの海軍病院の軍医として1865年まで滞在しました。その後、弁護士資格を得るために一旦帰国し1871年に再来日してからは、イギリス公使館の裁判所を中心として弁護士として活躍しました。彼の法曹人としての活動はあまり芳しいものでなかったとも言われていますが、マリア・ルース号事件で日本政府の主張に強く反駁する議論を展開するなど、少なくない影響力を持つこともあったようです。1879年に離日してからは、再び日本にやってくることはありませんでしたが、生涯にわたって日本研究を続け、ロンドンでは南方熊楠の手助けも得ながら多くの著作を発表しました。アーネスト・サトウやチェンバレンといった明治初期の著名な西洋人日本研究者らと比べるとその知名度はあまり高くありませんが、彼が先鞭をつけた日本研究は多岐にわたっており、多くの研究者らに影響を与えています。

 ディキンズの日本研究としては、『百人一首』(Hyak Nin Is’shiu, or, Stanzas by a century of poets, being Japanese lyrical odes. London, 1866)、『忠臣蔵』(Chushingura, or The loyal league: a Japanese romance. Yokohama, 1875)など、日本で長きにわたって親しまれてきた文芸作品の英訳が多く、『竹取物語』の英訳である本書もまた、こうしたディキンズの長年の研究成果が凝縮された作品となっています。

 本書にははっきりとした章立てはありませんが、その内容に沿って区分すると全5部で構成されていて、冒頭第1部は、『竹取物語』の英訳となっています。この英訳文は本文テキストを中心にしつつ、下段欄外にディキンズによる注釈が付されており、読者の読解の手助けとなるように工夫されています。続いて第2部(p.46-)は、原文の日本語テキストをローマ字綴りにして翻刻したもので、ここにも英訳文同様に注釈が付されています。第3部(p.59-)は、ディキンズによる日本語文法の概説で、日本語の文法構造についてかなり詳しい解説が展開されており、でlキンズの日本語読解能力が非常に高度なものであったことを窺わせます。続く第4部(p.79-)は、第2部のローマ字に翻刻された原文テキストと第3部で展開された日本語文法論を踏まえて、『竹取物語』のテキスト読解がなされていて、具体的に日本語を読み解く方法がディキンズの流儀に従って解説されています。最後の第5部(p.91-)は『竹取物語』に含まれている日本語の語彙集となっていて、ローマ字綴りの原語(日本語)に続いて、その後の品詞、そして意味がまとめられています。

 こうした本書の構成から見て取れるように、ディキンズによる『竹取物語』は単なる翻訳作品としてだけではなく、日本語文法をはじめとして作品世界の背景にある歴史や文化の解説までもを含んだ総合的な日本研究書であることが意図されています。本書を含め、ディキンズその人の生涯について論じた、秋山勇造『日本学者フレデリック・V・ディキンズ』では、こうしたディキンズの取り組みについて次のように述べられています。

「このようなディキンズの異常なまでの努力は時期尚早であったかもしれないが、日本語や日本文学の本格的な教育が英国の大学で提案されるずっと前に、それらが学術研究のテーマとして英国の大学で取扱われる日が来ること彼が確信していたことを示しているのである。」

 秋山氏の上記の発言を裏付けるように、ディキンズは『竹取物語』の文学的、歴史的価値が非常に高いものであることを強く強調しており、それゆえに英訳に際しては細心の注意を払ったことが述べられています。

 このように、本書は日本学者としてのディキンズの研究の成果が情熱的に凝縮された作品であると言えますが、それに加えて先述した非常に凝った作りの装丁や、本文中に非常に美しい3枚の折り込み図が収録されていることも大きな特徴で、ディキンズが書物という形態そのものを最大限に活かして『竹取物語』の世界を読者に伝えようとしていたことがうかがえます。

 さらに本書はディキンズ自身によるものと思われる献辞文が記されており、本書が、1888年3月付、つまり本書が刊行されて間もなく(あるいは著者のための試し刷りが提供された刊行直前)に、「Thomas」なる人物に助力を感謝する意を込めてディキンズから贈られたものであることがわかるという、大変興味深い1冊です。この「Thomas」なる人物については確証ができませんが、『竹取物語』が「父Thomas Dickinsに捧ぐ」と印字された献辞文を持つ作品であることに鑑みると、あるいはディキンズの父その人であったのかもしれません。いずれにせよ、ディキンズと非常に親しい関係にあった人物にディキンズが直接贈ったという特別な来歴を有する本書は、大変興味深い1冊であると言えるでしょう。