書籍目録

「日本島」(『メルカトールによるアトラス』英訳版からの抜粋)

[ホンディウス]

「日本島」(『メルカトールによるアトラス』英訳版からの抜粋)

英訳版 [1635年?] [ロンドン刊]

[Hondius, Jodocus]

THE ISLAND OF IAPAN. (Extracted from Historia Mundi: or Mercator’s Atlas).

[London], [T. Cotes], [1635?]. <AB2022248>

Sold

Edition in English.

4to (18.3 cm x 28.8 cm), pp. 879-884, Marble paper wrappers.
[Hubbard: 14.2-3]

Information

非常に珍しい英訳版『アトラス』に収録された日本図と興味深い日本記事

 この地図と数枚のテキストからなる資料は、ヨーロッパにおける地図帳出版の始祖の一人と目されるオルテリウス(Abraham Ortelius, 1527 - 1598) の親しい友人で、「メルカトール図法」の考案者として名を残す当代きっての地理学者メルカトール(Gerardus Mercator, 1512 - 1594)の『アトラス(Atlas)』のハンディ版(Atlas Minor)の英訳版(Historia mundi: or Mercator’s atlas. London, 1635 / 1637 / 1639)に収録されている「日本」の部分だけが抜き刷りにされたものです。コンパクトながらも充実した内容を持つ日本についての解説記事と、17世紀前半のヨーロッパにおいて広く流通していた日本図が組み合わされたこの資料は、当時の英語圏における日本観の形成に一定の影響力を有したと思われる非常に興味深い資料です。

 ヨーロッパの地図帳において、独立した日本図が最初に登場したのは1595年のことで、地図帳出版の始祖の一人と目されるオルテリウス(Abraham Ortelius, 1527 - 1598)の(Abraham Ortelius, 1527 - 1598)の地図帳『世界の舞台(Theatrum Orbis Terraum)』の改訂版の「第5補遺(Additamentum Quintum)」に、「Iaponiae Insulae Descripto(描き記された日本諸島)」と題された日本図が掲載されました。オルテリウスが収録したこの日本図は、イエズス会士の地図製作者でスペイン王室に仕えていたテイシェイラ(Luís Teixeira, 1564-1604)から1592年ごろに入手したものと考えられていて、その名をとって「テイシェイラ型日本図」とも呼ばれています。ただし、この図は、テイシェイラ自身が作成したものというよりも、イエズス会士の情報網を通じてテイシェイラが得た地図、という方が正確ですが、オルテリウスは彼に敬意を表してか、テイシェイラ作として刊行しています。また、この図は天正遣欧使節がもたらした情報に基づいているとも言われていますが、いずれにせよそれまでの西洋製日本図にはない正確な日本図として、17世紀前半における代表的な日本図として、広く長く影響力を保ち続けました。

 一方、16世紀後半に入ってオルテリウスらが革新的な企てとして精力的に出版した、フォリオ判のような大型の地図帳は、その巨大さと重量のゆえに携行できるものではなく、実用性の面では少なからず不都合もあったことから、より小型で傾向もできる小型地図帳の出版も盛んに行われるようになっていきます。オルテリウスが手がけた最初の小型地図帳は1577年に刊行され、フランドル地方を代表する版画家であったハレ(英語読みだとガレ、Phillp Galle, 1537 - 1612)が手がけた極めて精巧な小型地図が収録されたこの小型地図帳は高く評価さました。オルテリウスの小型地図帳は瞬く間に好評を博し、1598年までの間に少なくとも11もの版が刊行されたと言われています。

 こうした『アトラス』とその小型版の出版は、英語圏でも活発に行われ、この資料が収録されていた英訳版小型アトラスは、メルカトールの後継者であるホンディウス(Jodocus Hondius, 1563 - 1612)が出版したものを底本として、サルトンストール(Sye Saltonstall, ? - 1640 ?)が英訳して1635年、1637年、そして1639年と短期間のうちに3度も版を重ねて出版されました。日本地図と日本についての記事は全く同じものがいずれの版にも掲載されていることから、この資料がどの版に収録されていたのかを特定することは困難ですが、1630年代に繰り返し再版されたこの英訳版小型アトラスに掲載されて、当時の英語圏の多くの読者に読まれたことは間違いありません。

 本書に収録されている日本地図は上述の「テイシェイラ型の日本地図」を踏襲したもので、地名の省略や不正確な表記といった相違点があるものの、当時のヨーロッパにおける標準的な日本図と言えるものです。また、解説のテキストは地図帳のテキストとして地理学的な解説に始まり、日本の名称、主要都市の紹介とその大きさ、気候や地形、人口、産物、人々の風習や食べ物といった、日本全体の概論的な内容となっています。コンパクトながらも、当時のヨーロッパにおける日本観が凝縮されたような内容となっており、「テイシェイラ型日本地図」と合わせ読むことで、読者に豊かな日本情報を伝えることになったのではないかと思われます。

 英訳版小型アトラスは、完本として現存するものが極めて珍しく、また非常に高価な書物となってしまっているため、この資料は同書において日本がどのように描かれているのかを示してくれる大変貴重な資料と言えるでしょう。