書籍目録

『余は如何にして基督信徒となりし乎』

内村鑑三 / ランボー訳 / アリエー序文

『余は如何にして基督信徒となりし乎』

フランス語訳 初版 1913年 ジュネーブ、バーゼル刊

Outchimoura, Kanso / Rambaud, Jules / Allier, Raoul.

La Crise d'âme d'un Japonais, ou, Comment je suis devenu chrétien?

Geneve, Bale(Basel), J.-H. JEHEBER(Geneve), Ernest FINCKH(Bale), 1913. <AB2017130>

Sold

First edition in French.

12.0 cm x 18.7 cm, pp.[1-7(Half Title, Front (Portrait), Title, Preface)], 8-220, 2 leaves, Original paper wrappers.

Information

カソリック圏で刊行された貴重なフランス語版

 内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』は、英文で書かれ1895年に著者の念願であった海外出版社からの刊行、すなわちFleming H. Revell Companyからおよそ500部が刊行されます。同年に国内で刊行した英語版の出来に非常に不満を持っていた内村は、このアメリカ版の出版を大変喜びました。この書は非常に好評であったと言われていますが、残念ながら僅か500部を印刷した初版でもって絶版となってしまいます。

 しかし、このアメリカ版の出現により、プロテスタント諸国から本書への注目が集まり、また日露戦争を契機として日本への関心が高まっていたこともあって、まずドイツ語版が1904年に登場することになります。このドイツ語版は英語版をはるかに上回る人気を博したようで、すぐさまに増版が決まり、また15年以上にわたって改訂を加えながら版を重ねていきます。また、このドイツ語版の広まりに刺激され、フィンランド語、スウェーデン語、デンマーク語版とが現れ、北欧プロテスタント諸国で親しまれるようになっていきました。

 こうした各種翻訳版にあって、ある意味異色とも言えるのがこのフランス語版です。他の翻訳版については、概ね内村自身の関与がある程度わかっているのに対して、このフランス語版は内村自身が言及していないとされており、またそのこともあってかほとんどその内容が知られていないものです。訳者ランボーについての詳しい経歴はわかっていませんが、序文を寄せているアリエーは当時パリ大学名誉教授で、プロテスタント神学を専門とし、『1859年から1907年までの日本におけるプロテスタンティズム(Le Protestantisme au Japon (1859-1907) 1908.)を著していることから、内村をはじめとした日本のキリスト教界ことは非常に詳しい知識を有していたものと思われます。アリエーはまた、1905年の政教分離法の制定にも大きな影響を及ぼした人物としても知られており、当時を代表するリベラル派の神学者でありました。この法律をめぐる動乱にも見られるように、当時のフランスは宗教と政治の関係を巡って様々な議論が盛んに行われており、そうした文脈の中で本書も注目を得たものと思われます。他の翻訳版がプロテスタントが主流を占める国々で刊行された中にあって、カソリック圏のフランスで政教分離の議論を背景に刊行されたフランス語版は、特異な文脈と意義を持つ翻訳版として注目されるべき文献と言えるでしょう。


 「なお、フランス語版については、著者(内村のこと:引用者註)はかつてそれに言及したことがなく、これまでその存在は考えられていなかったのであるが、たまたま先年フランス大使館員としてパリ滞在中の前田陽一氏によって「或日セーヌ河の例の屋台の古本屋で発見」され(鈴木編『回想の内村鑑三』346頁)、最近その現物が同氏より筆者に示されて、はじめてその存在が確認されるにいたった。同訳書は1913年(大正2年)、『一日本人の魂の危機』と題し、スイスのジュネーブ(およびバール[バーゼル])にて発行された。訳者はジュール・ラムボー氏、巻頭にパリ大学名誉教授ラウール・アリエー氏の序文(日本のプロテスタンティズムおよび著者その人につきかなりの知識をもつもの)、巻末にはドイツ語版のグンデルト氏の文章によるとおもわれる著者の小伝が訳者により紹介されている。」

内村鑑三著、鈴木俊郎訳『余は如何にして基督信徒となりし乎』(岩波文庫、1958年改版、解説より)

タイトルページと書斎での内村を写した口絵写真。ドイツ語版と同じ写真を使っている。このフランス語版が英語版からの翻訳なのか、ドイツ語あるいは他の言語からの重訳なのかは不明。
目次。巻末に内村鑑三の小伝が収録されている。
序文を寄せているアリエーの著作の紹介も掲載されており、日本と中国におけるプロテスタント伝道について詳しい知識を有していたことがわかる。
刊行当時の簡易の厚紙装丁。ドイツ語版と同じく日本語タイトルを配置したデザインとなっている。
裏表紙は、当時同社が出版していた書籍の簡易カタログとなっている。キリスト教関係の書籍が多いものの、それ以外の世俗タイトルも多く刊行していたようである。