書籍目録

『日本、中国、ムガルにおけるイエズス会士による1598、99年報告集』

パシオ、ゴメスほか

『日本、中国、ムガルにおけるイエズス会士による1598、99年報告集』

仏訳初版 1601年 リエージュ刊

Pasio, Francesco / Gómez, Pedro...[etal.]

LES ANNALES DV IAPON, DELA CHI-NE, ET DE MOGOR. C'est à dire, les choses faictes en ces nations, par les Peres de la Sosieté de IESVS, l'an 1598. & 99.

Liege, chez Art de Coerfvvarem, 1601. <AB2017125>

Sold

First edition in French.

12mo (8.0 cm x 13.7 cm), Later three-quater calf on marble boards.

Information

ラウレス・キリシタン文庫にも記載のない稀覯仏訳版

 本書は、ボローニャ出身のイエズス会士パシオ(Fransisco Pasio, ? - 1612)による1598年の日本におけるキリスト教と社会状況、とりわけタイトルにもあるように、太閤様(Taicosama)と呼ばれる豊臣秀吉の死という、非常に重大な事件を報ずる書簡を筆頭に編纂されたイエズス会の宣教報告集です。

 この報告集は、1601年にイタリア語で複数種類が刊行されていますが、本書はリエージュで刊行された仏訳版という、大変に珍しいものです。上智大学ラウレス・キリシタン文庫にも所蔵はおろか記載すらなく、日本研究欧文文献目録として最も有名なCordierによる文献目録に不完全なものが言及されているだけで、国内外の研究機関でほとんどその存在が確認できないものです。

 1595年から1604年にかけて、イエズス会はパリを放逐されていたため、仏語での出版の中心はアントワープやルーヴァンといった低地地方への移動を余儀なくされていましたので、この年代に刊行された仏語のイエズス会関係文献のほとんどは両地のいずれかで出版されています。しかしながら、本書はリエージュで刊行されたという大変に珍しいもので、おそらくその出版部数は相対的に極めて少なかったことが、本書の現存部数の少なさに直結しているものと思われます。

 したがって、本書は、秀吉の死という日本史における一大事件をいち早く、フランス語圏に伝えた文献として、注目すべき文献と言えるものです。収録されている書簡は、イタリア語版と同じく次のようなものです。

 パシオ書簡は、1598年10月3日付で長崎から発信されたものです。パシオは、豊臣秀吉、秀頼、徳川家康、秀忠らと親交があり、秀吉から家康へと時代が移り変わるまさにその時にこの書簡は書かれています。次第に悪化する秀吉の病状と、死の間際にあった秀吉が家康に対して、自身の没後は、家康が秀頼の後見人として日本の統治を委ねること、また秀頼の成人後にあっては政権を秀頼に返すことを約束するよう家康に求め、家康は秀吉の言葉を聞いて落涙を禁じ得なかったことなどが詳細に書かれています。一方で、パシオは家康の性格を冷静に見ており、彼が流した涙は悲嘆の涙ではなく、随喜のそれであったと言う人がいないわけではないとも指摘しています。また、秀吉の死後、侵略中であった朝鮮に対して家康らが派遣され全軍帰国の命が下されたこと、そして、このことは日本のキリシタン諸侯とキリスト教会において喜ぶべきことである、と報告しています。なお、このパシオ書簡はイタリア語で書かれたものですが、のちにジョン・ヘイ(John Hay, 1546 - 1607)がラテン語で編纂した『イエズス会書簡集(De Rebvs Iaponics...1605)』にも収められました。

 パシオ書簡の他には、ゴメス(Pedro Gomez, 1533 - 1600)による1598年の日本報告書簡が収録されています。ゴメスは、アリストテレスの天文学と世界観を天草のコレジョのためにラテン語で書いたテキスト『天球論』によって初めて日本に伝え、のちに日本準管区長も務めた(その後継が先のパシオ)人物です。パシオ書簡が長崎から発信されたことを明記しているのに対して、ゴメス書簡には発信月日、発信地の記載はありませんが、パシオ報告と重複しない内容で、天草や大村所領を中心としたキリスト教界と社会情勢について報告しています。

 また、本書には日本関係以外の報告書も2通収録されており、一つはロンゴバルディ(Nicoló Longobardi, 1550 - 1654)による1598年の中国宣教報告で、前任であるマテオ・リッチ(Matteo Ricci, 1552 - 1610)を引用しながら、多方面にわたって中国宣教の状況を報じています。もう一つは、ジャヴィエル(Jerónimo Javier, 1549 - 1617)によるムガル帝国についての1599年報告です。