書籍目録

『諸国民の精神』

[エスピアー] / (モンテスキュー)

『諸国民の精神』

全2巻(揃い) 1752年 ハーグ刊

[Espiard, François-Ignace de la Borde] / (Montesquieu, Charles de Secondat, baron de).

L’ESPRIT DES NATIONS. [TOME PREMIER, SECOND]

La Haye[Hague], Isaac Beauregard and others, M. D. CC. LII.(1752). <AB202222>

Sold

2 vols.(complete)

12mo (10.0 cm x 16.0 cm), Vol.1: pp.[I(Title.)-III], IV-VIII, 4 leaves(Table), pp.[1], 2-296. / Vol.2: Title., 4 leaves(Table), pp.[1], 2-274, One quarter leather.

Information

モンテスキュー『法の精神』に大きな影響を与えたことが指摘されている作品において記された日本の政体、社会、宗教

 本書は、エスピアー(François-Ignace Espiard de la Borde, 1707 - 1777)によって著された作品で、日本を含む古今東西の国と地域の政体や人々の気質とその諸原因を論じながら、あるべき理想の政体とそれを可能にする人々のあり様を模索することを目的とした作品です。『諸国民の精神』というタイトルからは、モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu, 1689 - 1755)の不朽の名著『法の精神』(De l’esprit des loix…Geneve, 1750)からの強い影響が予想されますが、驚くべきことにむしろモンテスキューの同書に強い影響を与えたことが指摘されている大変重要な作品です。

 エスピアーはスイスにほど近いフランス東部の街ブザンソン出身の法律家、著作家で、ディジョンで活躍したことが知られています。本書はエスピアーによる唯一の作品で、タイトルページに彼の名前は見られませんが、エスピアーの作品であることが特定されています。本書は1752年にハーグで出版されたものですが、これは実は第2版にあたるもので、現存部数は極めて少ないものの1743年にブリュッセルで『諸国民の性質と特徴についての試論』(Essais sur le génie et le caractère des nations)というタイトルで刊行された作品が本書の初版であることが分かっています。本書はこの作品のタイトルをよりシンプルにして再版したもので、基本的な内容は初版と同じであると思われます。(なお、1743年初版本の海賊版と思われる再版が1751年にハーグで刊行されています。)

 本書は全6部で構成されており、第1部では、政体を構成する人々の性質や特徴とはいかなるものであるかについて、各地域の気候や植生といった環境がそれらに及ぼす影響や相違点などが論じられています。第2部では、人々の気質や特徴の形成に影響を与える重要な後天的要素である教育について主に論じられており、古代ギリシャやローマ、フランスをはじめとしたヨーロッパ諸国における教育制度が比較されながら考察されています。第3部では、共和制、君主制、独裁制を中心とした政体論が主題とされ、それぞれの政体に見られる特徴や要素が様々な実例を上げながら論じられています。この第3部では、中国の政体とそれを構成している人々の特徴と並んで、日本のことについても1章を割いて論じられていることが注目されます。第4部では政体に大きな影響をもたらす宗教について論じられており、ここでも中国と日本の宗教が1章を割いて言及されています。第5部は学問や芸術について、第6部はこれまでの考察を踏まえた上で、様々な政体とそれを構成する人々の特徴や気質を判断する際の基準となるべき点はいかなるものであるのか、またどのような政体や気質が望ましいとされるのかについてが論じられています。

 本書では、エスピアーは人々の自由を最大限に重んじながら、それを画一的なやり方であらゆる時代と地域に当てはめるのではなく、各国地域の歴史や風土に合わせながらどのようにすれば最大限に発揮させることができるのか、という視点からあるべき政体、社会を模索しようとしていることがうかがえます。本書で展開されているこのような各国地域時代の実情を重んじるエスピアーの経験的な態度と、実際の観察に基づく政体分析は、モンテスキュー『法の精神』で展開された「風土論」や「一般精神」といった概念を駆使した政体分析を彷彿とさせるものです。

「モンテスキューによれば、歴史や社会には「物質的原因」と「精神的原因」とがあり、両者は相互に影響し合っている。(中略)
 この「物質的原因」のうちの最も重要なものが「風土」である。(中略)しかし、「風土」は政治の唯一決定的な要因ではない。様々な「精神的原因」も存在する。「風土」に典型的に示される「物質的原因」と「精神的原因」は相互に影響をあたえあい、両者があいまってある国民の「一般精神」を形成するのである。
 「数多くの事項が人間を支配している。風土、宗教、法律、統治の格律。過去の事物の例、習俗、生活様式。こうしたものから、その結果である一般精神が形成されるのである。」
「(中略)モンテスキューのいう「一般精神」は現在の用語でいえばむしろ「政治文化」と読んだ方が適切に内容を表現しているように思われる。今風にいえばモンテスキューの政治学の方法は「政治文化」の実証研究であり、それぞれの「政治文化」相互の比較研究である。
 したがってモンテスキューにおいては抽象的で普遍的な自由がそれ自体として存在するのではない。自由はそれぞれの国の「一般精神」と切り離して考えることはできない。すぐれた立法者とはその国の「一般精神」とを適格に把握し、それに即して国制を定めることができる者である。すべての国政は「一般精神」との関係で相対的である。」
(富沢克「モンテスキュー」、中谷猛 / 足立幸男編『概説西洋政治思想史』ミネルヴァ書房、1994年所収、147, 148ページより)

 本書は、モンテスキューが『法の精神』において展開させた優れた政治分析手法に対して、強い影響を及ぼしたことが指摘されています。本書は、1743年の初版本がほとんど現存していないため、モンテスキュー『法の精神』の強い影響を受けた作品と考えられがちですが、むしろモンテスキュー『法の精神』に強い影響を与えた作品として、改めて注目されるべき重要な作品と言えるでしょう。

「エスピアーの作品と、モンテスキュー(が『法の精神」において展開した)諸概念との間の類似性は、偶然であるとするにはあまりにも近しいものがある。両者は、もしエスピアーの作品を1752年版しか知らなければ、まるでエスピアーの作品は『法の精神』からの膨大な盗用ではないかと考えてしまいそうなほどにまで似通っている。」
(Robert Shackleton. The evolution of Montesquieu’s theory of climate. Revue Internationale de Philosophie, 1955, Vol.9, No.33/34, 1955)

 また、本書は本文の随所において日本や中国について頻繁に言及されていることも注目すべき点です。エスピアーの中国に対する評価は、その偉大さを認めつつも苛烈な法制度や独裁制などに対してはかなり批判的ですが、日本は中国の強い影響を受けつつも全く異なる人々の気質と政体であるとしており、「名誉」を重んじる人々の気質や、他国との交渉を遮断している独自の政策に注目したり、「内裏」を中心とした神道のあり方についてもユニークな考察を行なっているようです。本書に強い影響を受けたモンテスキューも、『法の精神』の随所において日本について言及してることが知られていますが、同書における日本論と本書で展開されているエスピアーの日本論とを比較してみることも、また非常に今日に深いテーマということができるでしょう。

 本書は、今日ではほとんど知られることがない作品ですが、このように随所において日本のついて独自の考察を加えていること、またモンテスキュー『法の精神』に強い影響を与えた知られざる作品として、改めて読み返されるべき作品であると言えるでしょう。

 なお、本書は1753年には英訳版も刊行されています。