書籍目録

『中国、日本、東インドならびにその他のアジア諸国の歴史』

(マーシー)

『中国、日本、東インドならびにその他のアジア諸国の歴史』

イタリア語訳初版 全4巻揃い 1770年 バッサーノ刊

(Marsy, François Marie de)

STORIA DELLA CINA, DEL GIAPPONE, DELL' INDIE ORIENTALI, E di altri Paesi dell' Asia, LORO GOVERNO, RELIGIONE, COSTUMI, SCIENZE, ED ARTI; E del Commercio degli EUROPEI con quelle Nazioni TRADOTTA DAL FRANCESE.

Bassano, A SPESE REMONDINI DI VENEZIA, MDCCLXX. (1770). <AB2017126>

Sold

Frist edition in Italian.

4 vols. 12mo, Vol.1: Title, 5 leaves, pp.1-105[i.e.405], 406-432. Vol.2: Title, 3 leaves, pp.1- 430. Vol.3: Title, 5 leaves, pp.1- 472. Vol.4: Title, 5 leaves, pp.1- 462, Original paper wrappers.

Information

これまでの日本研究で全く言及されたことがないと思われる18世紀イタリアで刊行された貴重な「中国・日本・アジア誌」

 本書はこれまで、Cordierをはじめとする日本研究欧文文献目録でも全く言及されたことがない大変珍しい文献で、18世紀後半のイタリアで刊行された「中国・日本・アジア誌」ともいうべき資料です。

 タイトルページからは、「フランス語からの翻訳」とだけしか書かれていないため、どういった書物からイタリア語に翻訳されたのかが不明ですが、序文をざっと読んでみる限りでは、フランスの著作家マーシー(François Marie de Marsy, 1714 - 1763)の大部の作品を底本としているのではないかと思われます。その作品とは、1754年からマーシーが20年余りの歳月をかけて刊行した、世界各国の歴史をまとめた全30巻からなる(マーシー自身が関与したのは最初の12巻のみ)『現代史:中国、日本、インド、ペルシア、トルコ、ロシアその他の歴史(Histoire moderne : des Chinois, des Japonnois, des Indiens, des Persans, des Turcs, des Russiens, &c. : pour servier de suite à l'Histoire ancienne de M. Rollin. )のことで、これはマーシーが、古代史研究で著名であったフランスの歴史家ローリン(Charles Rollin, 1661 - 1741)に倣いながら、世界各地に対象地域を広げ、なおかつ対象年代を現代にまで広げて、世界のあらゆる歴史を網羅的にまとめようとしようとした壮大な企画です。本書の序文では、ローリンの古代史の試みに倣って、対象地域を広げ現代史までを描くことの意義を強調しており、おそらくマーシーの書物の序文と同じであると、店主は推測しています。

 この壮大なシリーズの冒頭は、タイトルにもあるように、中国や日本を中心としたアジア諸国に当てられており、第1巻は中国を扱っていて、この構成もマーシーの著作と同じとなっています。というよりも、当時の「世界史」や「普遍史」の類の叢書は概ね、第1巻を中国に、第2巻を日本に当てる構成をとることが多く(そのこと自体も大変興味深いことですが)、本書も、それに倣った構成をとっていると言えます。
 
 したがって、第2巻はマーシーと同じように全て日本だけを扱っています。ケンペルをはじめとした先行文献を用いながら、日本人起源論をはじめとした歴史にとどまらず、日本の文化、衣類、政治制度、地理的外観、道徳観、宗教観といったあらゆる側面についての叙述が見られます。全13章の構成で、第1章は当時のヨーロッパにおける聖書記述をめぐる歴史論争との関連でしきりに議論されていた日本人起源論を、第2章は日本古代の歴史と伝承、第3章は日本帝国の統治権の起源、すなわち公方(Cubo)と呼ばれている天皇の起源を扱い、ここまでは主に歴史に関する記述です。第4章は日本の地理的概況、第5章は都市と村落について、第6章は建築物、第7章は産物、第8章は統治機構について論じています。第9章は言語、芸術、学問を、第10章は宗教について扱っており、ここでは神道、仏教といった当時信仰されていた宗教だけでなく、キリスト教布教の歴史と現状についての言及も見られます。第11章は、生活の文化や習慣、婚礼や葬送の儀式、一般的に用いられている生活用品といった日常生活全般について解説して、第12章は海外貿易の歴史と現状を述べており、ポルトガルが追放された経緯と、ヨーロッパの国の中ではオランダが独占している状況を説明しています。その関連だと思われますが、最後の第13章は非常にユニークで、ケンペルのいわゆる「鎖国論」として知られる、日本があらゆる外国との交易を絶っていることの是非を論じる内容となっています。このように、第2巻はさながらイタリア語版「日本誌」といった趣で、18世紀後半のイタリア語圏の日本情報として相当に充実している部類に入る文献であることは間違いないと思われます。

 第3巻は、東インド、現在で言うところのインドや東南アジア、東アジア地域全般の様々な国々を扱っています。また、第4巻はその続きで、ムガル、すなわち現在で言うところのインド北部付近や、モンゴル、ゴアなどを含むインド南部などを個別に扱っており、この第4巻でもって本書は完結しているようです。

 マーシーの著作は、ドイツ語に翻訳されたほか、類似の『世界史』企画としては、イギリス在野の歴史家サーモン(Thomas Salmon, 1679 – 1767)による大部の叢書『万国民の現代史(Modern History; or Present State of All Nations. 1724 – 1739.)』などがよく知られており、こうした企画は、18世紀の一つの流行であったと言えます。しかしながら、本書はこれまでの研究で全く言及された形跡がないもので、極めて少部数のみの印刷であったことが推察されます。出版地は、ヴェネチア近郊のバッサーノとなっており、バッサーノで刊行された日本研究文献自体を、店主は寡聞にして他に知りません。

 日本研究に関する欧文文献については、そのほとんどが書誌目録やこれまでの研究において何らかの言及がなされていますが、本書のように1冊全てを日本に費やしていながら、これまで全く研究されていないと思われる文献は、非常に珍しいと思われます。本書が、いったい誰によって企画され、マーシーの著作を底本に翻訳するにあたってどのようなアレンジを加えているのか、また、中国や近隣のアジア諸国を扱う他の巻がどのような内容になっているのかも含め、これからの研究が待たれる大変興味深い資料です。

第1巻タイトルページ。中国の記述に1冊があてられている。
第1巻冒頭に全体の序文がある。
第2巻タイトルページ。この巻は、すべて日本の記述に当てられているが、基本的に全巻ほぼ同じタイトルページのため、タイトルページからはその巻の内容はわからない。
第2巻目次。
目次続き
目次続きと本文冒頭部分。
購入者が好みの装丁を施すことを前提とした、出版当時の簡易装丁。背表紙にはCINAとインクで書かれている。