書籍目録

『日本語会話案内(実践日本語コース第1学年(初級)第3部)』

ロニー

『日本語会話案内(実践日本語コース第1学年(初級)第3部)』

第3版 1883年 パリ刊

Rosny, Léon de.

GUIDE DE LA CONVERSATION JAPONAISE.

Paris, Maisonneuve et Cie, Libraires-Èditeurs, 1883. <AB20187>

Sold

3rd edition.

12mo (11.5 cm x 19.0 cm), pp.[1-5 (Front Cover, TitleI], 6-200, Original paper wrappers.
旧蔵者による押印あり。ページ全体にシミが見られるが状態としては比較的良好。背を中心に補修跡あり。

Information

フランス国立東洋語学校における初代日本語教授ロニーによるテキスト

 本書の著者であるロニー(Léon de Rosny, 1837 - 1914)は、19世紀後半のフランスを代表する民俗学、日本、中国研究家で、大の知日家でもありました。十代半ばからすでに中国や日本に関する研究論文を発表しており、日本語の学習には特に熱意を示し、日本についての言語学的な情報が極めて乏しかった時代に、独力で日本語習得に励みました。1862年のいわゆる文久遣欧使節がヨーロッパを歴訪した際には使節らと親交を深め、福沢諭吉や福地源一郎などとも交流を続けています。1863年にフランス国立東洋語学校において最初の日本語講座が開設された際、ロニーは初代講師に任命(1869年に教授に任命)され、以後定年で1907年に退職するまでその職にありました。

 本書は、彼が日本語講座のために執筆したテキストのひとつで、ロニーの日本語教育構想において、3番目に学習すべきものとして位置づけられているものです。ロニーの日本語教育構想は、全3年の課程で構成されており、それぞれの学年において習得すべき内容とそのためのテキストが用意されることになっていました。全20クラスを習得することで、日本語を文語、口語両方において習得できるように設計されており、そのためのテキストをロニーが自身で執筆するという壮大な計画となっていました。実際には完成しなかったテキストや、後年になって内容が変更されたものもありますが、その課程全体は彼の著した出版物の広告に度々掲載されており、本書でも末尾に課程全体の概説がなされています。ここでは、宮原温子氏による論文「Léon de Rosny "Eléments de la Grammaire Japonaise (Language Vulgaire)"の一考察」(目白大学人文学研究第11号所収)で紹介されている内容を引用してみます。

「第一学年 初級(口語)
I. Introduction au cours de japonais 「日本語学習入門」
II. Eléments de la grammaire japonaise(langue vulgaire)「日本語文典初歩(口語)」
III. Guide de la conversation. 「会話案内」(本書のこと;引用者註)
IV. Dictionnaire japonais-français (langue vulgaire)「口語日仏辞書」
V. Dictionnaire français-japonais (langue vulgaire)「口語仏日辞書」
VI. Textes faciles et gradués en langue japonaise vulgaire 「学始日本安文」
VII. Thémes faciles et gradués pour l'étude de la langue japonaise accompagnés d'un vocabulaire français-japonais de tous les mots renfermés dans recueil「和漢字洋譯」

第二学年 中級(漢語を中心とする文語)
VIII. Introduction a l'étude de la littérature japonaise「日本文学入門」
IX. Grammaire sinico-japonais「漢語文法」
X. Vocabulaire sinco-japonais explique en franCais「フランス語による説明付漢語語彙集」
XI. Dictionnaire des signes idéographique de la Chine, avec leur prononciation usité au Japon「漢字辞典」
XII. Recueil de textes japonais「日本文集」

第三学年 上級(大衆文学、純文学、書簡文、外交・商業文)
XIII. Manuel de lacture japonaise, renferment les élements figuratifs et phonétiques de l'écriture so-sho「草書体による具象と音声の読解手引き」
XIV. Grammaire japonaise「日本文典」
XV. Dictionnaire japonais-français (langue écrit et littérature)「文語日仏辞書」
XVI. Dictionnaire français-japonais (langure écrit et littérature)「文語仏日辞書」
XIII. Manuel du style épistolaire et du style diplomatique「書簡文と外交文書の手引き」
XIX. Chrestomathie japonaise「名文集」
XX. Anthologie japonaise「名詩選」」

本書は、第一学年 初級(口語)課程の3番目のテキストとして用意されたもので、初版は1867年と言われており、同年に早くも第2版が刊行されていますが、本書はしばらく後の1883年になって刊行された第3版です。タイトルにあるように、日本語のごく簡単な会話を学習するためのテキストで、日本語(基本的にはひらがなのみで表記)で書かれた文章と、そのローマ字表記が併記され、隣のページにフランス語訳と語彙の解説、という作りになっています。たとえば、最初の文章は「こんにちハ 1.-Kon-niti va.」とありその訳文として「Bonjour. (Littéralement: pour ce qui est d'aujourd'hui !)」とあり、語彙(GLOSSAIRE)
では、「Kon-niti, aujourd'hui; - va, particule partitive, indiquant le sujet de la phrase.」という解説があります。こうした例文は後半になるにつれて徐々に難しくなっていくようで、全部で250の例文が掲載されています。251番からは日本語だけの表記になっており、日本語を見てそこから読みや、フランス語訳を読者が練習問題を解く形式で考える作りになっています。その後には、本書に登場する214の漢字の解説や、実践日本語コース第1学年の課程内容の紹介などが掲載されています。

 ロニーの日本語理解については、同時代から既に厳しい評価があり、その作品数に対して現在の評価は決して芳しいものではありません。ロニー自身が一度も来日しなかったこと、彼の日本について知識が江戸末期から明治初期までの極めて限定された、あるいは偏ったものであったことから、彼の著作については、現代の視点から見れば間違いや、稚拙な点も多々見られます。しかしながら、まだ日本についての情報、特に言語学的な情報が極めて乏しかった時代に独力で研究を重ね、独自の学習方法を打ち立てたこと自体は、同時代人にあってロニーのみがなし得たことでもあります。本書は、ロニーの日本語学習構想を理解する上でも大変重要な文献ということができるでしょう。

タイトルページ。ロニーを意味する「羅尼」の篆刻がある。上部の蔵書印が誰のものであるのかを店主は特定できず。
初版序文が再掲されている。
本文冒頭。左に日本語の例文と読み、右がフランス語訳と語彙の解説となっている。
後半は日本語だけが書かれており、読みの練習や、仏作文の例題集となっている。
日本語の大半はひらがな表記だが一部漢字も登場するため、漢字だけの語彙集が設けられている。
刊行当時の紙装丁だが背を中心に痛みがあり、補修とタイトルが手書きされている。保護のため全体が雁皮紙でカバーされている。
ページの一部は封切りがされていないところもある。