書籍目録

『余は如何にして基督信徒となりし乎』

内村鑑三著 / グンデルト、エーレル訳

『余は如何にして基督信徒となりし乎』

ドイツ語版 増補改訂第4版 1911年 シュトゥットガルト刊

Utschimura, Kanso. / Gundert, W(Illhelm). / Oehler, Luise

Wie ich ein christ wurde: Bekenntnisse eines Japaners.

Stuttgart, D. Gundert, 1911. <AB2017128>

Sold

Vierte, durch einen Anhang vermehrte Auflage (10,-12. Tausend.)

13.2 cm x 19.6 cm, Front (Portrait), pp.[1(Title) - 3], 4-161, 1 leaf, Original card wrappers.

Information

最も好評を博したドイツ語版の実質的に最初の改訂版となったと思われる第4版

 内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』は、英文で書かれ1895年に著者の念願であった海外出版社からの刊行、すなわちFleming H. Revell Companyからおよそ500部が刊行されます。同年に国内で刊行した英語版の出来に非常に不満を持っていた内村は、このアメリカ版の出版を大変喜びました。この書は非常に好評であったと言われていますが、残念ながら僅か500部を印刷した初版でもって絶版となってしまいます。

 しかし、このアメリカ版の出現により、プロテスタント諸国から本書への注目が集まり、また日露戦争を契機として日本への関心が高まっていたこともあって、まずドイツ語版が1904年に登場することになります。このドイツ語版は英語版をはるかに上回る人気を博したようで、すぐさまに増版が決まり、また15年以上にわたって改訂を加えながら版を重ねていきます。この詳しい経緯については、下記に引用した文章に譲ることにして、ドイツ語版の書誌的な情報を整理すると次のようになります。 

初版(1904年)数千部発行
第2版(1904年)数千部発行
第3版(1905年)3千部発行

⇨3版までは、版を重ねているものの、内容については同じと思われる。第3版までに合計で約1万部が発行された。

第4版(1911年)3千部発行

⇨訳者による序文が改訂、増補される。附録として新たに英文短編を独訳して多数収録しており、おそらく実質的には初の改訂増補版。第4版までで合計で約1万3千部が発行された。

第5版(1922年)5千部発行

⇨著者による新序文、訳者による序文の改訂。第一次世界大戦後という時流を意識して出された(最終)改訂版。

 本書は、上記のうち、実質的には最初の改訂増補版と思われる第4版(1911年)にあたるものです。上記にあるように、附録として英文で発表されていた短編が多数独訳されて新たに収録されており、大幅な内容の充実が図られています。

 また本書は、貴重な刊行当時の厚紙装丁を保っており、表紙には内村自筆の日本語のタイトルが金文字で描かれており、シンプルながら品のある大変美しい書物となっています。内村の代表作である本書は研究の蓄積が相当にある反面、内村自身が非常に思い入れをもっていたドイツ語版をはじめとする英語以外への翻訳版については、所蔵機関が少ないこともあって十分に進んでいるとは言えないものと思われます。特にドイツ語改訂版は、著者自身が直接に関与して改訂や増補を行なっていることから非常に重要な著作と思われます。本書は、(内村自身の思い入れが強くあったであろう)当時の装丁を保っているという点でも、大変貴重な研究資料と言えるものです。


 「初版発行の年から10年、本書の価値は広くヨーロッパのプロテスタント国民の間で発見されることになる。その端緒は一ドイツ人によって開かれた。ウィルヘルム・グンデルトはドイツのスツットガルト市の出版社の子であった。彼が後年日本で本文の筆者に語ったところによれば、ある日彼は日本YMCA機関誌『開拓者』の英文欄に『余は如何にして基督信徒となりし乎』の著者内村鑑三に関する記事を読み、日本からその書を取り寄せて一読し、ふかい感激にうたれた。彼はそれを翻訳してドイツ国民に紹介しようとおもい、その訳出をルイゼ・エーレル嬢(Fräulein Luise Oehler, チュービンゲン大学旧約聖書進学教授の女)に依頼し、彼女の訳稿に彼自身さらに手を加え、簡単な紹介の言葉を附して、彼の父の経営するグンデルト書店(Verlag von D. Gundert)から出版した、という。1904年(明治37年)であり、日本では日露戦争のはじまった年である。このドイツ語訳の表題は、つぎのようである。

Wie ich ein Christ wurde./Bekenntnisse eines Japnaers./Von/Kanso Utschimura./Rechitmäßige Verdeutchung./Stuttgart 1904.

 当時、著者はこのドイツ語役についてこのように書いている、
「近頃独逸国スツットガート市に於て発行になりし内村生英文原著、独逸訳『余は如何にして基督信徒となりし乎』は欧州大陸の宗教界に於て非常の好評を博し、初版数千部は忽にして売切れ、今や再版なりて、同じ歓迎を継けられつつある、そうして独逸、澳地利、瑞西の読者より態々書を著者に寄せ、彼に同情を表すると当時に、亦此戦争に際して彼の生国なる日本に同情を表し来る者もある、又独澳両国の宗教新聞の或者は長文の評論を掲げ、著者の教会論には反対を表する向きもあれども、彼の信仰の大体に向ては多大の同意を表しつつある、…此著が此時に方て、然かも露国贔負を以て目せられる独逸国に於て顕はれk少しなりとも日本人の意思を発表しつつあることは、余輩に取りては神の特別の摂理とほかドウしても思はれない、云々」(明治37年8月発行『聖書の研究』55号所収「内外見地の差違」)と。(中略)

 1910年(明治43年)版(恐らく1911年版、すなわち本書のこと、の間違い:引用者註)には彼の紹介の辞は拡大され、第一次世界大戦後には、改版・改装され、著者の「余の独逸国の友人に告ぐ」という新しい序文(本書235ページ所収)と、訳者の解題と、附録として著者の英文短編数篇のドイツ語訳を加えて、刊行された(ここで言及されている附録は、その前の1911年版(第4版)においてすでに収録されており、この点は著者の間違いであると思われる:引用者註)。1923年(大正12年)5月17日の著者の日記に「今日はスツットガルトより『余は如何にして基督信徒となりし乎』の独逸訳新版が着して嬉しかった。今日までに彼国に於て1万3千部売れ、今回新たに5千冊刷ったと云ふ事が記してあった。之に依て観て海外に於ける余の同情は最も多く独逸に於て在る事が判明る」とある。著者の感慨をうかがうに足るは言うまでもないが、本書のドイツにおける数字的報告としてもまた興味あるものであろう。」

内村鑑三著、鈴木俊郎訳『余は如何にして基督信徒となりし乎』(岩波文庫、1958年改版、解説より)

タイトルページと書斎での内村を写した口絵写真。版表記の後にある記述は、それまでの累計発行部数を元に、この版の発行部数を示しているものと思われる。ここには「1万から1万2千部」と記されており、本書以前の第3版までに1万部が発行されており、本書は、初版からの累計1万部から1万3千部にあたる3千部が発行される、と言う意味であろう。
訳者による序文が新たに書き直されている。訳者のグンテルトは度々日本を訪れていたようである。
目次。129頁以降の付録は、この第4版で初めて付け加えられたもので、英文で発表されていた内村の小論を多数集めて独訳したもの。
付録最後に収録されているこの記事は、次の最終改訂版では削除されているため、本書にしか収録されていない。
巻末には、内村の『日本と日本人』など他の著作の広告が掲載されており、それらも数千部が発行されていることがわかる興味深い資料となっている。
緑の厚紙装丁に、金文字で日本語タイトルを入れた品のあるデザイン。