書籍目録

『フロリアン寓話選』

バルブトー / フロリアン / 梶田半古(画)/ 狩野友信(画)ほか

『フロリアン寓話選』

横長平紙版 2巻合冊洋装本仕立て 1895年 東京(秀英舎)/ パリ(フラマリオン)刊

Barboutau, Pierre / Florian, Jean-Pierre Claris de.

FABLES CHOISIES DE FLORIAN. DEJ.-P. CLARIS DE FLORIAN: ILLUSTRÉES PAR DES ARTISTES JAPONAIS SOUS LA DIRECTION DE P. BARBOUTAU.

Tokio(Tokyo) / Paris, Shueisha / Librairie Marpon & Flammarion, 明治廿八年(1895). <AB2022259>

Sold

Oblong plain paper edition.

Oblong (23.9 cm x 33.0 cm), 2 vols. bound in 1 vol.(complete), Vol.1: Original front cover, pp.[1(Title.), 2], 3, 4, Fol.5-18, colophon & back cover. / Vol.2: Original front cover, pp.[1(Title.), 2-3], Fol.4-18, colophon & back cover. Printed on Japanese(Tori-noko) paper folded leaves, Decorative half leather on pictorial card boards.
装丁のヒンジ部分に傷みが見られるが概ね良好な状態。

Information

内容だけでなく装丁でも「ブック・アートの分野におけるジャポニスム」が鮮やかに表現された珠玉の書物

 本書は、「知られざるオリエンタリスト」とも称されるフランス人バルブトー(Pierre Barboutau, 1862 - 1916)が企画、編纂し1904年に東京で刊行した挿絵入り寓話集です。18世紀末から20世紀に至るまでフランスの寓話集を代表する作品の一つに数えられるフロリアン(Jean-Pierre Claris de Florian, 1755 - 1794)による寓話集からバルブトーが28の寓話を選び、梶田半古と狩野友信による挿絵を組み合わせたというユニークな書物です。

 バルブトーは、1886年の初来日を皮切りに、数度来日し、滞在中に絵師や出版社らとの交流を深め、浮世絵を中心とした日本美術の解説書を兼ねたコレクション目録の出版、ちりめん本の発行を行ったことで知られているフランス人です。いわゆる「ジャポニスム」が欧米各国を席巻していた時代の最後期に活躍した人物ですが、その生涯や作品については、当時からでさえ正当に認知されることが少なく、最近までほとんど謎に包まれた人物でしたが、高山晶によるバルブトーを扱った(おそらく世界最初の)研究書『ピエール・バルブトー:知られざるオリエンタリスト』慶應義塾大学出版会、2008年)によって、多くのことがはじめて明らかにされました(以下の記述の多くは同書に依っています)。

 バルブトーが手掛けた最初の書物である『ラ・フォンテーヌ・寓話選』(1894年)は、日本芸術に終生強い関心を持ち続けた著者による熱意が存分に発揮されたユニークな作品として知られ、長谷川武次郎のちりめん本作品の多くに見られるような、日本の昔噺を西欧諸語に翻訳するのではなく、フランスで親しまれている寓話集に日本を代表する絵師たちの作品を組み合わせるという日仏文化の「ハイブリッド」(前掲書)な異色の作品とされています。ちりめん本のパイオニアとも言える長谷川武次郎と異なり、日本に一時的な滞在しかできない外国人の立場で、これほどの作品を制作するには、相当のネットワークと資金、そして何よりも情熱が欠かせなかったものと思われます。

 前作『ラ・フォンテーヌ寓話選』と同じく、本書も当時の欧米における豪華本ブームによく見られたように、異なる用紙を用いて限定部数で発行する形式を採用していたようで、「鳥の子(Tori-no-ko)紙」版が190部、「奉書(Hó-sho)紙」版が200部発行されたと記されていますが、実際にどれくらいの部数が発行されたのかについては不明と思われます。前掲書によりますと、本書には、少なくとも4種類存在することが指摘されており、また店主はそこで指摘されていないもう1種を確認したことがありますので、それらを整理すると次のようになります。

①平紙横長本:表紙絵に縁取りなし(約24.5 cm x 34.0 cm)
②平紙横長本:表紙絵に縁取りあり(約26.0 cm x 35.0 cm)
③平紙縦長本:第1巻表紙スクリーン上部にかかる幕が描かれている(約20.0 cm x 26.0 cm)
④平紙縦長本:第1巻表紙スクリーン上部にかかる幕が描かれていない(約20.0 cm x 26.0 cm)
⑤縮緬縦長本:第1巻表紙スクリーン上部にかかる幕が描かれていない(約15.0 cm x 20.5 cm)
 
 このうち本書は①にあたるものです。上記5種類はいずれも東京京橋の秀英舎が手がけていますが、表紙にはその記載がなく、フランスでの販売をになったと思われるパリの「マルポン&フラマリオン社」(LIBRAIRIE MARPON & FLAMMARION E. FLAMMARION SUCCr. PARIS)とフランス語で記されています。秀英舎は、現在の大日本印刷の前身にあたる明治を代表する印刷会社で、現在も親しまれている「秀英体」活字を考案したことでもよく知られています。前作『ラ・フォンテーヌ・寓話選』は、同じく当時を代表する東京築地活版製造所によって印刷されていましたが、そのわずか1年後に刊行された本書において秀英舎に印刷会社が変更された経緯は不明です。あきらかに製作は日本で行われていますが、主たる販売先としてはおそらくフランスをはじめとした日本国外を想定していたものと思われ、こうした国内で印刷、製本までを行い、販売を海外の出版社に委ねる方式は、当時の横浜や東京で製作された欧文書物にしばしば見られたもので、長谷川武次郎によるちりめん本や、マレー社による英文日本ガイドブックなどにも同様の方式が採用されていることが確認できます。

 本書の制作意図については、バルブトー自身によるものと思われる序文において表明されており、前作『ラ・フォンテーヌ寓話選』が大いに好評を博したことを述べた上で、前作に協力してくれた狩野友信と梶田半古の協力を再び得ることができたことに謝意を示しつつ、次のように述べています。

「狩野友信氏は彼の先祖の一人が礎を築いた狩野派の代表者の一人であり、梶田半古氏は写実的な流派である容斎派の統率者の一人である。容斎は、今上天皇から「日本書士」すなわち、日本の有識故実に詳しい学識ある絵師との意味であるが、「日本書士」と名乗ることを許された著名な巨匠であり、そのような名誉を許された最初の人物とのことである。同国人からその才能を高く評価されているこれらの芸術家、狩野友信、梶田半古の両氏は、仕事にとりかかるにあたって、あたかも寓話の作者フロリアンがフランス人ではなく日本時であったのと同じくらい巧みに、ありのままに日本の生活情景を挿絵に表現できるように、わざわざ日本語に訳されたこれらの寓話の精神を深く理解してくれた。(中略)二人の絵師が、彫師、摺師も含めて、前作に優るとも劣らない腕を見せているこの刊行物も同じように好評を博して迎えられること、そしてさらに、恵まれたごく少数の人々にしか未だその進化が知られていない日本の優れた絵画芸術をフランスで広めるために、この本の出版が少しでも役に立つことを期待したい。」(前掲書52, 53ページ)

 このような意図でもって製作された本書は、前作が「動物づくし」(前掲書29ページ)と言えるほど、生き物たちが登場する寓話が中心に構成されていたことに対して、「今度は徹底して『人物づくし』」(前掲書48ページ)になっていることに大きな特徴があります。前掲書において高山氏は、両作品にはそれぞれ「異なった種類のジャポニスム」が存在していること、そのことが「動物づくし」と「人物づくし」という全く異なったテーマ選択につながったという、非常に興味深い分析を行なっています。

「明治時代に出版された欧文挿絵本(いわゆる、広義の『縮緬本』)は、『日本昔噺』シリーズに代表されるように、日本(あるいは東洋)のテキストを英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語などに翻訳し、そこに日本の絵師が挿絵をつけているものが多い。しかし、ラ・フォンテーヌとフローリアンの『寓話選』の場合、フランス文学の古典的なテキストをそのまま持ってきて、そこに日本人の絵師が挿絵を描いている。欧文草双紙のなかでも『異色の一例』とされる所以であろう。しかし、たとえテキストが『日本もの』あるいは『オリエンタルもの』の西欧言語訳でなくとも、日本の絵師が挿絵を付けたこのような書物が上梓されたこと自体、19世紀後半の『ジャポニスム』現象の一つの表れであることは否定できないであろう。事実、ラ・フォンテーヌにおいてもフロリアンにおいても、第1巻『序文』の最終段落には、日本の絵画芸術を紹介し、広めることが出版の目的である、との趣旨が謳われている。これらの刊行物全体を『文学X美術』作品として、ブック・アートの分野におけるジャポニスムの一例と捉えることができるかもしれない。
 そして、イメージの領域にジャポニスムの種類がありうるとしたら、この二つの『寓話選』は結果としてそれぞれが異なったジャポニスムになっている。ヨーロッパ絵画で伝統的にヒエラルキーの高いイメージであった『人間』のイメージが極端に希薄になっている『ラ・フォンテーヌ寓話選』は、日本人絵師の裁量にかなりの程度任せておいたらそうなってしまった(のではないか、と推測できる)『無意識のジャポニスム』、あるいは、ヒエラルキーの低い動物や自然派言語を持たないから『沈黙のジャポニスム』の書物とでも呼びたくなる風情を持っている。これに対してフロリアンのほうは、タイトル・ページから東京の編集・発行・印刷者名が消えて、パリの出版社名が刷られていることにも表れているが、テキストに『人間』の登場がなくても挿絵には『人間』イメージを登場させて、『日本の生活情景』という小道具をもか描きこんだ『意識され、演出されたジャポニスム』『能弁なジャポニスム』である。」(前掲書、64, 65ページ)

 こうした大変興味深い意図を持って制作されたフロリアンの「バルブトー監修日本版」(前掲書)である本書は、下記のような構成となっています。

「第1巻目次
 I「目の見えない人と歩けない人」狩野友信
 II「浮気女と蜜蜂」梶田半古
 III「猫と鏡」梶田半古
 IV「若者と老人」狩野友信
 V「モグラと兎」梶田半古
 VI「ナイチンゲールと若君」狩野友信
 VII「幻灯を見せる猿」梶田半古
 VIII「鯉とその子どもたち」梶田半古
 IX「コオロギ」梶田半古
 X「フェニックス」狩野友信
 XI「修行僧と烏と鷹」狩野友信
 XII「鳶と鳩」狩野友信
 XIII「二匹の猫」梶田半古

 第2巻目次
 I「二人の禿頭」梶田半古
 II「子どもと鏡」久保田桃水
 III「兎とマガモ」狩野友信
 IV「二人の百姓と雲」梶田半古
 V「ミミズクと鳩」狩野友信
 VI「香具師」梶田半古
 VII「欲張りとその息子」久保田桃水
 VIII「孔雀と二羽の若い鵞鳥とアビ」狩野友信
 IX「二人の旅人」久保田桃水
 X「子どもたちとヤマウズラ」狩野友信
 XI「百姓と川」狩野友信
 XII「古木と庭師」久保田桃水
 XIII「哲学者とフクロウ」狩野友信
 XIV「雌猿と猿と胡桃」梶田半古

 本文中の挿絵を多く手掛けている梶田半古は、明治30年代前後を最も盛んに活動した画家で、ほとんど独学で習得した独自の画風は多くの人々を惹きつけ、明治20年前後から興隆する自然主義文学運動によって生み出された小説作品の口絵も数多く手掛けたことが知られています。長谷川武次郎による欧文日本昔話シリーズ(Japanese Fairy Tales)に触発されたものと思われる博文館の『日本昔噺』(ただし和文)シリーズにおいても、『物臭太郎』の挿絵を手掛けたりもしています。河鍋暁斎などと比べて、一時忘却された感のあった画家ですが、関係者による作品収集や研究の進展や回顧展(そごう美術館編『梶田半古の世界展』そごう美術館、1994年)の開催によって、近年急速に再評価が進んでいます。本書における梶田半古の作品は、数多くの挿絵や口絵を手掛けた半古にあって、バルブトーというフランス人オリエンタリストとの共同作業という特異な位置を占めるものと思われます。

 「ブック・アートの分野におけるジャポニスムの一例」と評されているこの作品にあって、本書がさらに興味深い点は、その装丁がおそらく当時の西洋の所有者によって、本来の和綴仕立てから洋装本仕立てへと変更されている点です。本書は2巻が1冊の洋装本仕立ての書物となっていて、その装丁にもジャポニスムとオリエンタリズムが存分に感じられるデザインが採用されていること、この作品の当時における受容のあり方を示す実例として大変驚異深いものです。本書の背表紙部分に用いられているのは、当時「ジャパン・レザー」とも呼ばれた工芸分野における「ジャポニスム」の象徴の一つとして大いに人気を博していた「金唐革紙」を模した装飾皮革が用いられていて、さらに表紙に用いられているデザイン紙にも、当時流行した漢字を模した直線を強調した文字と、日本の人々の生活が描かれています。このユニークな装丁は、この作品がその内容や構成だけでなく、書物の形態そのものにおいても、「ブック・アートの分野におけるジャポニスム」として受容されていたことを示しており、その意味でも本書は大変興味深い1冊であると言えるでしょう。

 本書は、あらゆるものが変わりつつあった明治半ばの日本において、日仏の傑出した才能が共同して作成した類稀な作品として、また、さらに当時の所有者によってその「ジャポニスムの濃度」を高めるべく実にユニークな装丁が施された貴重な1冊として、現在もなお色あせぬ魅力を有している書物といえるでしょう。