書籍目録

『ジュルナル・デ・サヴァン 1684年号(第12号)』

(ライネ『関節炎論』)

『ジュルナル・デ・サヴァン 1684年号(第12号)』

1685年 アムステルダム刊

JOURNAL DES SÇAVANS pour l’Année M. DC. LXXXIV. TOME DOUZIEME.

Amsterdam, Pierre le Grand, M. DC. LXXXV.(1685). <AB2022135>

Sold

12mo (7.8 cm x 13.1 cm), pp.[1(Title.)-6], 7-392, 24 leaves(Catalogue des Livres & Table), (some folded) plates: [13], Contemporary vellum

Information

日本と中国の鍼灸を初めてヨーロッパに伝えたライネ『関節炎論』の書評と紹介記事を図版とともに掲載

 本書は、フランス最古の文芸総合科学雑誌として名高い『ジュルナル・デ・サヴァン』の1684年号で、この年に刊行された全号、並びに索引と文献目録が1冊に収録されています。1665年に創刊された『ジュルナル・デ・サヴァン』は、時代によって変化しつつも、フランスのみならず各時代のヨーロッパにおける最新の人文・社会・自然科学の各分野における学術記事、新刊書評記事を掲載した一流の文芸総合科学雑誌として高い評価を受けています。本書はこの歴史的な雑誌が刊行されて間もない1684年号(第12号)で、1674年から2年間日本に滞在したオランダの医者であるテン・ライネ(Willem ten Rhijne, 1647-1700)による『関節炎論(Transisalano-Daventriensis Dissertatio de Arthritide. 1683)』のかなり詳しい紹介と書評記事が掲載されているという、当時のヨーロッパにおける興味深い日本情報の流通網を示してくれている1冊です。

 本書が刊行された比較的初期の『ジュルナル・デ・サヴァン』は、文庫本のよリモ小さいコンパクトな手のひらサイズの書物でしたが、隔週前後のペースで精力的に刊行されており、1年が終わると翌年早々に当該年に刊行された全号をまとめて1冊の書物として刊行されたようです。誌面で取り上げられているのは、当時の新刊書の紹介と書評記事などで、論説や往復書簡などで、哲学、神学、地理学、自然科学、歴史、文学とあらゆる学問分野が扱われています。1年を通して繙くとその年に話題になった書物や議題を総覧できるようになっており、当時のヨーロッパにおいてどのような書物や議題が取り上げられていたのかを垣間見ることができる興味深い雑誌といえます。

 本書が日本関係欧文図書として興味深いのは、1674年から2年間日本に滞在したオランダの医者であるテン・ライネによる『関節炎論』のかなり詳しい紹介と書評記事が掲載されている点にあります。テン・ライネは、日本人に西洋医学を教えるために幕府の要請を受けて来日しましたが、滞在中に日本の多くの医師とも交流、医療技術の伝授を行いました。『解体新書』に先立って日本で初めての解剖書の翻訳を行った本木庄太夫との交流でもよく知られ、医学の東西交流の基礎を築いた人物です。テン・ライネは離日後もバタフィアに残り母国に帰ることはありませんでしたが、元木庄太夫らから学んだ鍼灸治療についての研究成果をラテン語で著し、1683年『関節炎論』で発表し、ヨーロッパに初めて鍼灸治療を伝えました。

 本書では、3月27日号(pp.109-)冒頭に『関節炎論』の書評と紹介記事が掲載されており、同書がかなりの注目を集めた作品であることがうかがえます。『関節炎論』が刊行されたのは1683年ですが、相当に専門的で医学に特化した作品で合ったにも関わらず、同号冒頭に紹介記事が掲載されているのは、同書で扱われている内容が当時多くの読者の関心を引いたからではないかと考えられます。この紹介記事では同署の概要をかなり詳しく紹介するだけではなく、同書に収録されていた特徴的な図版までもが縮小して再録されていて、東西で全く異なる身体感に基づいて形成された日本や中国の鍼灸治療が、広範な読者の関心の対象であったことが垣間見えます。本書に収録されているこの紹介記事は、同書の同時代のヨーロッパにおける広がりや影響力を理解する上でも大変興味深い素材であると言えるでしょう。